フリーメイクオンライン~俺……ライト○○バー作りたいんです~
―その惑星は、かつて投下された惑星改造機械によって、人の澄みよい入植地となるはずだった。
だが、人類は長きに渡る恒星間戦争によりお互いに疲弊。戦いに疲れ果てた人々は戦争から離れ……古い昔に忘れ去れた、自動機械によって改造された地球型惑星へと移住する事にしたのである。
悲劇はその時起こった。
惑星を改造していた無機生物たちはそれぞれ進化を続け、その果てに造物主である人類さえをも凌駕するほどに強大化。
……大陸の裂け目に住まう巨砲龍『サンバスター』は、宇宙より飛来した移民艦を敵対者と判断し攻撃。
移民艦『ノア』『オアシス』『エデン』の三つの移民艦は被弾しながらもそれぞれ惑星の異なる位置へと落下。
あなたたちは強化された神経に、機械と接続する能力を持つ超人種『パイロット』。封印されていた冷凍睡眠より解放され、復活したのだ。
宇宙へと旅立つ手段を失った人類は、この新たな故郷である惑星『テックプライム』で、強大な機械生物や人類同士と戦い、生存していかねばならないのだった……――
オープニングムービーが終わる。
「見たような気はするけど……でもはっきりと覚えてないな。
やっぱり記憶喪失ってのは本当なのかねぇ」
視界一杯に広がる光景を見つめながら、月傘零次郎はしばらくいつもスキップしていた気がするオープニングムービーを鑑賞し終え……嘆息を漏らした。
自分が『事故』にあってはや半年近く。
記憶喪失になり、自分の記憶を取り戻す手がかりになればと思って、過去のことを調べているうちに、パソコンとフルダイブ式のVRMMOに行き着いた。
何せ自分は勉強や食事に費やす時間以外のすべてをこのゲームで遊ぶことに費やしていたのだから。
けれど――ゲームを起動させようとして、自分のアバターが既に削除されていることに気付く。
「……ああ、やっぱり」
一時期世間を騒がした事件……ある家族の両親が息子のゲームデータに勝手にログインし――そのアカウントをリアルマネーで売却した事件。動いた額が額だったために、警察沙汰になったはずだ。
……そのニュースで自分の名前が公表されたけども、やっぱり他人事のように実感がなくて。
零次郎は、もういいか、と思ってログアウトしようと思った。
アカウントが残っていて、フレンドとのメールにやり取りを読めば少しは記憶を取り戻す当てになるかと思ったけど……止める。
記憶は断片的に残っている。
早世した産みの母親/再婚した父×義理の母=自分はもはや邪魔者で、日常的に暴力を奮う継母と父――生まれてきた新しい子供=お姫様のように大切にされる妹を横目に虐待される日々/楽しみはゲームの中にしかなかった。
(……お兄ちゃん。パパもママも全然家に帰ってくれないの。お兄ちゃんと一緒にゲームしたい。ためしに遊んでいい?)
「アカウント名とログインのパスワードは……家族であっても教えるな、か」
いまさらだ。
どうしていまさら、あんな嫌な家族の記憶を取り戻そうとしたのか。……ただ妹の思い出だけは取り戻したかったのか。妹だけは大切だった――まるで自分を親鳥と見間違えた雛鳥のように、自分のうしろをついて歩いたあの子。
だが。
もう縁は切れた。それでいいじゃないか。そう思ってゲームからログアウトしようとしたその時だった。
『ビデオメールを一件お預かりしています』
なんだろう?
