49 ランダハの屋敷にて
「何でそうなる!」
暴れるフェニスタを後ろから羽交い締めにしながら、アンリが真剣な表情で叫んだ。
「勇者フェニスタ! いえ、女神フェニスタ……まさか女神の人格を統合しなければガチャも回せないなんて……今までの思い出は忘れない」
「シンシアに女神になってもらえれば良いじゃないか!」
「わたくしは女神の端末でしかないですし、人間ではありません。フェニスタさんが能力を使えるようになる前に、天使の卵に選ばれてしまったので……いざ、覚悟!」
「ヒィイイィイイイ!!」
アンリの羽交い締めでその場から動けないフェニスタに、端末となったシンシアが空中を飛んで突っ込んだ。ぶつかった勢いで三人ともまとめて転倒する。
ランダハが戸棚の上から面白そうに肉球の辺りを舐めながら様子を見ている。
ここはランダハの屋敷である。あれから三人で女神の領域を降り、屋敷にお邪魔している。
ゴロゴロニャンニャンと喜ぶランダハに、治療薬や回復スキルを様々試し、毒薬の影響から脱してもらった。屋敷にはランダハが所有していた薬品がずらりと並んでおり、中にはアンリが何回スキルを使っても鑑定出来ないものもあった。
ランダハの治療には非常に高価そうな解毒薬の一種を使った。
「ギャアアアアアア!」
屋敷の居間にフェニスタの悲鳴が響き渡った。しかし転がったフェニスタの腹に、女神の端末がめり込んでいる。統合出来ないようだ。
「おかしいな。端末を女神にインストールしてくださいって表示されているのにな」
アンリが金属製の端末を片手でつまみ上げる。パラパラとページが捲れる。
「おかしいですわね。今まではこの方式で成功しておりましたのに」
シンシアが表紙を捻って考える。
「この勇者が特殊なのでは?」
木の床に倒れたフェニスタをアンリが引き起こす。フェニスタは白目を剥いている。
「イテテテ。まあ女性化はともかく、中身まで変えるのは無理だって。僕の人格がアレになるのは嫌なんだけど」
「確かに」
アンリは口に手を当てて、オーホッホッホと高笑いするフェニスタを想像した。
髪型を縦ロールにし、派手なドレスを着るともしかしたら似合うかもしれないが、今までの所作が見られなくなるのは、アンリとしてもちょっと寂しい。
「手順が間違っているのかなあ」
アンリが古詩を開き、ページを捲った。
「あ、この項目が違うのではなくて?」
シンシアが一つのページを開いた。
「なになに……魔王を倒していない勇者は勇者に非ず。人格、身体とも統合されません。そのような存在はそちらで破棄して下さい。能力は自動的に回収されます」
「あ、そっか。『女神の古詩』的には、まだフェニスタは勇者じゃないんだね。でも天使の卵は無理やり割られて、次代の女神としてフェニスタを選んでしまったと」
「僕はどうすればいいんだ! まだガチャさえ引いてないんだぞ! バグかよ! 運営に訴えてやる! 問い合わせだ!」
フェニスタは何やら自分のゲームウィンドウを開いてメッセージを書き、運営に報告している。当然ながらメールアドレスも入力しているようだが、返答のメールをフェニスタは読めないだろう。
「僕は絶対地球に帰るからな!」
「そうだね。その為に頑張っているんだからね。
でも魔王を倒した後の勇者が失踪したり、人によっては魔王を倒す前に突然消えたり、『女神の古詩』の記録には分からないことが多いなあ」
肉球の毛づくろいが終わって背中の毛流れを整えていたランダハが、下で騒いでいる三人に声を掛けた。
「皆で魔王を倒しに行けば良いじゃないか。人数が多ければ気付くこともあるんじゃない?
創造魔法はフェニスタが自分で修行すればいいわけだし、アンリは用心棒として優秀だし。
シンシア、シンシアが行くならボクも一緒に行くよ! 塔や領域の魔法設定を変更出来るなら、ボクも外に出られる! 王城が大騒ぎになるだろうけどね!」
「アンリ・マドラ。ありがとう。可愛い」
シンシアが人型に戻り、飛び降りてきたランダハを慣れた様子で抱きとめる。両手で優しく抱っこし、赤ちゃんをあやすように左右に揺らした。
「今はランダハの名を受け継いでいるんだ! だからランダハって呼んで! 責任重大なんだ!」
「まあまあ、偉いわね……ランダハ」
「えへへ〜」
シンシアがランダハの頭を撫でて可愛がる。昔に戻ったかのようにサビ猫も嬉しそうにシンシアの手の甲を舐めて目を細めた。
「僕修行するの!?」
「当たり前だよ! フェニスタ、他人から貰っただけの力は、君の本当の力じゃないんだぞ!」
「はっ……票田もか。親父にもそう言われた。『支援者のリストはあるが、俺の腰巾着をやってる間は、本当のお前の支援者じゃない』って……」
「せっかくの才能なんだ! 僕が一流にしてあげよう! 技術を熟して、そのガチャってやつを超えてみせようよ!」
フェニスタはランダハに説き伏せられ、何か思う所があるのか、渋々納得したように小さく頷いた。




