16 広場へ
牛飼いのベルのようなデザインのドアベルが、カランコロンと音を立てた。小さな歩道は石組みの色褪せたエントランスに通じている。
アンリが振り返ると屋敷もランダハも見えず、ただ奇跡の泉の裏手側が、凍りかけた水をたたえているだけだった。人や猫が閉じ込められるのに、何が奇跡の泉なんだろうとアンリは考えた。どこかで聞いてみようと心の片隅に置いておく。アンリはハァと白い息を手の平に吐く。
今アンリが着ている服は、ランダハが着せてくれたヴィンテージドレスである。
膝下ほどの長さがある、落ち着いたベージュ色のワンピースだが、袖や裾が所々膨らみ、フリルとタックを多めに取っている。細いリボンを所々で結ぶ可愛らしいデザインだが、アンリも十歳ほどの見た目なのでよく似合っている。
ドレスには鑑定阻害、精神力、防御力アップ、耐熱、耐寒、軽めの状態異常耐性がエンチャントされているらしい。アンリは感謝したが、ランダハの言葉がアンリに冷や水を浴びせた。
「これは昔閉じ込められてた女王の、メイドの物なんだ。返してくれたら嬉しいけど、もし破ったりしたら弁償かなあ。金貨百枚は下らないだろうなぁ……」
それを聞いたアンリは、銀月の塔で燃えたフード付きの服とムシロの灰をランダハに求めた。返してもらった残骸を、手早く服とムシロに魔法で復元し、ドレスをランダハに返した。日常生活でも汚す可能性があるし、城を襲撃して荒事になったとき、ドレスを破る自信が大いにあるからだ。しかしランダハはドレスを突き返した。
「この国は、服で人を判断するよ。服は一番大事なエンチャントをかけられるし、社会的属性と役割も服に付随する。この街は良い服を着ている人のみが生きられる場所なんだ」
「差別的に聞こえるけどなぁ」
「社会的属性を分断する物ってことさ。まあおいおい分かるよ」
というわけでアンリは屋敷を出た後も、まだドレスを着ている。銀月の塔でいきなり女神に着替えさせられたのは、この国では見なりが大事だったからだな、とアンリは一人で納得した。どちらかと言うと水や食料の方が嬉しかったが、気遣いだったのだろう。
復元したムシロは綺麗に丸めて屋敷から持ってきた。あの亡くなっていた男性に返さなければならないからだ。スラムの亡骸なんてとっくに掃除屋に回収されてるよ、とランダハはぼやいていたが、アンリの気が済まなかった。
アンリは街を歩きつつ、スラムへ向かうことにした。大通りでの冒険者登録も勧められたので、忘れないようにしなければならない。
外は冷えるが晴れていた。アンリはゆっくりとカーブした細い石畳を道なりに歩く。青空が見えているのに、チラチラと雪が舞う。凍りついた空気がなんだか気持ち良かった。アンリは深呼吸して広場に駆け出した。