再生を選択。
すると、ヒゲ面の、知性溢れる日本人男性の姿が現れる。彼は穏やかに笑い、目に悲しみを浮かべて言う。
『はじめまして。私がゲームプロデューサーのゴトーです。
……あなたのアカウントが凍結されたことは悲しい。
あなたはこのフリーメイクオンラインにおいて『アームドフレーム』の開発をはじめとする様々なプレイを行った。
『アリーナ』でも驚異的な勝率でトップの座に君臨し続けたエースプレイヤーだった』
と、言われても覚えてはいないのだ。
ゴトーと名乗る相手は一度テレビで見たことのある有名なプロデューサーで、そんな人が自分のような一介のプレイヤーにわざわざ連絡するなんて相当の事だろう。
『だからこそ、あなたの両親が、あなたのアカウントで不正ログインを繰り返し、現実の金銭と引き換えにあなたが築き上げた栄光に泥と汚名を塗りつけたことは、運営として怒りを禁じえないし、深い悲しみと同情を覚える。
わたしはあなたのファンであり、叶う限りの助力を与えたいと思っているが……だが、同時に私は全世界のプレイヤーに公平でなければいけない立場だ。
だからすまない。キミのアカウントの凍結解除は叶わない』
「……別に良いよ。もう覚えてないんだ。自分のものって実感のないアカウントなんて欲しくないよ」
それが記録映像と分かっていても、零次郎は律儀に答える。
『ただ、再登録の際に、一つのペナルティと引き換えに、新キャラでの再登録チャンスを与えられるかもしれない』
「……」
『ペナルティは、最初のゲーム開始地点の難易度の劇的な上昇。三つの移民艦から遠く離れた場所ではそもそも生き抜くことさえ困難なんだ。
ですが、克己心と挑戦溢れる君なら――そう思ってこの開始地点を用意した』
「……」
『君のように、全力で遊んでくれるプレイヤーは設計者冥利に尽きる存在でした。
君がかつて大会で優勝した際に言ってくれた言葉……『できるなら、この記憶全部を忘れて、一からもう一度。このフリーメイクオンラインを遊びたいです』という期待にこたえられる世界を作って――君の訪れを待っています』
零次郎は――NEW GAME――をクリックしていた。
ゲームに興味があったわけじゃない。ただ……プロデューサーの言葉を、一度自分は言ったという実感があった。
今の自分は一度願ったすべての記憶を失った状態。なら……かつての自分が言った言葉は本当に本物なのか/記憶を失って最初から新しく始めたくなるぐらいに魅力的なゲームなのか――確かめてみたくなったのだ。
『――緊急ミッションが発令されました。
現地点より南へ11キロ。マシンビーストに追われる人類連合のパイロットを発見しました。
増援に向かいますか? YES/NO』
月傘零次郎こと、レイジ=ツキガサは、いつものように愛機である《ジャックセイバー》の操縦席に身を横たえ……ログアウト処置を行おうとした瞬間に響いた緊急ミッションの通達に眠気のすべてが吹っ飛んだ。
「……は? 緊急ミッション? でもここ三つの移民艦のどこも近くにない未踏査区域だろ?」
それはまるで――無人島に漂流して、長年船が通りかかるのを待ちわびていた漂流者が、たまたま見つけた船が巨大海獣に襲われているのを遠目に見てしまったような感覚だった。
操縦席から聞こえるゲームシステムの無機質な機械音声/全感覚没入型最新VRMMO『フリーメイクオンライン』の人型兵器『アームドフレーム』の愛機である《ジャックセイバー》の中でレイジ・ツキガサは、愛機のジェネレータコアをアイドリングから戦闘起動に――電磁装甲形成、機体後背の主推進機関×1/両肩×2+両腰×2+両足×2=計6器のサブスラスターの可動を確認=オールグリーン。
マジかマジかマジか。
レイジはゲームの中であるにも関わらず、地獄に垂らされた蜘蛛の糸のような緊急ミッションに動揺を隠せない。
「ここから……この陸の孤島から抜け出せる? 別のリスボーン地点に……行けるのか?」
ゲーム内時間で――何ヶ月だろう? チームプレイなど存在せず、強制ソロプレイばかり続けていた自分にとってマシンビースト以外の存在を検知するのは本当に久しぶり。
《ジャックセイバー》が身を隠していた偽装を解除し、その全長を表せば、近くに巣を張っていた鳥が逃げるように慌しく羽ばたいていく。
