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最大限惜しまれながら自害する彼と元主人のお嬢様

「あなたのせいだわ、どうしてくれるのよ、トガ!!」


 公爵令嬢であるロザリンド=アルベリアお嬢様にお仕えする僕、万能執事トガは開口一番、主にそう言われて目をぱちくりさせるより他無かった。

 それも仕方ない。アルベリア公爵家に仕える万能家令、トガには主であるロザリンド様から叱責されるような事をした覚えが無かったからだ。

 それでも仕えるべきお嬢様からのお言葉だ。無理できるものじゃない。

 

「……お嬢様、何か不手際があったのであれば謝罪いたします。

 ただ、何に対する不手際であったのかお教えください」

「うわっ……こいつ、自分が何をしたのかわかってないのか?」

「最低ですね。女性の肌に傷を付けるなどという大罪を犯しておきながら……」

「……殺す」


 主であるロザリンド様の従者達……剣士、僧侶、魔術師が口々にトガを睨みつけて、吐き捨てるような言葉をぶつけてくる。

 どの人も大身の貴族出身であり、貴族に仕える平民という立場のトガでは天と地ほど身分の差がある。が、まぁそれは別にいい。

 家令であり、パーティー内では斥候の役割を持つトガ。そして主であり、聖女の号を持つロザリンド。

 一行は周囲の大地を侵食し、魔獣を増やす『亀裂』鎮定のための旅の最中だった。

 正確にはここにもう一人、国王陛下の近衛であり、ロザリンド様の護衛兼お目付け役である女騎士がいるのだが、現在はこの地方領主に文句を言いに行っているので間が悪く、ここにはいない。いや、むしろ彼女がいない時間帯を狙ったのだろうか。

 それにしても何をしくじったのだろう? トガは首を捻った。


 前を向けば主の姿。安静にしろと村の医者に言われて眠っていた彼女がこっちを睨んでくる。


 先日の魔獣との戦いで受けた傷も癒えて、熱も引いた。

『桃が食べたいわ。砂糖水で煮詰めた甘い奴』と言うから、季節はずれの桃を求めて近隣の農家をはしごし、その後貴重品である砂糖を探して走り回り、ようやく準備が出来た。宿屋の炊事場をお借りして、瓶に入れて持ってきている。

 主の意向に可能な限り従う。それが万能執事な祖父から教えられたことだった。

 祖父というより師父。そういった方がはるかにしっくりと来る関係であったけど。


「この無礼者ッ! 早く跪いて懺悔なさいっ!」


 ひゅるんっ、と主からの平手が飛ぶ。

 ばしんっ、と掌が頬を張る甲高い音。首を捻りながらトガは主を見つめた。

 避ける事もできた。平手が当たる瞬間に首を捻って衝撃を逸らすテクニックも身に着けている。だが、主が自分に罰を与えるなら甘んじて受けねばならない。

 徹底した万能執事教育の成果だ。


「おなかに……おなかに傷跡が出来ましたのよ! トガ、貴方の縫合が下手糞なせいですわっ!」

「そうだっ! この麗しいロザリンド嬢の肌に傷をつけるなど万死に値するっ!」

「わたしの癒しの力であったなら、こんな醜い傷跡など残さぬものを……」

「姫の玉の肌に傷を付けたな……」


 はぁっ? と、トガは思わず首を捻って尋ね返しそうになるのを堪えた。

 ……もう一度、尋ねる。


「先日の……この地方の領主から依頼され、騎士ノイン様が断固として反対した大型魔獣退治を、お嬢様とお三方が勝手に受け、自分と騎士ノイン様を置いて討伐に向かい……手傷を負ったあの一件……ですか? お嬢様の傷は縫い合わせました。抜糸が済めばもう傷は残らぬはず」

「例え、数日と言えどもこのわたくしに傷が残るのですわよ、許せませんわ!」


 当然、反論はあった。

 どうして傷を受けるような無謀な戦いに赴いたお嬢様自身や、お嬢様を守りきれずに傷を受けさせてしまった三人の取り巻きを咎めるのではなく。

 どうして傷口を消毒し、注意を払って傷を縫い合わせ、医者の手配を行った自分が怒鳴りつけられているのだ?

 

 取り巻き達の目を見れば、理不尽な理由で貶めようとする不快な感情は見えない。

 むしろ裁きを与えようという、正義の心で行動しているのが伺える。こいつらは……自分らがどれだけ恥知らずな真似をしているのか自覚がない。

 地位と権力で高みから下の身分のモノを罵倒するような連中だったのか。

 

 こんな奴が、貴族なのか。

 こんな奴らが……人々の上に立つべき人間なのか。



 トガと騎士ノインは大型魔獣退治を引き受けない、と言っているわけではなかった。

『亀裂』は異なる世界から魔獣を呼び込むだけではなく、力を与える。ならば先に『亀裂』をロザリンド様の聖女の力で修復してもらい、大型魔獣が弱体化してから退治をするのだ、と言ったのである。

 けれども……『魔獣の害に苦しむ人は、今助けを求めているのですよっ!』と言って大型魔獣に挑み、破れるのでは意味がない。


「主が危険な目に合っている間、貴様は何をしていたっ!」

「危うく死ぬところだったのですよ。貴方のような平民に毛の生えたようなものが死ぬならともかく」

「死ぬならお前が真っ先に死ぬべき。それが道理だろ……」



 主が危険に会っている間、剣士殿。貴方は気絶して大の字になっていましたね。

 僧侶殿。魔物と相対して平静を保てず、震えるだけで癒しの力を発揮できずにお嬢様を危うく見殺しにするところでしたね。

 魔術師殿、貴方を庇って二の腕に傷を受けた従者に向ける言葉がそれですか?

 

 

 すみませんお前ら。寝言翻訳機って何処に売ってるの?

 



 と、危うく本心を言いそうになった。

 本当のところを言うなら、相手の正気を疑っていたのである。

 大型魔獣に、自分と騎士ノインを連れて行かずに勝手に挑みに行ったのは主と彼らお付のもの三名だ。

 そして主と三人がいないことに気づいて、泡を食って急行した自分と騎士ノインは大型魔獣を片付けた。

 目の前にいるお付きの三名は、到着した時には既に役立たずで、ロザリンドも傷を受けている。

 結局のところ、騎士ノインの説得を無視した彼ら自身の自業自得でしかないのだ。

 トガは、己の腹の中にぐつぐつと燃える不平不満を感じた。


「第一……糸を操る力なんて、蜘蛛の血でも入ってるんだろう?」

「気味の悪い化け物が。聖女様に取り入って何をするつもりだったのやら」

「失せろ……」


 それは己が生まれ持っていた異能力。なぜこんなことができるのかは自分自身にさえわからなかった。

 ただ、理不尽な罵倒でも、彼ら三名の言葉を耐える事はできた。

 我が忠誠を捧げるのはロザリンド様ただお一人。彼らが自分の事を平民であるとさげずむのと同じように、僕自身もまた、彼らの事をロザリンドお嬢様の命を守る肉の壁としか見ていない。

 お互い様だ。


 だから……お嬢様。

 どうか、一言でよろしいのです。

 一言のねぎらいの言葉のみで、僕は貴女の矛であり盾になりましょう。







「貴方のような役立たずなど要りませんわっ!」

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