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魔法って何!?
しれっとファンタジーなこと言いましたよこのおっさん。
驚愕のあまり固まってしまう。
『魔法の定義を定めることは難しいです。なぜなら魔法は歴史上至る所で登場しますが、呪術や邪術、妖術といったような占いや祈祷の性質をもつものから中世ヨーロッパの世界での錬金術といったものまで多岐にわたり―—』
オーケーオーケー。
ナミちゃんも落ち着いて。
きっと今すごく混乱してるだろうけど一旦深呼吸だ。
「魔法って何ですか?」
「おや、それも忘れてしまったのかい。困ったなぁ、そんなレベルの【忘却】を使える人がいるなんて」
スルトイが難しい顔をし始めたので、横にいたユリアが代わりに説明してくれた。
「魔法はね、神様の力を借りて色々なことができるんだよ。例えばヨシツネくんにかけられたっていう【忘却】の魔法は相手の記憶を消すことができるの。これは精神魔法の一種で―—ってまだ難しいか」
「ちょっとまだよくわかんないです」
「そうだよね、ごめんね。でもヨシツネくんもいずれ魔法学校に入学するから、そこで学べばいいと思うよ!」
なるほど、この世界には魔法学校というものがあるらしい。
なぜだ。
俺は過去の時代に戻ってきただけなのにいつからファンタジーになったのだ。
よくわかっていない俺を置き去りにして、ユリアは更に話を進める。
「私はこれでも魔法学校の高等部に所属しているの。何かわからないことがあったらきいてね」
「わ、わかりました」
「ヨシツネくんと言ったね、君はいま何歳だい?」
「えっと、五歳です」
「そうしたら、来年の春には魔法学校に入学することになる。それまでの期間は僕たちで面倒を見ようと思っているんだけど、大丈夫かな?」
「迷惑でなければぜひお願いしたいです」
「よし、決定だ」
スルトイはにっこりと笑った。
俺がまだ幼いということで深い話はしたくなかったらしい。
きっと俺のことは、貴族の間に生まれた都合の悪い子、とでも思っているだろう。
記憶を消されて捨てられるなんて流石に可哀想すぎるしな。
実際は全然違うけど。
まあ、この時代に児相があるのか知らないけど、そういった施設にぶち込まれなくて良かった。
お言葉に甘えて、魔法学校に入学するまではお世話になろう。
別に食い扶持に困っているとかではないが、この時代の人間とコンタクトを取ることも大切だ。
何より今の俺には情報が足りないからね。
「ユリアは今から暇かい? 良ければヨシツネくんに村を紹介してあげてほしい。客としてではなく仲間としてね」
「うん! じゃあヨシツネくん、ついてきて」
「はーい」
スルトイに別れとお礼の挨拶をし、俺はユリアと共に村へと出向いた。
村の紹介と言っても、ハイデルには家と田んぼしかない。
そのため施設見学というよりは、村民の方たちへの挨拶回りという形になった。
畑仕事をしているところへお邪魔する形になったが、どの人も気さくで丁寧で優しかった。
都会の人間は皆心が狭いイメージだったが、この村はそうではないようだ。
田舎の澄んだ空気を吸って育ってきた人は心も綺麗なのだろう。
決して都会人を貶しているわけではない。
俺のいた時代は皆そういうものだったのだ。
非常に住みにくかった。
それに比べてここはとても住みやすそうだ。
俺は美味しい空気を堪能して辺りを見渡す。
疎らに建っている家以外は、一面が金色の草原のようで幻想的な風景が広がっている。
「稲穂が頭を垂れていて綺麗ですね」
「そうなの、今は収穫の時期だからみんな頑張っているんだよ。私も収穫祭に向けて準備しているところなんだ」
「収穫祭?」
「あ、そういえば言ってなかったね。私たちの村では毎年収穫の時期になると、たくさん恵んでくれてありがとうって神様に感謝のお祈りを捧げるの。それが収穫祭。当日は出店もあるし、みんなで踊りを踊ったりしてとっても楽しいのよ」
「へぇ、面白そうですね」
「今年は八日後に催されるわ。ヨシツネくんも私たちの一員となったわけだから、一緒に準備して、一緒に盛り上がろうね!」
「はい!」
そんな会話をしながら、村見学は終わった。
ユリアに連れられて村長のーーつまりはユリアの家に帰る。
夕焼けに照らされるユリアの家の玄関には、スルトイが立っていた。
「ただいまー」
「お帰りなさい。いま夜ご飯の準備をしているから、ユリアはヨシツネくんを部屋まで案内してあげなさい」
「はーい。いこ、ヨシツネくん」
仲良く靴を脱ぐと、ユリアは俺の手を取って階段を上る。
俺のことを可愛い弟だと思って世話を焼いてくれるのだろう。
俺の本当の姿を見られないようにしないとな。
ユリアの背中を眺めながら心に誓った。
階段を上ると、そこにも結構な数の部屋があった。
村長の家は、村の外から来た客を泊める場所にもなっているらしい。
その中の一つの扉をユリアが開く。
「はい、ここが今日からヨシツネくんが寝泊まりする部屋ね!」
そこは八畳ほどの広さで、木の机と布団がある以外は何も無い質素な部屋だった。
豪華絢爛ではないが、きちんと隅まで掃除が行き届いており、清潔さもある。
正直必要なものはインフィニティバッグの中に全て入っているので、この部屋でも充分過ぎるほどだ。
「ありがとうございます」
「何か必要なものがあったら言ってね! それと、ヨシツネくんの荷物はそれだけかな?」
ユリアは俺の足元にあるインフィニティバッグを指さした。
「そうですよ、着替えとかしか入ってないですけど」
「着替えはあるのね、よかった。うちには男の子の服とか置いてないからどうしようかと思ってたけど大丈夫そうね」
平気な顔で嘘をつくのは心苦しいが、仕方ない。
よくよく考えたらこの大きさの手提げに着替えが入っているとは考えにくいが、ユリアが気にしていないようなので問題ないだろう。
「そうしたら、夜ご飯の前にお風呂に入らない?」
「あ、そうします」
「お風呂は一階のキッチンの先にあるわ。ちなみにヨシツネくんは一人で入れる?」
ユリアの言っていることがわからず一瞬固まってしまった。
そうか、今の俺は五歳児だ。
一人で風呂に入ったり入らなかったりするだろう。
大丈夫です、そう応えようとして、俺は全てを理解してしまった。
一人で入れるか?