高速戦闘で敵機を補足するために設計された複眼型カメラアイ/空力を意識し、より早く、より素早く動くことを追求した丸みのあるシルエットはどこかセクシーですらある/敵の攻撃に耐える事よりも避ける事を前提にした細いデザインの高機動型、軽量二脚タイプ/右腕武装=なし/左腕武装=腕の外側に装着されたユニット――鋼板を切断するために設計されたレーザートーチを戦闘用に、より高出力に、より洗練されたデザインへと昇華したレーザーブレードユニット/両肩の戦闘補助ユニット=敵の視界を遮るスモークディスチャージャー/機体腰部=日本刀を模した、対装甲破断用のサムライブレード/後背のバックウェポン=更なる大推力を獲得するために設置された追加型ブースターユニット。
搭載火器=なし――接近戦に特化した/接近戦しかできないとも言う――ロマンの塊=産廃機は無意味なほどに強力な大推力で空中へと飛翔。
緊急ミッションが告知された場所へと急行した。
フリーメイクオンラインは『作れないものはない』といわれるほどに自由度の高いゲームである。
というかそもそもゲームでさえなかった。
この電脳世界の大本は、スーパーコンピューター内に人工の地球を再現しようという試みであった。
大本となるデータを投入し、時間を究極的にまで加速させる。
そのシミュレーターの中で生み出されたものは、電脳世界で生まれ、進化しようと生き足掻いた電子世界の生物たち。それらの構造、仕組みは現実世界においても利用できる極めて有能だったのだ。
この世界には、まだ見ぬ技術革新が埋まっている。
いつしかこの『フリーメイクオンライン』は世界最後の金鉱脈として周知されるようになった。
とはいえ、やる事はゲーム的である。
世界に跋扈する機械生物を狩りまくり、それらの破壊した残骸をスキャンして設計図を獲得/あるいは残骸を回収して=保有する武器を強化してより強い敵を倒すというハック&スラッシュ系のFPSゲームだ。
このゲームが大々的に人気を博しはじめたのは、あるプレイヤーのギルドが『あれ? これをこうしてああしたらパワードスーツができるんじゃね?』と思い、仲間と共に資材を集めまくり――その結果、巨大ロボットである『アームドフレーム』が完成してしまったからだ。
ゲーム会社は予想外の運用法に驚いたものの、新要素である『アームドフレーム』を主題にしたPVを放映。結果として爆発的ヒットを飛ばしたのである。
今やこのゲームの肝の一つともなったロボット兵器の中で、彼は笑った。
「IFF(敵味方識別装置)応答には味方と答えとけ、騎兵隊だ。パイロット射出後はホームへ帰還」
『了解。幸運を、パイロット』
操縦席の中で、レイジは機体を空中で停止――同時に操縦席のハッチ解放。電脳世界で再現された青い空が見える。
そのまま空中へと身を躍らせる。視界には森。鬱蒼と茂る木々の枝でしたたかに体を打ち据えられる――ジェットパックを備えたパイロットスーツはこの程度の衝撃ならダメージにさえならない。
スキル《軽業》発動。
しなる木々の一つに体重を預ける/その反動を生かして目的の方向へとさらに跳躍するパッシブスキル――ガイドが指示する方向へと進めば――特徴的なファンの音が耳に届いた。
体内にため込んだ熱を吐き出す排熱音だ。
「……《ゴリアテ》か。さては対戦車装備もアーマーピアスも忘れた連中だな? アーマークラスが重要な要素って事を忘れたか」
そのまま地上へと着地。
スキル『光学迷彩』発動=光をゆがめ、周囲の光景へと同化するアクティブスキルが、レイジの姿を消失させる。
救助対象の元へと急行する。
未踏査地区を踏破し、開拓の拠点となる転送ポータルを設置する事はプレイヤーの悲願の一つだ。
なにせ転送ポータルを設置してしまえば、後はポータルを通って膨大な量のプレイヤーが進出し、たけのこでもにょきにょきと生えるような勢いで次々と防衛施設を組み立てて拠点化してくれる。
当然その転送ポータル使用量の数パーセントのキャッシュはプレイヤーの懐に入るため、以降の冒険の大きな助けになってくれる。
だが……この惑星『テックプライム』を支配するマシンビーストは、ポータルの設置を本能レベルで忌避するため、設置完了のための時間を稼ぐためには十数回に渡る敵の猛攻を食い止めなければならないのだ。
リスクは大きいが、リターンも大きい。
それが未踏査地区の探索という、パイロットの主題の一つであった。
「頭下げろー! くそ硬いのが来るぞぉ!」
「ぉいどうすんだよ、こんな奥地まできたのに最初のリスボーンまで死に戻りかよ!」
「なんでこんな時に、アーマークラスが3の奴が出る! 弱点はっ!」
……なんでこんな具合になっているのだろう。
