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3 終末の始まり

『隕石の一部が墜落したとの速報が入りました! 墜落したのはX県南浅生(みなみあそう)町付近――』


見覚えのないキャスターが、画面の横から差し出された紙を読み上げる。

その地名に、俺の頭が覚醒する。


「南浅生って……隣町じゃないか!」


俺はよろよろと床から立ち上がると、ガラスのなくなった窓から外を見る。


「う、わ……」


外には、現実感のない光景が広がっていた。

遠くに、空を埋め尽くす土煙が見える。


俺の家(正確には母親の家)である亥ノ上(いのうえ)家は川そばの高台にあるので、川向こうの様子がそれなりには見える。

南浅生の駅には目立つ駅ビルがあったはずだが、その姿が確認できない。他にも土煙の周辺にあった建物が見えなくなっている。

南浅生がまとめてクレーターと化した……というほどではないものの、かなりシャレにならない被害が出てそうだ。当然、墜落地点の周辺は跡形もなくなっているのだろう。


呆然として南浅生のほうを眺めていると、ほどなくして街の一部から火が上がるのが見えた。



『――隕石墜落地点の予測速報が入りました! 赤い円の中のかたは速やかに避難を! 黄色い円のなかにいるかたは建物の中に避難してください!』


キャスターの声に、俺はテレビに目を戻す。

日本列島の衛星写真のあちこちに、大小の円が描き込まれていた。

台風の予報円のような洗練されたグラフィックではなく、衛星写真に誰かが直接マーカーで印をつけたものらしい。


『首都圏の拡大写真を――』


キャスターが、そこで凍りついたように言葉を止めた。

画面には隕石墜落の予測地点が描き込まれた首都圏の衛星写真が映っている。

キャスターが息を呑んだ理由はすぐにわかった。

都心の沿岸部が、大きめの赤い円の中に含まれていたのだ。

この放送をしているテレビ局は(俺が見ていなかったあいだに移転していなければ)まさにこの円の中心付近にあるはずだ。


『あ、慌てずに……そう、慌てずに、避難してください! この予測が出されたのは7分前で、墜落の予想時刻は――えっ……』


キャスターが目を見開いて絶句する。

墜落予測地点の円の中心には×印がついていて、その右肩に墜落予想時刻が書き込まれている。

その時刻は、画面の右上に表示された現在時刻と同じだった。


直後、テレビの画面が激しく揺れた。

すさまじい騒音がテレビから流れ、一瞬後に音が消えた。

激しい揺れに倒れるキャスター。

テレビカメラが倒れたのか、画面が斜めに傾いた。


いや、違う。

テレビカメラも傾いていたが、スタジオそのものも傾いていた。

画面の右から左へとスタジオの雑多な機材が転がっていく。


キャスターは何かを叫んでいるが、その音声は拾われていない。


スタジオの傾きがさらに激しくなり――


画面が、ノイズに覆われた。


「マ、ジかよ……」


地球のあちこちに、雨のように隕石が降ってるってことか?

さっきの報道は国内の予測に限られてたが、こうなると海外の情報も見たい。

それ以前に、亥ノ上家のあるここ――飛鳥宮(あすかみや)市は大丈夫なのか?


