48 見たくない歴史
「で、シンシアが生き返ったと」
小柄な少女が顔を伏せて立っている。
服装は粗い織目の作業用のメイド服で、スカート部分の下に中くらいの丈の皺のある茶色い革のブーツを履いている。地味な顔立ちで灰と茶色の二色の髪をお下げにしている。オリーブ色の瞳、そばかすがチャーミングだ。百四十センチほどと低い身長だが、種族としては成人しているらしい。彼女は箒とモップ磨きが趣味のお掃除妖精だ。生前は女王部屋の小間使いをしていた。
これで勇者に任命され、魔王を討伐したというのだから驚きだ。
当時は女王が退役し、隠された屋敷に収容される際、事情を知っている使用人がまとめて処刑されたのだと言う。斬首され、火炉に入れられる際に復活し、アンデッドの一つである吸血鬼になった。全ての種族はアンデッドになる可能性があるが、非常に低確率だ。
驚いたシンシアは蝙蝠の群れに変化して王城を脱出、行き場を失ったところで、女王が管理を始めた白銀の塔へ辿り着いた。憐れに思った女神がシンシアを勇者を認め、人間にしたが、その辺りから記憶が失われていると言う。
そこから先は、きっとゲームシステムを理解した転生者と中身が入れ替わったのだろうとアンリは推測した。
その転生者はうまく魔王を討伐し帰還したが、それから消息を絶っている。シンシアの話では、転生者は女神の意識に吸収され、スキルも取り上げられてしまったのだろうということだ。その話を聞いていたフェニスタが渋面を作った。
アンリとフェニスタが二人で相談し、ランダハが懐いているお掃除妖精のシンシアを『女神の古詩』の人格として指定し、さらに古詩の形状を人型に変えてみたらこのような姿になった。
なお『女神の古詩』管理用のパスワードは全て、最後のページに丁寧にメモしてあったので、フェニスタとアンリはそれを使わせてもらった。
端末の履歴を確認すると、ランダハもシステムの一部にアクセス可能な管理者であったようだ。他にもいたようだが、アンリが力を分けた時点でリセットされてしまっている。
「私は月華アンリと言うのだけど、覚えている? 一緒に行動していたんだ。少しだけね」
「分かりません……すみません……」
シンシアはもじもじして俯いたまま答える。フェニスタが助け舟を出す。
「ランダハだっけ。クロロンちゃんの本体。その子と仲が良かったんなら連れて行けばいいんじゃないか?」
「そっか、そうだよね。シンシア、女神の領域から女神を出せる? フェニスタと一緒にランダハの屋敷まで来てほしいんだ」
シンシアの顔がパアッと輝いた。
「確認……女神の領域から女神を出すことはできません。しかし管理者権限から、領域の変更を設定できます。再設定しますか?」
「なんかパソコンと話しているみたいだな。お願いします」
「了解。ではどこまで領域を拡張しましょうか」
フェニスタが腕を上げ、強そうなポーズを取る。銀髪の美少女なのでそれでも可愛らしい。
「僕は世界の果てまで冒険するぜ! ルカルラとも旅行したいしな。なんだったら地球まで拡張して、次の選挙の地元候補に立たせてくれ」
「地球がどこか分かりませんので不可です。人間が行ける範囲まで拡張します。魔族の領域は、勝ち取った場合のみ入れることとします」
「わかった!」
フェニスタは嬉しそうだ。しかし地球の場所が分からないという情報は、転生者の両名にとっては残念だ。
「魔族が攻めてくるかもしれないから、この領域と屋敷は隠して守っておいてね。じゃあ行こう!」
「了解」
「あのシンシア、女神の人格とかなり違う性格のように思えるのだけど」
「あれは女神システムの基本人格です。発現させますか? なんせ複数人の勇者の人格を統合して女神が作られるのですから、性格があまり変化しないように、美しく自意識の強い性質が基本にありますの。オーホッホッホッホ」
「無理に変えなくていいよ。フォーマットかテンプレートってことだね。私が知っているシンシアは、どこか知ってる?」
「あれは私を基本にして、その場での判断に困らないように、全ての勇者の人格を繋いで作られた人格ですわ。知識も参照できますし、恋愛にはもってこいですわね。勇者と女神が恋仲になることもあり得ますもの」
「へえ」
「前の勇者がどうだったか知りたいですか? 恋愛対象の落とし方も、作法も、何から何まで……女神の古詩に書いてありますわよ」
「いや、興味ないから要らない。絶対見せないでね。
やっぱり歴史が詰まったパソコンや携帯端末みたいだな……」
アンリとフェニスタの顔から血の気が失せた。