プレイヤーネーム《フランシス》は次々迫るマシンビーストの攻撃に……びゃあびゃあと悲鳴を上げながら頭を抱えていた。
せっかくリアル姉が用意してくれたアームドフレームは使う暇もなく、護衛に雇ったチームは現在交戦していたが――劣勢だ。
エネミー《ゴリアテ》。
全長3メートル半ほどの体躯にコンパクトに収められた重火力と装甲を兼ね備えた敵で、撃破には対装甲用のヘビーウェポンか、あるいはアーマーピアス弾が必要であり……今回、彼女たちのチームはその準備を怠っていた。
いや、探索行にヘビーウェポンは邪魔になる事が多いのは確かだ。
このゲームでは装備重量によって走る速度や武装数が決められている。重装甲の相手がいる事が事前に分かっているならともかく、普通はこの地域にならアーマークラス『2』の通常弾で対処できるパターンが多いはず。
その……思い込みを覆す敵が現れたわけだ。
「雇い主さんよ、あんたクラスは戦闘工兵だろ? ガンタレットやハッキングスキルはないのか?」
彼の質問は、戦闘工兵クラスにとっては必須とも言っていい最大の強みであったが、フランシスは首を振った。
「そ、そういうどんぱちに自信がないから雇ったんですよぉ!」
「そらそうか。たくっ、このゲームは好きだが時々こんな具合にめちゃくちゃな難易度ミッションになるのが玉に瑕なんだよな。
……アームドフレームは呼べそうにない。地道に削るしかないか」
リーダーである重装射手は、腰に下げていたバックを地面に叩きつける。するとバッグの左右から装甲タイルが一瞬で展開し、相手の銃撃より身を隠す即席の遮蔽物へと変形した。重装射手のクラススキルの一つ『携帯遮蔽』だ。
そこに身を伏せる/瞬間、一行の頭上を畑でも耕すつもりなのかと問い詰めたくなるほどの鉛弾が飛んできた。
リーダーは嘆息と共に言う。
「と、なるとちょっと囲む必要があるなぁ、俺ぁ此処で敵を正面から引き付ける! 突撃手の二人ぃ! 横から弱点を探ってくれ、精密射手は射撃機会を待て、狙いは敵の弾装、センサー系だ! 雇い主さんは……まぁ同士討ちさえしなきゃいい」
フランシスはリーダーの言葉に余計情けなさを感じる。
そりゃ自分はゲームを始めたばかりのぺーぺーの新人。ゲームを始める際にリアルマネーを費やせば使えるようになる戦闘工兵のスターターパックを購入した後、リアルマネーの暴力で資金を作ってこの未踏査地区への調査に仲間を雇ったのだ。
ただし、いかにリアルマネーを費やそうとも、プレイヤーとしての基本的な立ち回りやプレイヤースキルまでは買えるものではない。
その時だった。
《緊急救助ミッションの受諾プレイヤーを確認》
「はっ?! マジか」
リーダーが唖然とした様子で呟く。
その場にいた一同にとっては到底信じられない話だった。緊急救助ミッションは、同じフィールドにいるプレイヤーにのみ伝達されるものだが、転送ポータルが存在しない此処を狩場とするような酔狂なプレイヤーがいるなど思わなかったのだ。
だが、希望が出てくる。
アーマークラス『3』の重装甲を持った《ゴリアテ》相手なら、数千発の銃弾よりも一発の対戦車ロケットランチャーのほうが有効な打撃を与えることができる。
共同すればこの窮地を切り抜けられるかもしれない。
飛び込んでくる人影が一つ。
黒目黒髪に頬を覆い隠す面頬/鋭い顔つきと全身を覆う深い紺色の軽量型のボディスーツ/主武装=単分子ブレード/副武装=なし――まともな射撃武装もヘビーウェポンも持たずにこのFPSを遊んでいる――主武装=単分子ブレードという選択を取っている時点で確実な――攻略など二の次のエンジョイ勢の出現に、全員が助けに来てもらって悪いが、落胆の溜息を吐いた。
その救援プレイヤー――レイジ=ツキガサは、まぁそんなもんだろうなぁと、むしろ納得/それでもとりあえず名乗りを上げる。
「みんな、助けに来たぞ!!」
「「「「「ありがとう! だがそんな装備で大丈夫か?!」」」」」
建物内での突発的な遭遇で、銃より刀剣のほうが強い場合もあるが――ゲームの戦闘の基本はやはり銃器。
『助けに来てもらって悪いが、むしろ俺たちのほうがお前を助けなければいけないのではないだろうか?』――そんな事をいいたげな視線を受けながら、レイジは笑った。
ブレードの使い勝手が悪いのは知っている――このレベルに鍛え上げるまで何度立ち回りを死んで覚えたか/だが、効率的に動くのはもうやめた=今度は趣味に走るのだ、この世界を遊びつくすのだ/ゲームの賞金で自由になるお金を稼ぐ生活はもうしなくていい、今度は楽しめればいい/――『それ、効率悪いよ?』『そんなやり方に意味はあるのか?』と問われれば意味はないが――たった一つ、重要な事がある。
