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32 勇者の熱意

 勇者がいよいよ立ち上がる。

 フェニスタは筋肉質で背も高く、地球の基準で見ても良い身体をしている。モデル雑誌のトップページを飾れそうだとアンリは思った。

 勇者はキリッとした容貌が格好良いイケメンだ。髪も風になびくヘアスタイル、甘いマスク、所作も丁寧で良い感じだ。声はよく通り張りがある。メンタルも非常に強そうだ。

 芸人はどうだろうか、それとも動画配信者が似合っているだろうか、とアンリがあれこれシュミレートし始めた。

 フェニスタが動画配信者になった場合の年間の広告収入と投げ銭の合計をアンリが計算しているうちに、勇者がルカルラの前の石畳に跪いた。ルカルラが拳を振り上げる。


「麗しいお嬢さん、ぜひ僕と結婚してください!」


「え……?」


 ルカルラが困ったようにアンリに視線を投げかける。アンリはそれを目を伏せて無視した。


「一目惚れです。僕は絶対に君を幸せにする。こんなに美しい方は初めてです。君を愛しているんだ」


「は……?」


「Let's go on the path of love with me and you. 分かりませんか? この運命からは逃れられません」


 フェニスタはルカルラの手を取り、跪いたまま手の甲に口づけをする。

 やはり芸人向きだとアンリは心中で結論づけた。


「ありえません! 私は魔王様のものになるのです。私は最強の魔王様に嫁ぐ、百人の嫁の一人として教育されてきました。魔王様を内外から支え、それから……ぐすっ」


 勇者は立ち上がり、ルカルラの肩を抱いた。


「僕は貴女一人を愛する」


 ルカルラは眉をひそめている。


「ねえシンシア、全裸で他人の婚約者に触れるなんて、完全にセクハラかと思うのだけど」


「あら? アンリは頓珍漢なことを言いますのね。魔族ですから、肉体美が好きですわよ。ルカルラだって嫌がってないでしょう?」


「マジで!?」


「魔族は自然と共にありますわ。変に着飾ってプロポーズするよりはよっぽどアピールになっていますわよ。彼女だって肉体を魅せるための服装ですし。これは魔族側の文化ですわ。問題ないです」


 勇者フェニスタの体の一部も形容してはいけない感じになっている。


「シンシア、モザイク処理できる?」


「モザイクって何ですの? ええ? なるほど、まあ頑張ってみますわ。『節制』『カップのペイジ』、勇者のダメなところにモザイクを!」 


 勇者の全身がモザイクに包まれた。


 なおもルカルラを口説いている勇者に、ルカルラは背を向けた。


「私は魔王様のものです……でもあなたが魔王を打ち倒し、世界の頂点に上り詰めるのならば……貴方を受け入れましょう」


「オッケーなのか、そうか……」


「これはチャンスがありますわね。宿敵の婚約者に一目惚れして奪うなんて、なんてロマンチックなのかしら!

 ねえ、そう思いません、アンリ?」


 これはただの性欲だと思う、とアンリは口に出さずに呑み込んだ。性欲は紛れもなく世界情勢を動かし、人間の根底原理の一つである、とアンリは薄々感じていたが、まさか巻き込まれるとは思っていなかった。

 アンリは遠い目で夜空に輝く赤い月を見上げた。ルカルラは紫の蝙蝠翼を広げ、月に溶けるように飛んで行ってしまった。

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