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44 毒薬発見

 アンリは手に持つ『女神の古詩』にゆっくりとエネルギーを注いだ。フェニスタの魔石と同じ力の使い方なのでコツを掴めている。ただ注ぐのではなく、自分と相手の力を交換するイメージでするとスムーズなようだ。

 金属製の塊が手の中で脈を打つように感じられ、片手で持てないほど熱くなる。放熱を我慢してさらに自分の熱を注ぎ続けると、塊がばっと扇状に広がった。

 先ほどまでは六、七枚の金属板がくっついている四角い塊だったが、解れて薄い紙が綴じられたような形状に変化する。それでも金属で出来ているかのように重い。


「あ、これ、本だったのか……なになに、文字が変換されて読めるようになってきた」


 ミミズがのたくったような曲線の文字が、ゴシック体のような堅い雰囲気のフォントに変化する。本の内容も日本語に近づいているようだ。意識すれば英語や他の言語にも出来そうだ。


 フェニスタもアンリの驚きの言葉を聞きつけ、家捜しを中断して興味深そうに飛んできた。

 短時間の探索だったが、フェニスタはすでに両手に色々なアイテムを持っている。服はまだ見つからないようで、布系の物品は一つも持っていない。


「これ」


 フェニスタが右手に持っていた、薄い緑色の液体が入った丸々した透明のガラス瓶を渡してくれたので、アンリは片手で固い栓を破壊して中身を飲む。

 爽やかな香味が口一杯に広がり、とても美味しい。ミントとカルダモンを混ぜたような香りで、ほんのりリコリスのような甘みもある。濃い目のハーブティーのようだ。


「おい、これカーペットの下の隠し収納から見つけたんだけど、何か分からないんだ」


 アンリが鑑定すると、『毒薬 (惚れさせて一生相手に尽くさせる。勇者選定時におすすめ。空気散布用)』と出る。アンリはとっさにフェニスタを見たが、彼に対する自分の感情にまったく何の変化もない。


「これは空気散布用の毒薬で、惚れさせて尽くさせるという説明が出るね。

 フェニスタ、もしかしてアイテム鑑定出来ない?」


「出来るわけないだろ! 分からないから持ってきただけだ。

 ねこワンダーランドはアイテムを鑑定する機会がないし。どちらかというとお気に入りのユニットにアイテムをあげて好感度を稼ぐゲームだし」


「それにしても私に薬の効果が無いみたい」


 アンリは瓶の口を片目で覗き込んだ。中身はまだまだたっぷり残っている。丸底フラスコのような形状で、持ち手が短く文字のような飾りが付いている。軽く振ってみる。


「美味しいから全部飲んじゃおうかな……」


 冗談を言っているうちに、瓶の中身が突然気化し始めた。モクモクと煙が上がり、覗いていたアンリの顔を覆う。


「ぶはっ、空気散布ってこういう事!? どうしよう、気化が始まっちゃった! フェニスタ離れて!」


 蓋を閉めようとしたが割ってしまっている。栓がずいぶん頑丈なのは何回でも締め直すためだったと、アンリは今更ながら理解した。

 銀髪の少女になってしまったフェニスタが、くるっと脱兎のごとく走り去って部屋の反対側まで距離を取る。さすがにアンリと付き合うのは嫌なようだ。


 アンリは足元を確かめるようにジリジリと壁際に移動し、毒薬を外に破棄しようと壁の隙間に向けて振りかぶった。

 前が見えないほどの蒸気に包まれた惚れ薬を階下に勢いよく投げ捨て、アンリはホッと胸を撫でおろした。これ以上の厄介事を背負いたくはない。


「ん?」


 毒薬が手元にまだ残っている。


「間違えた! 『女神の古詩』の方を捨てちゃった!!」


 焦っていると普段しないような間違いをする、とアンリは反省した。

 家庭教師のアルバイト時、よく生徒の数学や英文法の試験でケアレスミスを見かけた。

 今回は方程式を完全に理解しているはずなのに、ちょっとした計算間違いで点数を引かれる生徒の気持ちが分かった。

 『女神の古詩』投げ捨ててしばらく経つと、遠い地上から微かな物音が聞こえた。


「私まだモザイク効いてるかな? ちょっと行ってくる。フェニスタ、出来るだけ早く戻る!」


 勇者に声を掛けてから、アンリは女神の領域から目を瞑って飛び降りた。

 耳元でゴウゴウと風が唸る。無事に屋敷の辺りに着地できるよう、アンリは丁寧にオートに頼んだ。

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