3 白銀の月の塔
「すごく、綺麗……」
アンリは白銀に輝く塔の内部に立っている。内壁も真っ白で、半透明にキラキラしており、やわらかくあたたかな光に満ちている。所々に粒子や何かのモチーフ、迷路のような模様が刻まれ、上下左右、どこを見てもぼんやりと優しく発光している。
世界のどこかにこのように美しい観光地があるのかもしれないが、アンリには心当たりがなかった。
先ほどアンリが痛む足を我慢して歩き回った街と広場のような、厳しい生活の爪痕と、生命を吹き消してしまいそうな寒さはない。隙間風もなく、外界と隔絶しているとアンリは思った。今まで彼女がいた空間は、存在するだけで辛く感じたし、強盗や病気をもった動物、立場の違う人間に会うことが恐ろしい場所だった。アンリが慣れ親しんでいる人権という概念をどこかへ追いやるほど、荒々しく人々が生活していた。
塔の中は円形の部屋になっており、天井は吹き抜けのように高く、アンリが目を凝らしてみても天井を目視できない。途中に階層が無く、塔の頂上まで一本の中空構造になっているのだろう。
アンリは強風で半分飛ばされそうになっていたムシロを服の上にきちんと巻きなおし、寒さで感覚を失ってしまった手足をさすって埃を落とした。フードもきちんとかぶり直し、できるだけ身なりを整えるよう努めた。裸足なのは失礼だろうが仕方がない。部屋の中央まで進むと、身体がふわりとエレベーターに乗ったかのように、ひとりでに上へ上へと昇りはじめた。
「すごい! 身一つで上るなんて、無重力みたいで面白い。それとも斥力かな? 動力と仕組みはどーなってるのコレ?」
アンリは重力に逆らうように白い塔の内部を高く高く上っていく。高層エレベーターのわりに気圧の変化を感じず耳がツーンとならず、アンリはほっとした。冷えるはずの上空の気温と風からも守られ、暖かく感じて気持ちがいい。
半透明に白く光る塔の内部から、今までいたスラムの辺りと、暗く眠る街、遠くの明かりがついた大きな城が見えた。その他の風景は暗すぎてよく分からない。目を上にやるとやはり白い月と赤い三日月が煌々と輝き、満天の星が瞬いている。
「なるほど、本当にどこかの王都かもしれないのか。新宿? 有り得ない」
アンリが塔のイルミネーション費用と箱なしエレベーターの仕組み、観光化した場合の入場料、家族連れと団体客の定員、お客さんの回転率をついつい計算しているうちに、不思議なエレベーターが塔の最上階に着いたようで、彼女の身体の上昇がゆるやかになり、頭上から輝く大きな光に包まれた。




