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9 戦闘が終わって

 天井と壁がほとんど崩れ、大きく美しい満月の光が降り注ぐ、塔の最上階。床には大穴が空いており、階下との風でヒュウヒュウと音を立てる。

 壁には額縁で飾られた何枚もの絵画があったようだが裂傷が酷く、どんな絵だったか判別不可能だ。クローゼットやチェストもボロボロで、飾り棚の中身も粉々に散乱している。片隅のピアノも動かない。さっきまで静かに鳴っていたので、もう一度熱を込めれば動いてくれるのだろうか。


 女神の欠片が動き回るのを尻目に、アンリは部屋を調べている。無事だったHP回復ポーションをまた飲んでみるが、やはり回復できなかった。MPポーションも数瓶見つけたので、少し飲んでMPを全回復させ、自分に回復魔法を使う。MPポーションを一口飲んで、HP、MPを全回復させた。他に戦闘で役に立つ物を探しているが、ほとんど壊れてしまっている。ここからは青い光の刀が頼りだ。


 月の光がアンリを強く照らす。先ほどまでより冷たい光に感じる、とアンリは思った。外気が満ちて寒いが、寒冷耐性が効いているのか、それほどでもない。

 アンリの今の服装はどうなっているのだろうか。ムシロとボロの服も燃やしてしまったかもしれない。スキルのアーマーを解除し、服の様子を確認する気にはなれなかった。


 女神の欠片が少しづつ頭部に吸収され、つながっていくのを、アンリは黙って見ていた。いつでも戦闘に入れるようにしておくが、どうすればこの状況が良くなるのか分からない。

 突然女神の頭が、アンリの方を振り向いた。そして一言喋った。


「やあ!」


 女神の美しかった顔は別人のようで、目は落ちくぼんだように白い。口元は弧の字を描き、不気味な笑みを浮かべている。口調も雰囲気も女神とは違う。別の誰かに入れ替わっているようだ。

 アンリは戦慄し、すぐには動くことができなかった。


「フフフ。僕の主の元に案内してあげよう」


 アンリが瞬きする間に視界が歪み、今までいた塔の部屋が消えた。




 アンリはブラウンとベージュが主体の、落ち着いたアンティーク調の一室にいる。

 先ほどまでいた白い塔よりも狭く、木製の書棚やクローゼットが並んでおり、全体的に生活感がある。クロスが掛かった丸テーブルには、優しい風合いのソーサーとカップが置かれ、液色の薄いお茶が、フワフワと湯気を立てている。

 アンリはその前の、クッション付きの古めかしい椅子に座っていた。足先が床につかなくてブラブラする。

 またタックが沢山ついた、アンティーク人形が着ているようなベージュ色の木綿のドレスを身に着けている。足元は同色の布靴を履いていた。


 アンリはエメラルド色の瞳を真っ直ぐにテーブルの上に向ける。

 テーブルには、お茶の奥側に、茶色と黒のサビ色の猫が寝そべっていた。


「紅茶をどうぞ、小さなお客人。毒とかは入ってない」


 サビ猫が喋った。アンリはますます警戒する。なおアンリよりも猫の方が小さい。


「無駄だよ。銀月の塔は僕の領域だ。いつ塔という幻影に引っかかったか分からない今の君じゃ、僕には勝てない」


 サビ猫がクアアと欠伸をする。アンリは混乱しつつも、塔の存在の非現実性に納得した。


「どうして私をここに呼んだの?」


「主が呼んだから。君アンデッドだろ? 僕たちからしてみると、敵でも味方でも何でもない」


 猫が立ち上がって、グッと伸びをする。後ろ足が悪そうなことにアンリは気づいた。


「じゃあ行こうか」


 猫は部屋の奥ある廊下の端を、ひょこひょこと進んでいく。

 アンリは紅茶を一口飲み、猫の歩みに付いていった。

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