27 シンシアのスキル
「勇者を襲って金品と武器を強奪し、銀月の塔に再挑戦しようと出るんだけど」
「おかしいですわね。わたくしの方もそうですわ」
アンリとシンシアが広場の片隅でうーんうーんと首を捻りながら協議している。彼女たちの周りには空中と地面に光る四角い文様がある。
そろそろ広場は本格的に暗くなってきた。まだ片付けが終わっていない店先には、ぼんやりとした魔法やランプの灯りがチラチラとつき始めた。屋台の片付けをしている従業員の動きが加速し、手伝う妖精さん達へ与えるパンや賤貨が多くなる。
「だ、誰を襲うって?」
アンリ達の背後から、広場での演説と片付けが終わったらしい勇者フェニスタが、青ざめた顔で質問した。どうやら会話を聞いていたらしい。小さな頭陀袋を脇に挟んでいるのは、先ほどの演説で集めた小銭と食料が入っているのだろう。勇者はいつでも逃げ出せるように半身になり、アンリ達から十分な距離をおいている。お付きの黒猫はいないようだ。
「まあ、勇者ですわ。アンリ、丁度良いタイミングですわよ。強盗になってみます?」
ニヤリと笑うようにドレスが揺れた。
「いえいえ、そんな鬼畜な事はしないですよ。勇者フェニスタさん、どうぞこちらへ」
アンリが手招きすると、勇者フェニスタが恐る恐る近づいた。
「本当に手荒な真似は止めてくれよ。次は暴行罪で訴えるぞ」
「大丈夫ですよ。ところでフェニスタさん、単刀直入に伺いますが、貴方のやっているゲームは何ですか?
こちらは『ブラッディ&コールドムーン インフィニット・ダンジョン・エトセトラ』というタイトルなんですが」
「『にゃんにゃん勇者 ねこワンダーランド~君の肉球を捧ぐ~』っていう王道RPGだよ。ガチャで可愛いキャラを引き当てて、魔王を倒せばクリアできるはずだ。そうすればこんな異世界なんておさらばさ」
「やっぱり地球から来たんですね。タイトルがかなり違うのが気になりますが、状況が似ているのは理解しました。もうフェニスタの記憶がほぼ無いのではないですか?
私は月華アンリと申します。いつの間にかこの世界にいました。スラムの孤児と入れ替わったようです」
「僕は炎上寺苦無。地方の商店街連合の倅で、地元密着型の議員を目指してる。親の票田を受け継げるから有利だろ? 地球に帰って立派な政治家になるんだ。こんな所で死にたくない」
「炎上寺さん、お互い敵対しない方向で協力しませんか? あと私たちがゲームをクリアしても、地球に帰れる保証はないのではないですか? こちらは確か『難関ダンジョン最深部にあるマスターピースを破壊する』というイベントでエンディングがあるはずなのですが、厳密なクリア条件というのは明示されていませんし、前世へ戻れるヒントもありません」
「敵対しないなら良いよ。あと僕のことはフェニスタで。この人物は冒険者としてそこそこ有名だったみたいだし、使えるものは何でも利用するつもりだ。とにかく出来ることを全て試して、僕は絶対に地球へ帰るからな」
「フェニスタ、元パーティーメンバーはどうするつもりですか? メリーが泣いていましたよ?」
「知らない。こちらにとっちゃ初対面だし、魔王を倒すのに反対されたし、付き合う義理が無い。仲間はガチャで出るはずだから要らない。
メリーは確か精霊、ドーロは魔族。両方とも魔王側だ。付き合っていたらお互いに不幸だよ。
ところで君は、こんな道端で何をしていたの?」
「わたくしのスキルで占いをしておりましたのよ。協力する妖精の力に応じて、未来予知ができますの。強い妖精であれば他にも色々できますわ。オーッホッホッホッホ」
「げ、服が喋った! 声帯はどこ? 月華さんの腹話術か独り言かと思ってたよ」
勇者フェニスタが青い目を丸くしてシンシアを見ている。
なおシンシアは声帯というよりは、心に直接響くような声をしている。
「あら、今更ですわよ。シンシア・ビジョンと申します。よろしくお願いしますわ」
シンシアのドレスのタックがピタッと閉まり、袖のフリル部分が伸びた。
「シンシアは『タロット』というスキルが使えますので、これから行くダンジョンについて、その辺りを歩いていた妖精に頼んで一緒に調べてみたんですが」
アンリの足元で、スマホくらいの身長の小人さんが、ヒョイと片手を上げた。