だが、テレビ局は今の隕石で潰れて――


「って、全部の局が潰れたわけじゃないだろ」


俺はテレビのチャンネルを変えてみる。

さっきの隕石で壊滅したのはあの局だけで、他の局は報道特番を続けていた。


報道特番を聞きながら、倒れていた椅子を起こし、PCの前に座る。

起動しっぱなしだったゲームを終了してブラウザを開く。

俺は、大型掲示板、短文型SNS(ウィスパー)、検索サイトのニュースページを確認する。

ウィスパーでは、既に隕石の墜落地点と墜落予測地点・予想時刻をまとめた画像が出回っていた。画像はリアルタイムに更新されているという。

まずは、国内の予測画像を開いてみる。


「……飛鳥宮は圏外か。でも、県内にあと二つは落ちるのか……」


狭いX県内だけで3つだ。

地球全体で見たら一体どれだけの数の隕石が落ちてるのか。

さいわい県内の残り2つは小さい隕石らしく、被害はそれほど大きくはならないようだ。といっても、一軒家が消滅するくらいの衝撃はあるらしいけどな。


次に、既に墜落した分の地図を開く。


「南浅生の北半分が壊滅……!?」


ウィスパーで「南浅生」と検索すると、隕石墜落後の惨状を撮った画像が大量に見つかった。中には墜落の瞬間を捉えた動画まである。「(ハッシュタグ)南浅生」にはすさまじい勢いでウィスプがつけられていた。

調べてみると、同じような被害の出た地域は少なくないようだ。専門家によれば、広島に投下された原爆と同規模の被害を出した隕石まであるという。


「はは……なんだよ、これ」


これこそ、俺の見てる幻覚なんじゃないのか?


「まるで、俺じゃなくて世界のほうがイカレちまったみたいだ……」


俺は椅子に背中を預けた。

ぎしっと軋んだ音とともに、慣れ親しんだ感触で、背もたれが俺の体重を支えてくれる。

その感触で、俺の意識が、陰鬱な日常へと戻ってくる。


「……そうだ。俺は死ぬんだった」


親が死んだ時がひきこもりの死ぬ時だ。

それならいっそのこと、隕石がここに落ちてくれればよかったのに。

原爆級の威力なら、痛みもなく一瞬で逝けたことだろう。


ガラスのなくなった窓から、砂まじりの風が吹き込んできた。

俺はカーテンを閉じ、押入れにあったガムテープで目張りをする。

隕石に有害物質が含まれてるのではないかと思ったからだ。

理系の素養はないからよく知らないが、隕石が放射性物質を含んでる可能性はありそうだ。未知のウイルスや宇宙生物……となると、SFの世界かもしれないが。


なんとか目張りをし終えると、俺は急なめまいを覚えて布団に倒れた。

めまい――違う、単なる空腹だ。

母親が死んでからどれくらい時間が経ったのか。数日は経ってると思う。そのあいだ俺は飲まず食わずでゲームをやってた。隕石の墜落などという突発事態に脳が一時的に覚醒したものの、身体にエネルギーそのものが残ってない。


「隕石降ってんのに……俺は単なる飢え死にか」


だが、最後におもしろいものが見れた。

俺をいじめた連中も、隕石でいくらかは死んでるだろう。いじめた連中の家族や子どもが死んで、本人だけは生き残る――そんなケースもあるにちがいない。

これから先、この世界にはまちがいなく大混乱が起きる。

その中で誰かに殺されたり、病気で死んだり、食料が手に入らなくて餓死したりするやつが大勢出るはずだ。


大顰蹙を買うことを覚悟で言ってやろう。


――ざまあみろ、と。


「……にしても、腹が減った……辛いな……くそっ、起き上がる気力もねえ……」


隕石のせいでシラフに戻ってしまい、今からの現実逃避も難しくなった。


気づけば俺は、シーツの端を咥え、しゃぶっていた。

そんなことをしていると、どこからかメシの匂いが漂ってきた。

母親がよく作ってたブリの照り焼きの匂いだ。

わかってる。これは幻覚だ。

それにしても、最後に幻覚で嗅ぐのが、母親の手料理とは……。

ひきこもりになった申し訳なさと、その元凶のいくらかは母親にあるはずだという憎しみと。俺は母親に相反する感情を抱いている。

だからこそ、最期の幻覚が母親がらみというのは納得のいかないものがあった。


そこで、俺の部屋のドアがノックされる。


そして、聞こえるはずのない声が、ドアの向こうから聞こえてきた。



「――直毅? ご飯、置いておきますね」



それは、ひきこもってから何千回となく聞かされたセリフだった。

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