23 お喋りする服
「「「シャベッタァーーーーーーーーーーーアアアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーゲホッゲホッ」」」
「「服が喋ったぁあぁあアアアアアーーーーーーーーーーアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」」
その場にいる全員が絶叫した。ギルド職員のリゼットも乗っかっている。君は知っていただろうに、とアンリは思ったが、まずは叫ぶほうが先である。テーブルの暗がりで飲んでいた赤の他人である客も、皆が驚いて合唱している。なおボルックスは床に倒れ込み、白目をむいて気絶している。
「わ、わ、わたしくは……」
服はもじもじしている。アンリも既にどうしていいか分からない。袖がよれて少しくすぐったい。
「喋ったね! その服なんなの? まさか精霊? 魔族? それとも……!?」
ドーロが青ざめてアンリの服の裾をチョイチョイと引っ張る。服がひとりでに動き、袖でドーロの指をベシッと手痛く払った。
「まあ! 可憐で純情な乙女に、汚い手で不躾に触らないでくださいまし! 水ぶっ掛けた奴といい、爪で穴を開けた猫といい……皆さん失礼ですわ!」
「なあお嬢さん、天使の卵だろ? 俺には分かるぜ」
シンがフォローに入った。可憐? 純情? 乙女!? 心外だ! とブツブツ呟くドーロは涙目だ。思っても言わない方が良いよと、アンリがドーロに囁く。ドレスがギロリと睨むように裾を絞り、アンリも青ざめた。
「ええ、そうですわ。先王のさらに先代、優雅な賢王であられたラーヴ女王様のお付きであったわたくしは、シンシア・ビジョンというそれはそれは美しい名前でした。わたくしは――」
話が長くなりそうなので猫耳をピクつかせたリゼットが割って入った。リゼットはドレスの人格を見抜いていたからか、落ち着いて普通の客にするような対応を始めた。
「シンシア・ビジョン様も登録するニャン? 腕が立つようなら歓迎ニャン!」
「ええ、もちろんですわ。オーホッホッホッホ! 下々の者も特別にシンシアで良いですわよ。ラーヴ女王様からも皆からもそう呼ばれておりましたわ」
アンリはめちゃくちゃ不安になったが口に出さなかった。いや、口に出せなかった。
この場にいるメンバー一人ひとりに目配せし、反応をうかがったが、全員に目を逸らされた。終わった、とアンリは思った。
「何でずっと黙ってたの?」
アンリが問うと、シンシアが身をくねらせて答えた。
「わたくし、恥ずかしくて恥ずかしくて……! 初対面の方と話すのは、ちょっと……目下の者に話し掛けるのも慣れないですわ……わたくしはやや特殊で、普段は女王様と執事くらいとしか話しませんでしたもの」
「シンシア、ランダハは知ってるよね?」
「あの猫は小さい頃から存じておりますわ! 随分大きくなったこと。以前布団にオシッコを――」
「分かった分かった。私で良ければどうぞよろしくね、シンシア」
アンリが挨拶すると、シンシアはホッとしたようにドレスのリボンをヒラヒラさせた。そしてニッコリとお辞儀をしたようで、ドレスの裾がふわりと広がった。




