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29 勇者の始末

評価、ブクマありがとうございます!

「はあ……!」


「アンリ、酷い顔をしていますわよ」


 アンリが青く光を放つ刀をゆっくりと握り直し、血振りをした。少し顔色が悪い。勇者が冷たい石畳にドサリとうつ伏せに倒れる。

 勇者はアンリの前方に伏せ、ピクリとも動かない。もう事切れているだろう。勇者の立派な体格が左肩から右腰にかけて真っ二つになっている。吹き上げる血で凄惨な光景になっているはずだが、赤い月の影響でアンリからはよく見えない。


「勇者フェニスタ、ごめんなさい。私は今のうちに貴方を倒さないといけなかった。私はどうしても知りたかった。どうして私のシステムは貴方を害そうとするのか。最高のAIが自慢のオート戦闘が、どうしてこんなに勇者に敵対的なのか。さっき広場でも勇者に攻撃魔法を放とうとしたのはなぜなのか」


 アンリがグイッと返り血の付いた手の甲で目を拭く。アンリは勇者と協力するのではなく、自分が関わっているゲームを優先することを選んだ。


「アンリ、貴女の言っていることがよく理解できないのですけれど。弱いものが淘汰されるのは自然なことですわ。種族も立場も違うのです。

 勇者のほうが影響力も戦闘能力も強いはずですから、うかうかしているといいようにされてしまいますわよ」


 シンシアは当然のようにアンリの肩を持つ。

 アンリは行為に及びながらも、社会的に自分の置かれた状況をうまく把握できていない。


「シンシア、殺人に関する法律は?」


「人が人を殺すのは違法ですわ。でも貴女は人間じゃなくてアンデッドですから、人間の法律なんて守る必要はありませんわ。もちろん発覚すれば死刑になると思いますけど。

 また人間が異種族を殺しても法律上は無罪ですわ。アンデッドにも権利や義務や人権は全くありませんの。アンリこそ道端で殺されても何の文句も言えない存在ですし、法に守られてもいませんわ。

 異種族の難民ならば、法や義務の誓約を遵守させるための契約をするかもしれませんけど、アンリはまだなのでしょう?」


 シンシアがまるで法律書を読み上げるようにさらりと言う。


「自分が人間になっても?」


「もう人間には戻れないですわね。勇者になる誘いを断ったのですし」


「そうだね。ありがとう、シンシア」


 アンリは勇者を背後から襲撃してしまった。この出来事も冒険者ギルドのログに記録されるのだろう。アンリは勇者殺しの罪で死刑になるだろう。地球の常識と自分の良識に照らし合わせると眩暈がする。

 アンリは勇者のほうに一歩を踏み出し、オート戦闘を継続する。


「最後まで見届ける。私はにゃんにゃん勇者ではなく、ブラッディ&コールドムーンという別ゲームに囚われている」


 刀身が青白く光る。汚れているはずだがまだまだ切れ味が落ちていない。アンリの刀は刃を滑らせ、当然のように勇者の遺体を解体し始めた。


「オート戦闘が私に何をさせるのか、私のクリア条件は何なのか、生き残った者が勝ちなのか、協力すれば良いのか。何も分からないまま、私は自分のゲームを成就しなければならない」


 勇者の残骸が刃から零れ落ち、大きな宝石に結晶化する。その石は美しいアメジストのようだが拳よりも大きい。


「魔石ですわ! 遺跡でも出土しますし、魔物にもあります。たまに遺体からも出現すると言われています。大きいですわね。こんなに美しく立派な魔石は初めて見ましたわ」


 アンリが勇者の魔石を手に取ると、魔石と通じる何かを感じる。オート戦闘はまだ切っていない。オートシステムは、アンリの生命力を魔石に流し込もうとする。


「はは、これってまさか……永続魔法」


 アンリはウィンドウを開き、自分のステータスの魔法欄に最初からずっとある、ランダハが見破れなかったカテゴリーを参照した。


永続魔法


・修復

無生物やアンデッドを修復する。


・眷属化

無生物やアンデッドを一定時間眷属にし、消費魔力に応じた能力を付与する。


・魂分化

他ユニットや無生物に術者の命を与える。対象の数は問わないが、寿命が術者を含めて等分に共有される。術者は不老不死ではなくなる。対象の種族やスキルは変化せず、自由意志を保持するが、潜在的には術者の眷属と見なされる。


・能力分化

眷属に術者の肉体的、魔法的、精神的要素を分け与える。



 生命を流し込まれた勇者の魔石は、徐々に強い輝きを帯びてくる。熱くなってきたのでアンリは取り落としそうになる。

 魔石を両手に抱え直した瞬間、アンリの手があった空間をナイフのような鋭い切っ先が通り、アンリの肩口を突き破る。女神の戦闘時のように腕が千切れなかったのは、シンシアの防御力のお陰だろう。


 アンリはすぐさま各種耐性スキルを発動。夜目や身体能力向上スキルも準備した。


「シンシア、大丈夫!?」


「問題ありませんわ! 回復してくださいませ!」


「おやおや、勇者を始末しに来たのですが、一足遅かったですね」


 コウモリのような大きな翼をはためかせた影が、赤い月に重なる。

 アンリはウィンドウを開いたまま、銃弾のような風系攻撃魔法のゼカンドを発動した。だが当たらなかった。

 永続魔法の『修復』で肩の治療をすると一瞬で治る。ドレスの破れは修復ではなく普通の回復魔法で直せるようだ。オートで直した。

 なおアンリはアンデッドなので普通の回復魔法は効かない。


「その勇者の魔石は頂きますよ。小さな人間。わたくしは魔王様の婚約者、ルカルラと申します」


 影に紅い月光が当たる。大きな翼をもつ肉感的な美女が血のような光に照らされて姿を現した。

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