<第2章> Grow Up into My Angel. 03
「かるぼ、なーら? まるげ、りーた?」
「決まった?」
先ほどから10分近くメニューと格闘する霖。
そんなに悩むものか?
「これにする」
選ばれたのはミックスグリルでした。
あれだけイタリアンのページで逡巡していたのはなんだったんだ……
とりあえず店員さんに僕と彼女のメニューを注文する。
「霖は靴履いていないんだから、きちゃダメだからね」
「うん! りんは、ここでおとなしくしてる」
注文してからもずっとメニューを眺めるている彼女。
嫌な予感しかしないのだけど、とりあえず行くか……。
店内の壁際に設置されているサーバーまで歩いていく、グラスを取って水を汲む。
「おにーちゃん、この緑色の飲み物なに?」
「それはメロンソーダ」
「メロンソーダ?」
「うん……え?」
右隣を振り向いてみると案の定というか、予想通りというか、霖が裸足のままサーバーの中を眺めていた。
「来ちゃダメって言っただろ」
「むむ?」
首を傾げる彼女。
あとで足洗わないとな。
「ほら、席に戻るよ」
「りんが持つ! りんが持つ!」
僕が手にある二つのグラスを見つけると、彼女はそこに必死に手を伸ばし始めた。
渡したら絶対にこぼすよな……。
「ダメ、これは霖にはまだ早い」
「えぇー」
「ほら、戻るよ」
僕が歩く後ろからテチテチと踵が磨き立てのタイルを弾く音が聞こえる。
全く、たったこれだけのことなのにどうしてこんなに疲れるんだ。
僕たちが席に戻ったのとタイミングを同じく、霖が注文したミックスグリルがやってきた。
「おぉー!」
熱々の鉄板から聞こえる肉の焼ける音に興奮する霖。
「鉄板は熱いからね」
「わかってるよー」
いや、絶対わかってないから。
「あぁ。ちょっと待って、服にはねたらいけないから――」
紙エプロンを一枚もらうと、彼女の首元に巻いてやる。
せっかくクリーニングに出したのだから、汚れたら勿体無い。
「はい、良いよ」
「おにーちゃん、これなに?」
「ナイフのこと?」
「ナイフ?」
「ほら、こうやって……」
シルバーケースからナイフとフォークを一対取り出すと、僕は鉄板に乗るハンバーグを切っていった。
「こうやって細かく切って、フォークで食べるの、はい」
かけらをひとつフォークに刺すと、彼女の口元まで持っていく。
疑似餌に引っかかる魚のように霖は大きく口を開けるとパクリと口に含んだ。
「うーん」とも「ふーん」とも聞こえる声を上げながら咀嚼していく。
ご満悦のようで何よりだ。
「切っておいてあげるよ」
ほんの出来心で、自分の料理がまだきてない間の暇つぶし程度のそんな軽い気持ちで、僕はハンバーグを霖が食べやすいように切っておいておこうと思ったのだが。
「だめ!」
……っ!
手の甲をフォークで刺されてしまった。
「りんがやるから!」
「わかったよ、悪かった。でも、人のことをフォークで刺しちゃダメなんだよ。痛いでしょ?」
すると彼女は「ぷい」と言いながらそっぽを向いてしまった。
「はぁ……」
右ひじを机について、そういえばすぐに手が出る癖もあいつに似ているな、なんて思いながら霖を眺める。
彼女はそんな僕には御構い無しと言った感じに一つ二つとハンバーグのかけらを運んで、口をリスのようにパンパンに膨らませてからモグモグと噛んでいる。
その仕草も、あいつそっくりだ。
やがて、僕の方にも料理が届いた。
ミートソースのスパゲッティー。
朝ごはんには少々重いけれど、昨日の夜からなにも食べていないからか、無性にこういったものが食べたかったのだ。
「いただきます」
手を合わせて、僕はフォークとスプーンを取り出した。
スパゲッティーは丁寧に巻いて食べる派だ。
フォークを使ってくるくると丁寧に巻いて食べる。
その行為が霖には珍しいようでずっとこちらを見てくる。
「ジーーーーー」
「どうしたの?」
僕がふと顔を上げると、霖はまたプイッとそっぽを向いて、自分の目の前に置かれたミックスグリルを食べ始める。
そして、また僕が下を向いてスパゲッティーを巻き始めると、「ジーーーーー」 と謎のオノマトペを発しながら僕の方を見てくるのだ。
「だからなに?」
「なんでもないもん」
僕が顔を上げると、彼女は俯いて、またフォークを動かし始める。
もちろん、わかっている。
わかってはいるけれど、なんだか鬼ごっこをしているみたいでちょっと楽しいのだ。
だから、もう一度――。
僕が下を向いて、彼女が顔を上げた瞬間、僕はなにも言わずに、顔を上げた。
フェイントだ。
本当、小学生がやりそうなくらい陳腐な。それでも、彼女は引っかかったのだ。
単純だな。
目のやり場がなくなった彼女は固まるばかりだった。
「やっぱり食べたいんでしょ?」
「うぅ……」
僕はまたフォークにパスタを巻くと、それを彼女の近くに持っていった。
そしてまた魚のように口を大きく開けて食いつく彼女。
「おいひい」
「それはよかった」
税込500円もしないけれどね。
「……はい」
彼女はフォークにソーセージのかけらをひとつ突き刺して僕に向けきた。
「なに?」
「おにーちゃんにも。お返し」
恥ずかしそうに明後日の方向を向いてそういう霖。
「ありがとう」
少し腰を浮かせて、それを口に含んだ。
「うん。美味しいよ」
その言葉を聞いて、彼女は最大級の笑顔を僕に向けて見せてきた。
これをうまく言葉で表現するなら、やはり花が咲いたようにだろうか?
そんな言葉でしか言い表せない自分が歯がゆい。
彼女の笑顔に、僕も最大限口角を上げて応える。
唇の両端を釣り上げるように、目を細めて……。
けれど本当に笑えていたのか――僕にはわからなかった。