31 誓いを新たに
「こっちも注意して、ですわよ! 『隠者』『ペンタクル7』『ソード2』『ソード10』『ソード8』、ここに集え!」
シンシアが虚空にタロットを五枚展開すると、地上から数十本の闇でできた棘だらけの触手が伸びた。ルカルラが生み出した蝙蝠たちを包み、感覚器官を麻痺させる。
アンリが刀を振って衝撃波を放つがルカルラには届かない。
怪しい煙のような光が立ち昇る大鎌か、羽ばたいている翼で相殺されてしまった。
アンリにはどちらか分からないが、何となく、ルカルラの大鎌を無効化すれば勝てるように思った。刀の格が大鎌に釣り合うように、少々魔力を刀身に分けておく。翼に関しては、翼が変化した蝙蝠にダメージを与え、手ごたえを見てから考える。
「近くに妖精がいませんわ! あの占いに使った小人は戦闘力がなさそうなので、周りにいる闇の精霊の力をメインに戦いますわよ! 風もいますが、相手の方が上手そうですし」
「OK!」
シンシアは周囲の環境でできることが変わるらしい。
たしかに占いに使ったブレイクダンスの小人は見るからに弱そうだ。ハムスター一匹にも勝てないだろう。
ランダハのようにしっかりしていれば頼もしいのだが、とアンリはふてぶてしいドヤ顔でかぎしっぽを振るサビ猫を思い出す。
アンリが魔力をつぎ込んで、風魔法のトルネードをオートモードで発動する。いまだに呪文名を覚えていない。
思いのほか巨大な竜巻が出現し、アンリ、シンシア、ルカルラ、そして勇者の魔石を吹っ飛ばして石畳に叩きつける。蝙蝠も半分ほど巻き込まれて地面に落ちた。
同時に状態異常スキルかデバフの魔法をルカルラに掛けたようで、追加でアンリのMPが減っていく。麻痺か毒、速度ダウンあたりだろう。
ルカルラはどことなく絡め手が得意なようで、アンリの直線的な攻撃を綺麗に受け流すことが多い。少々やりづらかったのでデバフはありがたい。
そろそろアナウンス機能が欲しいが、オート戦闘中のユニットの動向なぞプレイヤーの興味を惹かないのかもしれない。設定画面からアナウンス機能の実装を運営会社にリクエストしてみようとアンリは思った。
「アンリさん? 無茶をしますわね」
シンシアの呆れる声に、勇者のとぼけた発言が重なった。
「市議会委員の会食の予定が先方の都合でキャンセルだと!?」
「勇者、生き返ったのですの!?」
アンリとシンシア、ルカルラがいる辺りより、ちょっと離れている場所で勇者フェニスタが復活し、目を覚ましたようだ。
「僕、倒れていたのか? 血圧とコレステロール値には気をつけていたのに……」
「フェニスタ、寝ぼけてないで一緒に戦ってくださいまし!
『カップのクイーン』『女帝』『悪魔』、弱くても構いませんので広範囲に攻撃してくださいませ!」
シンシアが影でできた無数の手で、空中の蝙蝠たちを掴もうと試みる。あまり破壊力はないが、ひらりひらりと飛び回り、噛みつこうとする蝙蝠を牽制してくれる。
勇者フェニスタは魔石から人間の形になっており、服を着ていない。壊れた鎧や血濡れの破れたマントはあちこちに散らばっている。
これが永続魔法の魂分化と能力分化か、とアンリは理解した。もう勇者と敵対しようとするゲームの意志を感じない。むしろ勇者を守ろうと思わせる。
勇者は沢山の金貨の上で尻餅をついている。アンリが吸収し、レベルに変換してしまったはずの金貨だ。人間は金貨をレベルに換えられないので、アンリから勇者へ分けた力は金貨に戻ったのだろう。
「僕は戦えないって言ってるだろ!」
「その金貨でガチャを回せるんじゃないの?」
「チュートリアルの黒猫は……くそっ、あいつ雄だからたまにふらっと散歩に行ったりするんだよ。肝心な時にいないなオイ! 完全室内飼いしたいのに、僕は飼い主失格だ……」
「悩んでないで、貴方は勇者でしょ? 魔王を倒してマニフェストを守るんじゃなかったの? この魔族は魔王の仲間だと言っているけど貴方はどうするの?」
ルカルラが殴り掛かってきたのでアンリもルカルラの肘を横から蹴り飛ばす。刀はどこかへ吹っ飛んでしまった。ルカルラも大鎌を落としているようだが、格闘もなかなか強い。
「そうだ、僕は勇者だ。銀の月に選ばれた至高の存在なんだ……! 僕の使命は魔王を倒し、女神様のお言葉に応えること。そして地球へ帰って、親父を超える政治家になって、大きな家を買って、妻と子と猫と暮らして貯金して、いつか汚職とかで捕まらなければ悠々自適な老後を楽しんで耳掃除サロンへ行くんだ! いくぞ!」
勇者が裸のままで力強く立ち上がった。アンリは夜目スキルを半分ほど切り、できるだけ勇者の裸体を視界に入れないようにした。