答えはノーだ。
そうすればユリアと一緒に風呂に入ることになり、キャッキャウフフなアワアワパラダイスが繰り広げられる。
『変態め』
ナミちゃん!?
そんなゴミを見るような目で見ないで!
声しか聞こえないが、それでもそういう目をしていることくらいは分かる。
これでも作者だからね。
久しぶりに出てきたと思ったら罵倒されるなんて。
俺にそんな趣味はないぞ。
しかしそんなことは関係ない。
「えっと、一人はちょっとぉ……」
「そうなのね、わかったわ。それじゃあとりあえず着替えを持って先に入ってて」
「はーい」
気持ちの悪い笑顔を必死に隠し、俺はお風呂へと向かった。
風呂の扉を開けると、そこには大人が二人入れそうな浴槽と桶があった。
もちろんシャワーなどはなかったが、浴槽のお湯は丁度いい温度に温められていて快適だった。
これも魔法の力なのだろうか。
そんなことを考えながら石鹸を手に取る。
頭を洗い、体を洗い、後に広がる楽園を夢想して心を躍らせながら湯船に浸かる。
「ふう、いいお湯だなあ」
少しすると、風呂の扉が開く音がした。
裸だろうか、裸だろうな。
俺は首が千切れんばかりに振り向く。
そこには、一糸纏わぬ姿でスルトイが立っていた。
「うわあ……」
「ん? どうしたんだい? 一人で入れないって言うから来たんだけど」
「あ、ありがとうございます」
精一杯の苦笑。
今俺がどんな顔をしているか何となく想像できるが、俺の心の中は涙がちょちょぎれている。
そんな俺を見て全てを理解したスルトイは、大声で笑い出した。
「あっはっはっは! そういうことか、ませた男の子だ。まったく、まだうちの娘はやれないぞ!」
「あ、あは、あははははは」
笑うしかない。
スルトイは俺の頭を乱暴に撫でると、自らの体を洗い始めた。
髪を泡立たせながら、スルトイは話し始める。
「本当は一人で風呂に入れるようだし、次からは一人で入ってもらってもいいかい?」
「はい……ごめんなさい」
「いやいやいいんだ。僕としても一緒に入ってあげたいところなんだけど、うちは母さんがいなくてね。ユリアと二人で暮らしているんだけど、あの子もまだ子供だ。なるべく楽をさせてあげたいんだよ」
「そうなんですか」
言われてみれば、ユリアのお母さんを今日一日見ていない。
病死か事故死かそれとも離婚か、理由は分からないが、それを聞けるほど無神経な人間ではない。
とにかく、ユリアはユリアで頑張っているのだ。
俺も世話になっている分、色々と手伝って二人の力になりたい。
心の底からそう思った。
「子供に話すことではなかったね、すまない。ああ、もう全て洗い終えているなら、のぼせないうちに出なさい」
「わかりました」
「ヨシツネくんは本当にしっかりした子だね。まるで中に大人が入っているようだ。まあなんだ、何かあったら相談してくれていいからね」
「は、はい。そうします」
俺は言われた通り風呂からあがることにした。
中に大人が入っているようだと言われた時は肝を冷やした。
きっと俺から大人の雰囲気が漂っていたから色々と話してしまったのだろう。
君みたいな勘のいい大人は嫌いだよ。
そして体を拭いて二階にある自室へ向かう。
扉を開けて布団に腰を下ろすと、自然と溜め息が出た。
一気に疲労が襲ってきたようだ。
スルトイは風呂、ユリアも何か一階で作業をしているということで、久しぶりに一人きりになれた。
思い返すと、信じられないくらい濃密な一日だった。
謎の光に襲われ、過去に戻ったかと思ったら人間がいて、さらに魔法まで使えるという。
疲れたけど、楽しかったな。
『義経さまの体は疲労することはありませんが、精神的にお疲れのようです。何か心が安らぐ音楽をかけますか?』
いや、大丈夫。
自然の音を聴くだけで十分だ。
気をつかってくれたナミちゃんにそう答えて、俺は窓を開ける。
秋の心地良い風に乗って、木々が揺れる音や虫の声が聴こえてきた。
初めは偶然この時代に来ただけだったが、俺はこの時代が好きになった。
無数の問題が山積みになってはいるが、今すぐ解決できるものは少ない。
タイムマシンが元通りになれば、どの時間にも移動できるようになるわけだし。
だからとりあえずはこの時代を、この世界を楽しもう。
「ってことでいいよね? ナミちゃん」
『私は問題ありません。それとヨシツネさま、ツクヨミから衛星写真が送られてきました。ご覧になりますか?』
「そうだね、でも後でにしよう。先にユリアたちと夜ご飯を食べてくる」
『承知しました。ヨシツネさまが楽しそうで何よりです』
「じゃあ一階へ降りようか」
俺は笑顔で階段を下った。
もうちょいでバトルはいります。
つまんなくてさーせん。