「大丈夫だ! 問題ない!!」
FPS世界の剣豪プレイは――どうしようもなく楽しいのだ。
このゲームの世界では防御力には等級がある。
アーマークラス『ゼロ』――これは何ら防具を身に着けていない『柔らかい』ターゲットを意味する。
つまり生身の人間、普通の動物等だ。
アーマークラス『1』――軽度の装甲を差す。ボディアーマーなどの軽量だが、しかしそれなりの防御効果が期待できる。
アーマークラス『2』――通常の装甲に加えて、携帯式の電磁装甲発生装置を備えた歩兵に搭載可能な最大限の防御をした人間だ。プレイヤーが操る『パイロット』達もここに属する。
そして、アーマークラス『3』――高度な装甲が施された『頑丈な』ターゲットを意味する。この相手はちょっとやそっとの攻撃では到底沈まない。対歩兵用の弾丸では全く通用せず、破壊するためには専用のAP弾や、ロケットランチャー、ミサイルなどの大型火器が必要となるのだ。
レイジは走る――コンタクトレンズ型のHMDに彼我距離が表示/《ゴリアテ》が腰を140度回転させこちらに照準/右腕に搭載した大型のガトリング砲=発砲警告――レイジは走ることを止めない=左腕で、軽くスモークグレネードを投擲。
刀を正眼に構えて、切っ先を敵の弾道予測に置く。
スキル『弾き』発動。
単分子ブレードの腹に弾道を合わせて脇へと『はじく』事により、弾丸を防ぎながら前進する。
弾丸が刀身にぶつかるたびに火花が散り、あさっての方向へ跳ね飛ぶ弾丸は、プレイヤーを傷つけられない。まるで銀光きらめくブレードの刀身が鉄壁の装甲と化しているかのようだ。
まるで某三代目怪盗の仲間のサムライのような絶技に、この光景を見ていたプレイヤーが叫ぶ。
「スゲェ! ゴ〇モンみてぇだ!!」
だが、しかしいつまでも防げる訳ではない。
普通の拳銃弾や小口径弾なら、受けた弾丸を反射して逆にぶつける『木霊返し』のスキルが使えるが、運動エネルギーの大きい機関砲弾はそうはいかない。スキルの効果時間が終わり、蜂の巣にされる前に――先ほど投擲したスモークグネレードが噴煙を吹き上げ、相手の視界を塞ぐ。
(……《ゴリアテ》が光学照準から熱センサーによる索敵に切り替えるまでの時間は2秒程度。その2秒の間に遮蔽物に入ってしまえば、攻撃目標をロストする。……こんな風に特に記憶してないはずのことをふとしたはずみで思い出す。やっぱり俺はこのゲームを相当やりこんでたんだなぁ。頭の中に攻略WIKIがあるみたいだ)
そのまま遮蔽物を駆け抜けながら《ゴリアテ》の横、脇へと飛び込み、ブレードを構える。腰をいれ、一刀両断の構え。狙うは相手の右腕一体型武装=ヘビーマシンガン。
スキル発動――《剛力肢》+《斬鉄剣》+《弱点看破》=同時発動。
狙いは《ゴリアテ》のアーマークラス『3』の装甲に覆われていない間接部。振り下ろしたブレードが装甲の隙間にもぐりこむように入る/エネルギーパイプを切り裂く/骨格を断ち、人工筋肉帯ごと一刀両断――断面から、首を断たれた蛇がのたくるように火花を散らしながらエネルギーパイプが暴れて、パイロットスーツの表面装甲を焼いた。
響くアナウンス音声。
『《ゴリアテ》の部位破壊成功。『高品質』ヘビーマシンガンをドロップしました』
「えっ?! 本当か?」
リーダーの男の声を聞き流しつつレイジはそのまま横方向に飛んだ。
《ゴリアテ》が腰を独楽のように回転させながら、格闘腕を振り回して放つ横殴りの一撃を丁寧に避けてみせる。
相手のセンサーが、こっちを狙うように輝く。相手の射撃武器を使えなくしたことで、敵意はしっかりと稼げた。
《ゴリアテ》がレイジの方向に向き直るということ――それは、救助対象である『チーム』の連中に背を向けるということでもある。
「そっちのお味方! 《ゴリアテ》の弱点は背中、上にある排熱ファンだ! そこを破壊すればオーバーヒートで動けなくなる!」
「なるほど、そういう事なら……食らえ、スキル発動、高速連射モードだあぁ、むせろぉぉぉぉ!」
リーダーらしき重装射手の怒号と共に、機関銃から濁流のような鋼の弾雨が排熱ファンに叩きつけられる。
《ゴリアテ》のその部位だけは通常弾でも効果が認められる柔らかい場所であり、見る見る間に相手の耐久値バーが減少していく。体内に溜め込んだ熱を吐き出す機構を破壊され、あちこちから黒煙を噴き出して機能停止する。
