39 女神は怒っている
「私の勇者様、ようこそいらっしゃいました!」
一行は満面の笑顔を浮かべた女神に迎え入れられた。
女神は相変わらず銀色の長くウェーブがかった髪、豪奢なドレスを着ており、昨夜とデザインが違う服や装飾品を着けている。そして永遠の月光を写し取ったかのような顔、陶器のように滑らかな肌をしており、幻想的な雰囲気の美人だとアンリはつくづく思う。
インテリアもほぼ元に戻っているようだ。ステンドグラスは細かく補修され、壊れた家具類もグルグル紐を巻かれて修復されている。割れたガラス類は隅にまとめられている。
ピアノが元気そうに片隅でポップな曲を弾いている。前の戦闘で壊れてしまったかと思っていたアンリは安堵した。
「この音楽、ねこワンダーランドのメインテーマのアレンジだ!」
隣にいる勇者が鼻息を荒くしている。にゃんにゃんにゃん、と小声で嬉しそうに歌を口ずさむ。
「ところでどうしてあのボロ少女がおりますの?」
女神がこめかみをピクリとさせてアンリをギロリと睨む。やはりアンリは歓迎されていない模様だ。
「まあまあ、銀月の女神様。やっとガチャ代が貯まったんです。アンリが出してくれたんですよ?」
「知っておりますわ。見ておりましたから……勇者、交友関係は慎重に」
アンリも便乗して女神を煽り返した。
「そうですよ勇者。仕える相手は慎重に」
「あら、ボロというよりはゴミだったかしら?
あんなに身なりの悪い勇者候補は初めてでしたわ」
アンリが対抗してせせら笑った。
「女神様、今宵も大変美しゅうございますね。大根のように輪切りにしてあげますよ」
女神の首には縫ったような跡が残り、テープで巻いてあることにアンリは気が付いていた。女神の眉間に皺が寄る。
「このガキにはもう一度分からせたほうがよろしいですわね!
わたくしは何回も生き返れますから、即死効果付きの武具だけでは絶対に勝てませんわ!」
女神から衝撃波が飛んできた。アンリは軽く横に躱す。ついでに特大の火炎魔法を放って女神の顔と髪を焼いた。
「やってみなければ分からない!」
アンリは女神の言葉に答え、刀にMPを注ぎ込んだ。内心で冷や汗をかく。
先ほどの会話はオート戦闘に任せてみた結果だ。まさか喧嘩を売るとは思っていなかった。女神まで眷属化するつもりなのだろうか。以前よりレベルが下がっているのが少々不安だが、AIが仕掛けたということはどこかに勝算があるのかもしれない。
アンリは言葉で他人が傷つくことがあるということを、当然ながら経験的に承知している。自分のような棘のある言葉をもつ人物が、AIの操るゲームのシステムの一部になり、結果として相手を煽る言動が酷くなっていることに気づいて苦笑した。これから『オート』モードを『イキリ』に改名しようと深く反省する。
長くて引きずりそうになっている抜き身の刀は、アンリのMPを受け、応援するようにほんのり光り始めた。
クロロンはどうしているかと首を巡らせて探すと、部屋の片隅で丸くなって寝ている。しっかり防御魔法のシールドを自分の周囲に張り巡らせているので、クロロンはよっぽど戦闘になると思っていたに違いない。
勇者フェニスタは、突然始まってしまった戦闘に腰を抜かして傍らに座っている。女神が彼を傷つけることはないだろうと思い、アンリは放っておくことにした。いざとなれば盾にすれば良い、と薄情なことを考える。
「勇者、なかなかチュートリアルが終わらなくてごめんね!」
燃えている女神にオートで銃弾のような風魔法を撃ちこみながら、アンリはフェニスタに謝った。
ゴウッ!!
女神から燃える髪の毛が何筋も飛び掛かってきて体に巻きつこうとしたので、アンリは吹き抜けの天井に逃げた。
勇者の返答は燃える音にかき消されて聞こえなかった。




