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26 勇者の演説とアンリの行為

 徐々に夜の帳が降り、夕焼けのほの赤い輝きが、街外れに連なる山々の向こうに隠れ始めている。

 暗くなりかけてはいるが、広場はまだ明るく、大勢の人出がある。お店や屋台の店員はカラフルな目立つ衣装を着ている者が多い。客側は黒や茶色などの落ち着いた色彩で、比較的シンプルな服装をしている。種族によっては民族衣装や露出度の高い服、半透明の精霊のような人、小さな妖精もいる。たまにガチャガチャと揃いの金属鎧の音をさせた集団が旗を掲げて人混みを通り抜けていく。

 露天には日用品や食品が積み上げられており、そろそろ店じまいを始めるのか、木箱に商品を並べて入れたり、台車に運んでいる店の人もチラチラ見かける。

 あちこちに座っている小さな妖精や小人に、余ったパンや野菜くず、コインなどを渡すと、それに応じて店の仕事を手伝ってくれる。客側も妖精たちに何かを渡し、荷物を見ていてもらったり、多めに買った品を運んでもらったりするようだ。

 そのような日常が営まれる、夕方の奇跡の泉前。


「勇者、勇者、皆の勇者。フェニスタ・モーヴ、フェニスタ・モーヴ、フェニスタ・モーヴでございます。お仕事お疲れ様でございます。夕方のお買い物の最中にお騒がせいたしております。フェニスタ、フェニスタでございます」


 勇者フェニスタが演説しているようだ。声がよく通り、特徴的な格好いい声なので、顔を見なくてもフェニスタと分かる。街頭演説の夕立のようだが、話し方はまるでウグイス嬢だ。きっと顔と名前をまずは覚えてもらおうということなのだろう。人々が囲んでいるので見えづらいが、勇者と一緒にいる黒猫は後ろで丸くなって寝ている。聴衆はほとんど人間のようで、エルフや派手な衣装の人はいない。アンリとシンシアはなんとか声の届く場所に人混みを割って入る。


「お嬢ちゃん、よく見えないだろ。もっと前へ来るかい? 勇者様らしいよ」


「ここで大丈夫です。お気遣いありがとう」


 親切なおじさんにお礼を言い、勇者の言葉に耳を傾ける。彼の言葉はマイクもないのに、力強い声調で引き込まれる。


「勇者フェニスタは、昨晩の明け方近く、奇跡の女神様にお会いしました。銀月の女神はそれはそれは美しく、お顔と長い髪が月光に照らされ、体はミンチのように麗しい方でした!」


「アンリ、女神って麗しいのかしら?」


 シンシアのナチュラルな問いに、アンリはきまり悪そうにうつむく。


「綺麗だと思うよ。でもなんか心当たりあるな。状況的に」


 勇者の演説は続く。


「夜。奇跡の泉にそれはそれは高い塔が立ち、私は不思議に思って近づきました。塔の一階には大きな岩がありました! そして銀色の塔は私を上空までするすると運びました。

 塔の屋上は乱雑な廃墟のように綺麗でした。上空は非常に寒く、星月夜が一望できる素敵な空間です。そこに女神様がいらっしゃいました。彼女のご様子はたいへん詩的で、私は感動しました。

 そこで女神様は、私に勇者になる祝福を下さったのです! そして何でも好きなものを持って行ってもよいとおっしゃられました。そこで落ちていた刀を拾い布で拭くと、それはそれは美しい白銀の刀身が現れました! 鞘もございました。私はこれを持っていくことにしました」


 勇者が腰の剣をシュッと抜いて上空に掲げ、夕焼けに翳した。今まで白銀のマントに隠れて見えなかったが、よく見るとアンリが塔で女神と戦った時の即死効果付きの刀だ。青白い光が零れてアンリと聴衆を照らす。アンリは勇者にしっかり握られている刀に語り掛けられたように感じた。


「女神は回復していないし、塔の片付けもちゃんとできていないのか。勇者ごめん」


 勇者はさらに力強く言葉を重ねる。


「そして! 私に少ないですがとポーション類を数瓶下さり、快く送り出してくださいました。

 本当は金貨を貰ってチュートリアルガチャを回すはずだったのに、女神様の手持ちが金貨十枚しか無くて……。一回金貨百枚かかるので、一度も回せませんでした……。これが終わらないとログボも戦闘もありません!

 NOW LOADINGの画面で表示されたり、チュートリアルをしてくれるはずのマスコットの黒猫も、餌代や医療費が必要です!

 どうか皆さんの清き一票を私に投じて下さい! 具体的にはお金が無いので恵んでください!

 これから王城で勇者認定を受け、三日後に大々的なお披露目があるんです! 全く戦闘能力がないのは本当に困るんです!!」


 アンリはステータス画面を出したり集中したりして努力したが、一度レベルにつぎ込んでしまったお金を還元することは出来ないようだった。


「シンシア、少ないけど銀貨を一枚渡そう。本当はもっと渡したいけど、これはエレナムやギルドの皆からの餞別だから悪いよね」


「いいんですの? あげたら残り三枚ですわよ」


「いいの。それにしてもこのゲーム、ガチャ要素は一切無かったと思うんだけど。おかしいなぁ」


 アンリはポーチから銀貨を出して、勇者の方に投げた。土下座としているらしい勇者の辺りの石畳にチャリンと高い音が響く。それにつられて観客も一人、また一人と銅貨や賤貨をフェニスタに投げ始める。中には小さなパンや木の実も混じっている。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 皆さんのお力を路銀にし、魔王を倒してまいります! 勇者フェニスタ、勇者フェニスタ、マニフェストを守ります。魔王を倒し、民を疲弊させる戦争を終わらせます! 美しい月のような女神様に頂いた役割を、これからしっかりこなしてまいります。皆さんの暮らしを守り、地方を活性化し、輝く街を、クリーンな勇者を目指します。応援ありがとうございます!」


 涙ながらに民衆に感謝するフェニスタと、拍手する聴衆が盛り上がる。隣のおじさんは嗚咽を漏らしはじめた。頑張れ、と声援を送る人もいる。勇者の演説は印象的で、聴いている人々の気持ちは温かかった。

 勇者の街頭演説を見届けてから、アンリとシンシアは歩き出す。


「銀月の塔にもう一度行こうと思ってたんだけど、やめとこうかな。ランダハにも叱られるかもしれないし、今のところ人間と敵対するつもりもないしね。近くの初心者ダンジョンについて聞き込みして、ダンジョンが見つかったら明日の朝から挑戦しようか」


「そうですわね。近くだとどこにあるのかしら」


「ゲームだと街はずれか、王城の地下か、西の山脈だったような気がする。フェニスタにもっと渡すかもしれないし私もレベルアップしたいから、できればお金が稼げる所がいいな。あと勇者とも、もっと話してみたい」


「それならわたくしに、恰好のスキルがありましてよ」


 シンシアがドレスの裾をふわりとはためかせた。

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