『ミッション成功。ポータルの再起動に成功しました。移民艦へと転送ゲートの確立成功です』
「やったあああぁぁぁっ!」
それぞれの位置でハイタッチするパーティーを前に、レイジは安堵の溜息を溢した。
単分子ブレードを鞘に収める。――今回もスキルアップは無し。とはいえ、ゲームを始めて半年、それもソロでここまでレベルを上げることができたのだから上等の部類だろう。
「あー、悪い。そっちの転送ゲートに相乗りさせてもらって良いか?」
「ああ、もちろんだとも。助かったぜ、まさかブレードなんて趣味武器でアーマークラス『3』の化け物と戦うなんてなぁ」
レイジはちょっと笑って相手リーダーの言葉に答える。
「そうさな。剣術系の固有スキルの中に『斬鉄剣』ってのがあった。アーマークラス『3』、つまり装甲車とか戦車とか、そういうレベルの重装甲を切断、破壊できるスキルがあったんだ」
「ああ。それは知らんかった。悪いな、なんせブレード使いなんざ白兵武器専用大会でしか見たことがなかったんだよ」
「安心してくれ、俺も同じもんさ」
「あっ、あの!!」
と――そこで、レイジは自分に話しかける少女に気付く。
腕には解析用のマルチツールをつけているところから戦闘工兵クラスなのだろう。
「た、た、助けてくれてありがとうござますっ! フランシスって言います」
「あ? ああ、こんにちわ、フランシスさん。レイジだ」
「そ、その。どうしてレイジさんはあんなところで一人でいたんですか?」
未踏査地区の調査は、数名のパイロットで行ってもなお危険の多いミッションだ。それは周囲のプレイヤーたちの疑問の代弁だ。
レイジはちょっと困ったように笑いながら言う。
「まぁなに。俺だけゲームのバグで、開始地点が近くの移民艦から切り離された脱出ポットって設定だったんだよ」
「えっ……おい、そりゃ運営に報告するべきじゃなかったのか?」
「あー、うん。と言っても、これ二人目なんだ。普通に移民艦からのスタートは経験したし、それならサバイバル生活を愉しんでみようかと。とはいえ参ったよ。マップ機能も使えないから自分が大陸のどの位置にいるかも把握できないし。かといって」
そういいながら腰に下げた単分子ブレードをとんとんと叩く。
「武器弾薬を補給するためのNPCのショップも近所にはないから、弾薬の補充の目処も立たない。
とすると……こんな状況じゃあ武器の手入れも簡単で、弾切れの心配がないブレードのほうがサバイバルには向いてたの」
「なるほど。そうでもなきゃ剣豪一本伸ばしなんて趣味プレイやるわけもねえか」
「これはこれで面白いけどな。……さ、ゲートが開いた」
レイジはそう言うと――緑色の転送ポータルの光へと進んでいく。
一瞬視界のすべてが光に包まれ……次の瞬間には、移民艦にしてプレイヤーのホームである『エデン』へと移動していた。
「あー……」
『レイジ=ツキガサのアームドフレーム、《ジャックセイバー》が同期転送されました。あとでハンガーをご確認ください』
無粋なアナウンス音声を聞きながしながらレイジは溜息を漏らした。
懐かしい――レイジの喉奥からあふれ出そうになる郷愁の言葉/はっきりとした記憶はないのに、溢れてくるのは泣きそうな気持ち。
都市の中央に位置する、見上げるほどに巨大な移民艦『エデン』。
大陸へと不時着し、地面に艦首を突き刺すような姿勢で停止する船を中心/周りには巨大なビル郡や立体道路が立ち並び、車に似た乗り物があちこちを移動している/地平の向こう側では巨大な陸上戦艦が軒を連ね、そのうち一つが甲板にアームドフレームを整列させたままゆっくり前身をはじめていた。
超巨大な無限軌道/無人殺戮機構を探知するための巨大なレーダーシステム/後方支援用の大型曲射砲を備えた動く要塞。
あれは……あの船は。
「移動型クラン拠点。……それも最大手クランの『銃煙合唱団』の本拠地、『ニードルマウス』だ」
「さすがに大きい。どんだけキャッシュと実際の製作時間かかってるのか」
レイジの頭に過ぎる記憶――250億キャッシュの建造費/二年近くのリアル時間を費やして完成させた『家』。
山ほどの思い出と記憶があの船の中には詰まっているはずだ――首を振って未練を断つ。自分のアカウント管理の不備のせいで、仲間達にも大きな迷惑をかけた。いまさらどのツラさげて戻ればいいのだろう。
思い出にまつわるものを見れば見るほど、心の中に苦いものが沸き立つかのようだ。
