20 パーティーメンバー
アンリは勇者に追撃しようとするオート戦闘モードを慌てて止める。勇者は泉から上がってこない。なお勇者の傍らに控えていた黒猫は、仰向けでバタバタ腹を抱えて笑っている。なぜ勇者を助けないのだろうとアンリは疑問に感じた。
勇者が落ちた所は氷が割れ、中から冷たそうな水が少々溢れていた。奇跡の泉は完全に凍ってはいないが、なかなか水深が深そうだ。
アンリは意を決して泉の中の氷に飛び乗る。勇者が落ちた氷の割れ目を覗き込むと、ひらひらした薄いマントの裾が氷水の奥に見えた。アンリは両手を突っ込んで、慌てて引っ張り上げる。大の男を少女が持ち上げることは普通は無理だが、力を思いっきり込めると何とか氷の上までぐったりした勇者を引き上げることができた。
「大丈夫ですか?」
アンリが聞くが勇者は気絶してしまっている。肩を叩くと勇者はハッと目を覚ました。お互いに目が合う。アンリは勇者の瞳を、間近で見ると綺麗なアイスブルーの目だと思った。
「く、卑怯だぞ。僕はまだガチャを引いていないのに!」
「フェニスタ!」
「お兄ちゃん!」
広場から勇者を呼ぶ複数の叫び声が届く。アンリが振り返ると、そこには耳の尖った女性と金髪の女の子が必死な目で勇者を見つめている。
女性は黒い肌と力強い目で、紐の結び目を所々にデザインした服を着ている。髪は和紙をほぐしたような質感である。
女の子は金髪に赤色が混じり、溶けかけた氷のように瞳が潤んでいる。天使のように背中から小さな翼が飛び出しているのがアンリからは見えた。服装は幾重にも布を使った白いワンピースを着て、紐のサンダルを履いている。
「どうしたフェニスタ! 人間のためだけに戦うなんて。今までのパーティーはどうする? あれだけ世界平和の為に戦っていたじゃないか!」
「メリーのお母さんを、冒険しながら探してくれるって言ってた約束はどうするの? お兄ちゃん……」
その後ろから二人の後ろからも紫のローブの男性とゴツゴツした強面の男性が出てくる。
ひょろっとした男性は、濃い紫に薄いグレーの沢山の文様が描いてある豪奢なローブを着ており、グレーの肌とぎょろぎょろした目で、背丈ほどもある大きな木の杖を持っている。木杖の先端からは所々青葉が生えている。足元は尖り靴である。
強面の男性は筋肉質の身体に年季の入ったアーマーを着け、背面に斧を担いでおり、誰よりも背が高い。日焼けした肌で髭をたくわえている。片手首に小盾、腰回りにナイフや小さい鞄をつけている。
アンリは勇者に相対する四人が、冒険者ギルドですれ違ったパーティーだと気づいた。
「フェニスタ、悪いことは言わん。A級冒険者として立派に働いているじゃないか。どうして今更」
勇者フェニスタが大柄な男の言葉を遮り、杖を持っている男性を指差した。
「皆、聞いてくれ! そのローブの男はワーウルフだ! 人間に化けることができる、魔王側の種族だ!」
「そんな、フェニスタ。今までの仲間を売るの?」
アンリが話に割って入った。
「お取込み中失礼しますが、お仲間さんと話し合うことはできませんか? 政治的主張を変えるときは関係者と相談すべきと思います」
フェニスタは憤慨して答えた。
「そんなことは出来ない。私は女神様に認められたのだ。能力に責任は付きものだ。だから僕は勇者になりたい」
「一日で変わりすぎだよ! 昨日まであんなに優しかったのに、人格まで変わってしまったのかい? 異なる種族同士で戦争をしている、この現状を一緒に憂えていたのに……」
勇者フェニスタは紫のローブの男性の言葉に被せるように言った。
「この戦争を終わらせる為に、人間が勝って魔王を打ち倒す必要があるんだ。まずはお前だ!」
フェニスタの合図で、扇動された民衆がローブの男に石を投げ始める。ゴツゴツした男性が身を挺して、ワーウルフと呼ばれたローブの男を庇い、民衆にやめるように大声を上げる。女の子は泣いている。
こんな場面を子どもに見せるべきではないと判断したアンリは、耳の長い女性と金髪の女の子に近寄り、一旦離れようと声を掛けた。
「ありがとね。私たちは大丈夫よ。パーティーメンバーだから。それよりさっき私の代わりに蹴ってくれてありがと」
耳の長い女性はアンリにウインクした。女性はかがみ、女の子を抱きしめながらじっとしている。
「フェニスタ、許さんぞ! そんなことを言ったら、戦争が終わった時エルフもドワーフも迫害される。魔王がいなくなってしまうと世界の魔力がごっそり減るからな。人間も魔族も他の種族も、共存共栄が出来れば一番良いんだ」
「皆、あいつらも魔王の一派だ! やってしまえ!」
より一層ヒートアップしていく話し合いに見切りをつけ、攻撃され始めたパーティーメンバーを庇いながら、アンリは広場から脱出した。帰り際に一応勇者の全身を乾かしてはおいた。




