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35 お祝い

 王都の冒険者ギルドは交代制で二十四時間営業だ。

 陽が落ちてからは酒場と化し、昼間に比べて場が緩む。ただでさえ酔っ払いが増えるのに、今夜は特に新顔が増えたり、王都に大きな噂が流れたり、フェニスタがおかしくなったり、様々な悲報があったりで、会話をツマミにしたどんちゃん騒ぎになり始めている。


 木製の窓はとっくに閉められ、室内は暖かい。外は寒く風が吹き付け、大通りでも数軒の店しか開いていないが、昨夜からずっと降っていたらしい粉雪はそろそろ止みはじめている。


 アンリが申請したギルド登録者が使える倉庫は共用で、一人十個まで預けることができる。預けたまま登録者が亡くなってしまった場合はギルドの物になるが、遺族やパーティーメンバーに引き渡されることも多い。


 先ほどリセルナが呪われてしまった『破壊の大鎌』に関しては、年寄りのノームの聖職者が呪いを解いてくれた。よく飲みに来る常連のようだ。聖職者なのに酒を飲んで大丈夫なのかとアンリは思ったが、ギルドで出される飲み物は厳密にはアルコールではないらしい。


 フェニスタが少々の毛が付いたルカルラの大鎌を、ギルド倉庫に預けた。大きくて格好良いということで、今はギルドカウンターの奥に刃を下に向けて飾られている。

 フェニスタは勇者になる前に、ロングソードや予備の鎧、兜、ポーション一つを倉庫に預けていたらしい。リセルナに全部奥から出してきてもらい、初めて剣やアイテムを触るように、驚きつつ確認していた。アンリは預けるためのアイテムを持っていない。いつか大事な物を預けてみたいものだ。そんな事を考えていると、


「十個の枠じゃ足んねえよ! すぐいっぱいになるんだぜ!」


と冒険者が愚痴る声が聞こえた。余ったアイテム類はすぐに向かいの商店に売ることになりそうだ。


 元パーティーメンバーを告発しようとしたり、人間のみのために魔王と戦う、と広場で演説していた勇者は、知己であったギルドメンバー達からかなり色々と突っ込まれていた。

 しかし頑なに首を縦に振らないフェニスタを見て、パーティーメンバーも含めて全員が察したようだ。これからは今までの関係を捨て去ると。

 リセルナとリゼットは勇者を寂しそうに見て、お互いに身を寄せ合った。


「この鎌を所有していると、近いうちに彼女とまた会えそうな気がするんだ……」


「フェニスタ、彼女の名前はルカルラだって。そう名乗っていた」


「ルカルラ……愛してる」


 トリップしてしまった勇者を放っておき、アンリはカウンターに声を掛けた。


「私も何か飲み物を貰ってもいいですか?」


 リセルナ達の代わりに椅子に座って脚を組んだシンが応えた。彼は室内だが帽子をかぶっている。


「じゃあフルーツジュースを奢ってやるよ! 冒険者試験合格おめでとう!」


 アンリの目の前にドロッとした薄紫のスムージーが注がれる。今回は金属製のカップだ。


「シギリンゴのジュースはスタミナがつくと言われてるニャン。最近王都に少しだけ出回っているニャー」


「シン、リゼット、ありがとう」


「カンパーイ!」


 ギルド内のお客さん達もエールを注文し直し、杯を酌み交わす。ボルックスも特別に一杯貰っている。しかしツケに上乗せはされるらしい。


「ここのエール高いんだよなぁ。市価の三倍はするぞ」


「うるさいニャン!

 美味しくて二日酔いにならず、全ての種族が飲めて体への悪影響が無い特別なお酒ニャ!

 王城の伝手で買わせてもらっているのだから文句いうなし!

 冒険者は体が資本ニャ」


「はいはい、銅貨八枚かぁ……くそぅ」


「毎度ありニャ!」


 皆が思い思いに楽しむ中、アンリにシンシアがコソッと声を掛けた。人混みではまだ恥ずかしいのだろうか。


「アンリ、これからどう動きますの? そろそろ遅い時間ですわよ。夜七時過ぎですが」


「一応ランダハの所に顔を出しておこうかな。確認したい事もあるし」


「お姫様の話ですわね」


「そう」


 ギルドで飲み食いしている人々から、先ほど不穏な噂を聞いたのだ。


 妖精髪のお姫様が失踪したと。

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