「な、なぁ。ところでドロップ品の話なんだが」
「あ? ああ。そっか、《ゴリアテ》のヘビーマシンガンが欲しいんだな。じゃ、代わりにキャッシュデータをいくらか割り増しにしてくれればいよ」
先ほどのチームの重装射手リーダーの言葉――わかりやすい=レアドロップのヘビーマシンガンが欲しいのだろう/店売りに出てはいるが、ちょっとした財産クラスの貴重品で、彼からすれば喉から手が出るほど欲しいはず。レイジは手をひらひらと振った。
「あんな武器は装備したら重量制限に一発で引っかかるからな。スキルの《反動抑制》も持ってないし、俺が使っても移動力ペナルティと最悪の集弾率でまともに当たらん当たらん。どうぞお使い」
「そ、そうかっ! いや、助かる!」
相手が一番心配していた報酬の割り振りは特にこじれる事もなく解決する。
高品質のヘビーマシンガンは、重装射手の武器や、固定式の自動機銃の製作パーツに使用できるから、換金しても十分な利益が得られる。
レイジは――陸の無人島からようやく人の住む場所へと返って来たような安堵で、大きなため息を吐いた。
……のだが。
なぜか、先ほど会ったフランチェスが、こちらをじーっと見つめている。
「あ、あの!」
フランチェス――外見年齢は15歳程度か/金髪碧眼のまるで魂の吹き込まれたビスクドール/銃撃戦をするつもりがあるのかはなはだ疑わしいゴスロリ服=カスタム品なのか、一応性能はいいらしい/武器は三点バースト式の軽量機関銃――《反動抑制》がなくとも使える控えめの威力と扱い易さが評判の初心者御用達だ。
というか、装備変えたのか。
「お話したいことが、頼みたい話があるのですっ!」
「……ごめん、そろそろログアウトの予定時刻を過ぎてるから、とりあえずフレンド登録した後、また今度聞いてもいい?」
「え? ……いやだってまだ――あ、そうか。時差ですね。すみませんでした」
とすると、このフランチェスさんは外国からアクセスしているプレイヤーさんなのか/納得しながら許可を得てログアウト処理を終える。
……専用の椅子の上で仰向けに寝転がっていた肉体へと、精神と意識が帰還する/同じ姿勢で長時間い続けたことへの肉体の凝り=解消するためにラジオ体操を軽く行いながら、時間を確認する。
そろそろ時計の針が二本とも真上を向く時間帯に迫っている/攻略と効率を第一に考えていた夜更かし上等のヘビーゲーマー時代から生活習慣は改めるつもり――そろそろ眠らなきゃ。両手を頭の上にやって最後の深呼吸を終える。
軽くシャワーを浴びて、タオルで全身を吹いて眠ろうとしたそのタイミングで――呼び鈴の音がする。
「……マジでか」
この時間帯にやってくる相手=アヤシイ。
零次郎は自分のスマホを確認する――一番押しかけてくる可能性が高そうなのは、自分を『記憶喪失』へ追いやった両親/頭を殴られた痛みを思い出す=だが奴らには自分への接触禁止令が出ている/体内に投与されたナノマシンがGPSと連動し、接近してきたら警告が発されるはずだ。
そっと受話器でインターフォンに接続されたカメラ画像を確認する。
「……誰だっけ」
一瞬頭に浮かぶ疑問系。
どこかの名家のご令嬢のように艶やかな黒髪と整った耳目/けれども心に強い憂いを抱えているせいか、陰鬱な気配のせいか。近寄り難い気配を発している――来ているのは有名なお嬢様校の制服。
『……あの、起きてるでしょうか。お兄ちゃん』
大概自分も酷い奴である、零次郎はそう思った。
彼女の言葉で、今マンションの部屋の前にいる相手が血の繋がらない妹に当たる、美坂 椿であることをようやく思い出したのだった。
夜の12時近く。それもなんだか思いつめたような表情で、部屋の前に立っている女の子。
どうしろと言うのだろう――レイジの心の中に湧き上がる冷酷で凶暴な気持ち/そもそも、自分がフリーメイクオンラインのアカウント凍結を受けたのは……あの両親のせいだが、あの両親にログインパスワードを伝えたのは目の前の妹である。
一緒に遊びたいといわれ、少しは嬉しかった。だからセカンド登録していたキャラを彼女用にメイクしていたのだけども。
……両親に対してはもう縁を切る以外にはあり得ない――ただ、両親は常に妹の椿だけは大切にしていた=兄のレイジに対して、不当な虐待をしていることを隠すぐらいには――だから椿にとっては両親は優しくて……その優しい両親が、兄に対して虐待まがいの行為をしているなど、想像もできなかったのだろう。
零次郎は玄関の扉を空ける。
