37 フェニスタと出発
アンリの膝の上で半分お腹を見せて寝転びながら、貰ったクラーケンの干物をムシャムシャするクロロンは、かなり重い。一般の猫よりも大型なのでアンリの視界が遮られるし動きも制限される。シンシアの布地にグレーがかった黒い毛がついているし、油汚れも移りそうだ。後でシンシアを洗濯しなければならないかもしれない。干物を食べ終わるのを待ちながらも、アンリがクロロンにそっと問いかける。
「ねえランダハ、クロロンちゃんって呼んだほうが良いのかな?」
「どっちでもいいよ」
「ランダハ本体はどうしているの」
「暖炉の前の小さな籠の中で丸くなって寛ぎながら、アンリと魔法具越しに会話してるよ」
「魔法具ってこの額の装飾のことね」
「そうそう。ムシャムシャ」
「妖精髪の姫が失踪したってギルドの話題に出ていたね」
「さっき聞いた。だからずっと情報収集していたんだ。偉いでしょ。モグモグ」
「お姫様の場所は分かる? あと名前を知らないんだけど教えてくれない?」
「完全に生死不明ということになってるよ。名前はローズ。言うの忘れてた? ごめんごめん。
ボクの術で検索すると、一応王城地下のダンジョンに潜り込んでいるという情報が出力されるよ。
まあ次に会った時に生きているか亡くなっているか分からないけれど。なぜなら彼女はまったく戦闘能力がないからね。
というわけでアンリ、助けに行ってね!」
「簡単に言うね。ダンジョン自体の場所は王城内にあって、私は敷地に侵入する必要があるのかな。絶望的な計画だね」
「いんや、街中の隠し通路から行けるよ。ローズ姫は王城内からダンジョンを通って、軟禁されている状態から、何とかして外に出ようとしたんじゃない?」
「隠し通路からローズさんを迎えに行けばいいということね」
「そう。きっとなんとかなるって。ごちそうさま」
フェニスタが話に入ってきた。何か飲み物が入っていた木製のコップを片手に持っている。もう中身があまり残っていないらしく、コップの扱いが大雑把だ。
「アンリ、話し合いは終わったか? 早速チュートリアルガチャを回しに行きたいんだが」
「ああ、行こうか。アンリも来る? 場所は銀月の塔だよ。せっかく勇者を任命できたのはいいんだけど、フェニスタは高度な創造の術を『ガチャ』って言い張るんだ! いったい何の暗号?」
「あー、フェニスタ独自のシステムじゃないかな。私のほうにはガチャは無いんだ、残念。ところで私にはどうして創造の術とやらをしてくれなかったの?」
「そりゃあ術の扱いは才能によるからだよ。フェニスタは創造の術に適性があったというだけ。反対に他の魔法書はほとんど扱えない感じだね。
君は直感的に戦いそうだから、始めから強いアイテムを渡せばどんどん魔族側のダンジョンを攻略してくれると思ったんだ」
「了解。やっぱり個人の資質とゲームのスタイルは関係あるんだ。
あと冒険者ギルドは魔族がけっこういるんだよね? ランダハは彼らと対立するということ?」
「うん。魔王をどうにかしないと、人間側のランダハの名の呪いも解けないから。ボクは先王の名のもとに、束縛の連鎖を断ち切りたいんだ」
クロロンはギルドで飲み食いしている人々を興味無さそうに見た。ドーロが静かだと思ってアンリがギルド内を見渡すと、彼は酔いつぶれて寝てしまっている。
「そっか」
クロロンが床に飛び降りたので、アンリは椅子からゆっくり立ち上がった。
フェニスタがクロロンを抱っこし、ギルドの重い扉をギイと開けた。
アンリもご馳走さま、行ってきますね、とリセルナやリゼット、飲んでいた面々一人ひとりに挨拶した。色々とお世話になったからだ。そしてアンリはフェニスタ、クロロンの後について、冒険者ギルドを立ち去った。




