43 勇者、女神、家捜し
あれこれ叫びながら落ちていくランダハの幻影を、アンリは所々崩れている壁の隙間から身を乗り出して見送った。
「行くからねっ!」
もう一度ランダハに声が届くように念押しし、近くの壁から同じように階下を見ていたフェニスタと目を合わせた。フェニスタは目を丸くしている。ミディアムの銀髪が吹き上がる風になびいている。なかなかイケメンだ、とアンリは目に焼き付けた。
「アンリ、意外と戦えるんだね。びっくりしたよ。僕も早くチュートリアルを終わらせなきゃ」
「そうだよね。そのためにここに来たんだった」
フェニスタに罪悪感を感じながらも、アンリは手の平を開いて女神が遺した塊を調べた。
「女神の古詩? 何だろうこれは」
正方形の黒っぽい金属製の塊で、表面にビッシリと曲線的な文字が書いてある。
鑑定では『女神の古詩 (女神を倒した証)』としか結果が出ない。
ゴワゴワした厚めの金属板が七枚重なっており、六枚目と七枚目はほとんどくっついている。
「読める? これ」
「いや全然」
アンリが力を込めると、MPやエネルギーを金属板がスルスル吸い込む。
「どんどん入れてみるか。勇者ちょっとMPポーション頂戴」
手渡された瓶に口を付けないように、二、三口中身を飲み込む。先程の戦闘で消耗したので念の為だ。『女神の古詩』に必要な分だけの力を指定し、金属板に分けた。手の平の中身がブワリと熱くなる。
「この天使? はどうしたらいいと思う? シンシアを復活させるにはどうしたらいいんだろう」
天使と呼ばれる白い靄はただ浮いているだけで、意思や感情が無いようにアンリには感じられた。天使には何の力も入れられないし、アンリが何を働きかけても応答しない。シンシアの人格があるとも思えない。
「僕も分からないなあ。でも確か似たようなイベントがあったはず。えーとえーと……ニャンニャン勇者では、次の女神を選定するんだったかな」
フェニスタがアンリの周りに留まっている天使と呼ばれた靄を、チョンと指でつついた。天使が反応してフェニスタのほうにフヨフヨと浮かび、アンリから離れてフェニスタに近づいた。
「フェニスタ!」
「分かってる!」
フェニスタが天使の靄を避けようとし、刀の柄に躓いて派手に転んだ。ここぞとばかりに天使がフェニスタを包み込んだ。
カッとフェニスタの全身が光った。銀月のように眩しい美しさだ。
こんなイルミネーションはあるのだろうか、クリスマスや年末にデートする人々自体にLED照明を巻いて皆で鑑賞し合うようなイベント、いやいや開催するためには安全性はどうなのだろうか、参加してくれる奇特な人はいるのか、でも国によっては流行るかもしれない、ハロウィンにも良いな、とアンリは絶望的な気分を、完全に無駄な思考で誤魔化した。
そしてハッと大変なことに気づいた。
「フェニスタ! ルカルラはどうするの?」
光が収まると、そこには美しい銀髪を長く伸ばした美少女が座っていた。年の頃はアンリより少し上だろうか。成人するかしないかの年齢だ。少女は細い綺麗な指を広げ、両手の平をまじまじと見た。そして焦ったように自分の身体と髪が変化したことを目視でチェックし、ほんのり頬を染めてうつむく。口角が上がり、なんだか嬉しそうな表情だ。
「僕……女神に選ばれた……? なんだか力が湧いてくるよ」
「フェニスタが女の子になってる! ルカルラにどう説明しよう。勇者が女神になって性転換して魔王も倒しに行きますって……!」
驚愕し慌てふためくアンリに、フェニスタが優しく微笑んだ。
「でも悪くない気分だよ。憧れの女神様と一緒の姿になれるなんて……!」
「よく似合っていて可愛いよ。声も落ち着いた雰囲気で美人だよ。でもどうしようかな。魔王ってハーレム作ってるらしいし、フェニスタまで見初められたらどうしよう」
「それはそれでハッピーエンドじゃない? ルカルラとも一緒になれるし。すぐには地球に帰れなくなりそうだけどね」
「あー、そっか。同意。全力で応援する。論理的に整合性ある。納得した。でもフェニスタはこの部屋から出られなくなった可能性があるのでは」
混乱しているアンリをよそに、美少女になった勇者フェニスタが立ち上がろうとする。アンリよりは落ち着き払っている。しかし鎧が大きすぎて身体に合わず、フェニスタは尻餅をつく。
「フェニスタ、女神の部屋のクローゼットを見てくるよ。私も含め、着替えがあると良いのだけど」
「じゃあ僕が行ってくるよ。アンリはその石を何とかしたら」
「そうだね。よろしく、フェニスタ」
「ほ〜い」
フェニスタが重そうな鎧を外すのをアンリは手伝った。なかなか複雑な造りだ。冒険者ギルドで預けていたサブの鎧らしい。少し動きづらいんだよね、女神様に貰った刀も何故かなまくらだし、とフェニスタは小声でぼやいた。鎧を脱ぎ捨てたフェニスタは、ぶかぶかの布製の服と、革のパッドのようなものだけを身に着けている。
グーッと伸びをした可愛らしいフェニスタは、勇者らしく、クローゼットの中からゴミ箱の裏まで部屋の中を丁寧に漁り始めた。
アンリはフェニスタの生き生きした様子を確認し、一息ついて落ち着きつつ、手の『女神の古詩』に視線を向けた。他の手掛かりはこれだけだ。
金属板がドクドクと熱く脈打ち始めたので、アンリは祈りを込めて強く握った。