「あっ! お、お兄ちゃん!」
「……こんな夜更けに何用なんだ、美坂さん」
一瞬椿の顔に浮かんだ歓喜の表情/扉を開けてもらったことで、受け入れてくれたのではないかと思ったのだろう――だが、わだかまりが全部消えるわけがない――零次郎の他人行儀な物言いに、傷ついた顔を見せる。
月傘は、零次郎の実母の苗字で、美坂は、彼女の母親の再婚相手の苗字。
もう、彼女と自分は兄でも妹でもない。そんな気持ちを込める。
「ご、ごめんなさい」
「何に対する謝罪なんだ、それ。アカウントのログイン情報の漏洩? 両親が俺のゲーム内財産を無断でRMTの対象にしていたこと? 事前の連絡無しで人の家にやってきたことへの謝罪?」
びくり、と椿は震える。
俯き、何をどういえば良いのか――困ったような/泣きそうな、顔だった。
「お……お父さんとお母さん、もう仲が悪いの……」
「……証拠を掴んでがっつり刑事告訴したからな」
たかがゲーム、たかがデータ――たぶん両親はそんな甘い見通しでRMTしたのだろう――馬鹿が。
『フリーメイクオンライン』という世界規模のゲームが、現在社会に残された最後の金鉱脈という評価を知らなかったのだ。ガチで電脳犯罪を取り締まる組織が動き、警察沙汰になり……責任の押し付け合いになったのだろう。
そして……あの両親が、娘に愛情を注ぐより八つ当たりを初めたせいで家に居辛いことも想像できた。
「……布団と寝床ぐらいは貸してやる。ただしゲーム筐体には絶対に触るなよ」
「あ……うんっ、うんっ! ありがとうお兄ちゃん!!」
自分一人暮らしだから、家の中の鍵はない。
零次郎は妹のために予備の布団を引っ張り出しながら思う――今の両親などどうとでもなるがいい。
『たかがゲームのデータでしょ?! なんでこんなお金を払わなきゃいけないの!』
『お前がゲームなどと下らん価値のものを、家族みんなが使えるお金に換えただけだぞ! この恩知らず!』
零次郎はもうその時点で……今の両親とは永遠に分かり合えないと思った。
たかがゲーム/されどゲーム。
他者から見れば取るに足らない、つまらないデータの羅列であろうとも、そのデータが命の次に大切だと思う人たちだってこの世には存在する。
他人の価値観を尊重せず、現実のお金のためなら、相手の大切なものを踏み躙っても構わないと考えているような相手ともう関わりたくなかった。零次郎は、居心地が悪そうに椅子に座る妹に視線を向ける。
「布団はこっちに。朝飯は冷蔵庫の中にそれなりに入ってる。風呂は沸かしてないからシャワーでも好きに浴びてりゃいいよ。……それじゃ、俺は寝る」
「あ、あの。お兄ちゃん」
「……なんだ、ツバキ」
記憶がなくとも、兄のふりぐらいはしてやろうと思ったのだろうか――零次郎は、自然とそんな言葉が口から出たことに驚いた。
「その……ありがとう」
「……早く寝ろよ。それで、他のもっと信頼できる人に相談しろ」
そう言って、自分の部屋に戻り、蛍光灯の電源を消す。
大切な妹だと――そう思っていた/なのに、あの子を嫌う気持ちと、大事に思う気持ちはまだ残っている。
(ツバキもあの両親に似て醜い性根の子だったなら、俺の人生から切り捨てることになんの躊躇いもなかったのに……――)
ままならないもんだ――零次郎はそう思いながら意識を眠りのそこへと鎮めていった。
フリーメイクオンラインは、運営がバランス設定をする気のないゲームである。
例えば……一昔前は、よくあるFPSのように『先制発見、先制撃破』こそが勝利の近道だった。
しかし、あるプレイヤーが電磁装甲システムをゲーム内で発表すると、誰も彼も装備し――結果的に、全プレイヤーの耐久力が底上げされ、お互いに死ににくくなった。
そうなると――戦闘は遮蔽物を取りながらの銃撃戦になる場合が多い。
また、無人殺戮機構の中に存在したカメレオン型を撃破しスキャンした結果――体表の色彩を操り周囲の風景に同化する光学迷彩マントが売りに出された。
プレイヤー同士の対人戦ではこのマントを装備し、奇襲を仕掛けるパターンが一時期流行したが……今度は蛇型のマシンビーストをスキャンした結果、熱探知スキルが開発され、この光学迷彩マントの有効性も薄れることとなる。
バランス設定する事を運営が放置した結果として、プレイヤーが使えない武器を使えるように努力するという、ゲーム内でも稀有な状況が発生する――それがフリーメイクオンラインであった。
「まぁ、それでも剣豪プレイが茨の道なのは変わらんけど」