表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

<第2章> Grow Up into My Angel. 04

「ごちそうさまでした」

「でした」


 結局、僕の分も半分近く彼女が食べてしまったけれど、まぁいい。


「さて、じゃあ行こうか。これ持って」


 彼女に財布と伝票を渡すと、行儀は悪いがソファーの上に彼女を立たせる。

 両手が使えないからお会計は彼女に任せる。

  本当にできるのかちょっと不安だけど、最悪店員さんに任せればいい。

 彼女を背負うと僕たちはレジに向かった。

  税込998円。


「霖、財布からお札出して」

「うん」


 背中越しからジップを開く音がする。

  ゴソゴソと何かを探している。


「ちょっと待ってね」

「1000円札あるでしょ? おじさんの顔が書かれている紙」

「うん、あるよ」

「それ一枚出して」

「はーい」


 そんなやりとりを聞いて、受付に立つ店員さんはにっこりと笑っている。

  「仲がいいんですね」、なんて言ってきて。

  兄妹って思われているのか? おいおい戯れ言だろう。


「はいっ」


  霖がポンっと1000円札を一枚トレーに投げ入れた。


「霖、お金は投げちゃだめなんだよ」

  と彼女に注意して、店員さんにも、「すいません」と謝る。


「こういう子なんですー」


  お前が言うな。

  そんなやりとりがまたツボに入ったのか、目の前の店員さんはクスクスと笑う。

  本当、お会計ひとつするのにどうしてこう時間がかかるんだよ。

  霖がお釣りの2円とレシートを財布にしまうと僕たちは店を出た。


「じゃあ、靴買いに行こっか」


  ちょうど時間も11時を過ぎた頃だし。


「りんは初めての靴なのです」

「そうだね、採寸もしてもらわないとね」


  あぁ、その前に足拭かないとな。さっき裸足で店の中歩き回っていたし。

  あそこのスーパーでウェットティッシュでも売っていたらいいけれど。


「おにーちゃん! おにーちゃん!」

「はいはい、お兄ちゃんですよ」

「トイレ!」

「お兄ちゃんはトイレではありません」


  もちろん言いたいことはわかっている。

  けれど、靴買うまで待って。


「漏れる!」

「ちょっと我慢して」

「無理! 無理無理!」

「わかったよ、連れて行くから」


  しょうがない。

  男子トイレに連れて行くか。


「ダッシュ!」


  黙れ。

  なるべく人が来なさそうな、一番上の階までエスカレーターで上がる。

  ちょうど、車椅子が入れる大きなトイレがあったから、そこを使わせてもらおう。

  もちろん僕は外で待機だ。

  ……。

  …………。

  遅い。

  おいおい、中でナニしているんだ。

  いや、そう言う意味じゃなくて。

  とりあえずノック。


「ちょっと待ってー」

「はいはい」


 ……。

  …………。

 それからまたしばらく、一向に出てくる気配がない。

 まさか中で寝ているんじゃないよな。

 いい加減そろそろしないと周りの人も変な目で見はじめているんだけど。

 と思ったその時だった。ガチャンと音がして扉が開いた。


「遅いよ」

「この服、着るの大変なの!」


 そう言って背中を向ける霖。

 ワンピースの腰元まで伸びるチャックが半分だけしまっていた。


「んっ!」


 閉めてってことなのね。


「はいよ」


 ジップを上げると、僕はまた彼女を背中に背負う。


「さ、おにーちゃん靴買いに行こ」


 そうなのだけど。

 むしろそれがここに来た本題なのだけど。

 その前に足拭かないと。これじゃあ店員さんに迷惑だ。


「とにかく先ずはそこのスーパーでウェットティッシュ買いに行こう」

 ――無かったらタオルでもいい。


 彼女を再び背負い、僕はスーパーに入る。

 ウェットティッシュってことは、日用品売り場か。


「ねぇねぇ、おにーちゃん」

「なに?」

「食べ物たくさん売っているよ」

「そうだね」


 お菓子売り場は避けよう。どうなるかわかったものじゃないし。


「えーっと、これでいいか」


 円筒状のアクリルケースに入ったものをひとつ抱え、レジに向かう。

 ここまでは上々だったのだが、レジに並ぶ前のお客さんが子連れだったのが運の尽きだった。

 あろうことかそこの子は、霖が朝見ていたアニメのブロマイドが入った食玩を手に持っていたのだ。


「あ! それ、魔女っ子の!」


 ほら。


「おにーちゃん、りんもあれほしい!」


 言うと思ったよ。


「だめ、まず靴買いに行くんでしょ」

「ほしいの! りんもあれほしいの!」


 あー、やっぱり騒ぎ出したよ。

 中学生くらいの少女が背中の上で騒ぐ姿を見て、前に並んでいる子がびっくりしてるじゃないか。

 こう言う時に両手が自由だったら、耳を塞いで知らないフリできたのに。

 どうして耳に蓋がないんだよ……。


「ほしいの! りんもほしいの! おにーちゃん買って! 買ってよ!」


 はぁ……。


「分かったよ」


 困り顔でこちらを見ているレジ打ちのおばさんに謝って、会計を一旦キャンセルするとお菓子売り場から先ほど目の前の女の子が持っていたお菓子を一個持たせる。


「すいません」


 結局、さっきのおばさんのレジに商品を持っていく。


「いえいえ、兄妹仲がよろしいんですね」

「はぁ」


 あなたもそれを言いますか……。

 なんとか会計をすませてスーパーから出た時、12時の鐘がどこかから聞こえてきた。

 本当、どうしてこんなに手間がかかるんだ。

 霖を中央広場の噴水近くのベンチに座らせたる。

 足をバタバタさせて買ってあげたばかりの食玩の箱を無造作に開け始めていた。


「あ! ハジメちゃんだ! 見て」

「はいはい、右足出して」


 ハジメちゃん、って男の子じゃないか。そのアニメ魔法少女ものじゃないのか?

 左手で彼女の足首を掴んで、ウェットティッシュで拭いていく。


「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ!」


 足裏を拭いていくと、くすぐったいのか霖はくねくねと体を動かす。

 足首をがっちり固定しているせいで彼女は上半身しか身動きが取れない。

 潮の流れに身をまかせてせわしなく右へ左へ揺れるわかめみたいだ。

 ただでさえ少女の前に膝をついて足を拭くなんてシュールな光景を公に晒しているのだから、そんな変な声を出さないでくれ。


「おにーちゃん、くすぐったいよ」

「はい次、左足」


 今日の今まで散々振り回されたんだ。

 少し強めに足の裏を吹くぐらいバチは当たらないだろう……。

 そしてまた商店街の中央広場に霖の笑い声が響いた。

 黒々と汚れた霖の足裏が徐々に白さを取り戻していく。

 色素を持たない、モチモチの足裏に、僕は自然と生唾を吞み込んでいた。


「はい、これで終わり」


 泥と汚れで茶色く変色したウェットティッシュをゴミ袋にまとめ再び背負うと、僕たちはやっと念願の靴を買いに3階へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