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ついに魔法登場(?)
「こんにちはー!」
「……?」
俺はショタボイスで精一杯テンションを上げて元気に挨拶した。
少年たるもの元気でなくては。
しかし反応が芳しくない。
これはどういうことだ。
そう考えていると、今度は向こうから何か話しかけてきた。
「――。――、――?」
何か言っているのだが全く聞き取れない。
『自動翻訳機能をオンにしますか?』
「うおっ」
ナミちゃんの声が脳内で響き、驚いてしまった。
彼女は基本的に携帯端末から話しかけてくれるのだが、俺の脳はイザナギと繋がっているので、ナミちゃんはこうやって脳内に直接声を届けることもできる。
ナミちゃんの存在が知られると面倒くさいし、これからはこうやって話してもらおうかな。
『承知しました』
心を読まれると何となくむず痒いがしかたない。
あと、意思の疎通ができなかったのは翻訳機能がオフになっていたからだった。
―—自動翻訳機能、オンで。
『承知しました』
ナミちゃんのアナウンスが脳内で聴こえた途端、目の前の女性の言っていることが聞き取れるようになった。
我ながらすげー。
「えーと、何を驚いたの? 大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です」
「お名前は? どうしてデウス平原に居たの?」
ここはデウス平原っていうんだな。
「えっと、名前はヨシツネって言います。気づいたらここにいました」
「ヨシツネ? 変わった名前ね。気づいたら、って……記憶がないの? 捨て子かなぁ」
「わかりません……」
「お父さんお母さんとか、どこから来たとかわかる?」
「すみません……何も……」
本気の困り顔で上目遣いに女性を見上げる。
こういう時はショタ感を前面に押し出すのが定石だろう。
歪んだショタのイメージを持っていた俺だった。
改めて女性を見ると、赤毛のおさげが可愛いし、目鼻立ちもはっきりしていて綺麗だ。
それに案外年齢が若いのかもしれない。
「ちょっと、そんなじっと見られても困るわ! うーん、とりあえず私と一緒に来る? お父さんに相談したら何かわかるかもしれないし」
「いいんですか? えっと―—」
「あ、ごめんね、私はユリア。ユリア・マーガレットよ。この先のハイデルって村で暮らしているの」
「ユリアさんですね。よろしくおねがいします!」
「行儀が良いのね。貴族の子かな、まあついてきて」
そう言ってユリアは歩き出した。
俺はユリアの後をペットのようについていく。
道すがら、この周辺のことについてユリアが話してくれた。
俺が転送されたデウス平原の南側に、ハイデルという農村はあるらしい。
ハイデルという村は、シャルディナント王国の南の端に位置していて、主な農作物は米だそうだ。
また村の南側は魔の森が広がっているので近づいてはいけないという。
その他にもいろいろと地理的な説明を受けたが、聞いたことのない固有名詞が多すぎて非常にわかりにくかった。
そんな説明を受けていて思ったのだが、五万年前だというのに、かなり人類が繁栄しているらしい。
俺の知っている歴史と違うんだよね。
ここから考えられるのは、
『ミッシングリンクと空白の十万年ですね』
ナミちゃんの声。
それだ、それを今考えていた。
ミッシングリンクというのは、サルから人間に進化する過程で明らかに飛躍的な変化があった、というものだ。
たしかにサルとヒトは似ているが、サルとヒトの中間に位置する生物が発見されていないのだ。
もしサルからヒトに進化したのなら、その変化は徐々に起こるはずである。
しかしそこには大きなギャップがあるのだ。
これがミッシングリンクの概要である。
空白の十万年とは、その名の通り、人間の進化の過程で何もない期間が十万年も続いたというものだ。
人間が農業を始めたのが約八千年前で、そこから今に至るまでの八千年で俺たち人間は急速な発展を遂げたわけだ。
しかしホモサピエンスが誕生したのは約十万年も前。
八千年でここまで成長できるなら十万年の間に何もないのはおかしいと思うのは自然だろう。
つまり俺たちが空白だと思っていた五万年前に、どうやら人間は繁栄していたらしい。
そうなると、色々面倒くさいことになるのだが、面倒くさいのは嫌いなので深く考えないことにした。
いつかの俺が頑張ってくれるだろう。
そんなことを考えているとハイデルに着いたらしい。
小ぢんまりとした集落が見えてきた。
「ここがハイデルです。決して立派な街ではないですが、落ち着いていていいところなんですよ。村の人達もみんな優しいですし」
「へぇー、のどかでいいですね!」
ユリアは村の中心部へと歩きながら説明する。
俺は初めて見る田舎の景色に感動していた。
俺のいた時代にはこういった農村など存在しなかったから、初めて見るのだ。
農業というと、農業区画で機械が水やりから収穫まですべてを担っているものという認識だった。
人の手が加わらなくなったのはもうかなり前の話だ。
一通り村を見ると、俺たちはユリアの家に向かった。
村の中心にある、他よりも一回り大きな家だった。
ユリアに連れられて家の中に入る。
「お父さんただいまー」
「お邪魔します」
靴を揃えて玄関にあがる。
質素ではあるが、非常に整っていて広い玄関だ。
不思議そうに眺めていると、奥からユリアの父と思しき人物が出てきた。
「おかえりなさい。おや、その子は?」
「デウス平原で見つけたの。色々聞いたんだけど記憶がないらしくて、放っておけないし、連れてきちゃったの」
「そうか、わかった。話は中できこう。とりあえず上がりなさい」
俺はユリアの父に連れられて家の廊下を歩く。
いくつかの部屋を通り過ぎて、俺は応接室に案内された。
農民の割に裕福な家庭だ。
それに他の家よりも一回り大きい。
恐らくこの村の村長ポジションだろうなどと考えていると、ユリアの父が話し始めた。
「すまない、自己紹介が遅れたね。僕はそこにいるユリアの父で、スルトイ・マーガレットという。すでにユリアから説明を受けているかもしれないが、一応この村の村長をやらせてもらっているんだ」
「そうなんですか! 村長っていうからもっとおじいさんかと―—」
「あっはは、そう言われても仕方ないさ。まだ代替わりして間もないからね。それよりも、君のことだ」
五十代半ばだと思われるスルトイは気さくに見えて仕事のできるタイプだ。
きっと良い村長になるだろう、俺はそう感じた。
「僕のこと?」
「ああ、記憶がないらしいけど本当かい? ちょっと質問させてくれ」
「ええ、もちろんです」
それから、俺はかなりの質問責めに遭った。
どこがちょっとなのかちょっと聞かせてくれ。
とはいえ、俺はこの時代のことを本当に知らないので、ほとんどのことを「わからない」と答えるしかない。
暫く問答が続いた後、スルトイはとんでもないことを言い出した。
「確証は無いけど、【忘却】の魔法がかけられているのかもね」
「え……え!?」
魔法って何!?
ユリア・マーガレット:ハイデルの村娘。十八歳。赤毛のおさげ。
スルトイ・マーガレット:ハイデルの村長。ユリアの父。白髪混じり。
光学迷彩:もとは姿を消せる代物だったが、ヨシツネの改造によって姿を自由自在に変えられるようになった。