Insertion.
「先輩は、神様を信じますか?」
ある日の帰り道、斎藤厘は突然そう切り出した。
どうやら、僕の彼女は胡散臭い宗教にハマってしまったらしい。
「いや、そういうのではなくてですね……」
「壺とか買ってないよね?」
「当たり前です! ほんと、そういうところですよ!」
怒られてしまった。
「私が言いたいのは、そういう神様ではなくてですね、創造主とかの方で」
「はぁ……」
今日の彼女の話は一段とよくわからない。
「例えば、もしもこの世界が昨日できたって言ったら先輩は信じますか?」
「信じるわけないだろ」
ていうかそんな話、信じる人なんていないと思うのだが。
「どうしてですか?」
彼女がとぼけるように首を傾げてこちらを見つめてくる。
「だって、この世界が昨日できたわけないじゃないか」
「だから、どうしてですかって、聞いています」
どうしてって……。
「世界っていうのが何を指すのかは曖昧だけれど、それが人類の誕生なんだとしたら2千万年前、地球の誕生は46億年前とかだろ? 神様の存在有無の前にそれだけの歴史があるんだから、この世界が昨日できたなんて話は誰も信じない」
「ふむふむ」
両腕を組んで頷く彼女。
いったい全体何が狙いだ?
「ではでは、次の質問です。先輩は幼い時の記憶ってどこまで持っていますか?」
「そうだな……3歳の時に水族館でイルカのヒレに触ったことかな」
僕の幼少期の記憶なんか聞いてどうするんだ。
話の流れが全く見えない。
「じゃあ、生まれた時の記憶は? お母さんのお腹の中から出てきた瞬間のこと、覚えていますか?」
「いや、そんなの覚えているわけないだろう、生まれた瞬間の記憶なんて」
「では、先輩は記憶がないのに、どうやって自分の出生を証明しますか?」
「生まれた時の写真があるだろうし、ビデオも残っているだろう? なぁ、そろそろ理解が追いつかないんだけど」
いつも彼女とはどうでもいい話ばかりして帰っているけれど、今日の話は少々難しい。
「ここからが本題ですよ、先輩。ではでは、自身の出生の記憶がないのにどうして先輩は17年の人生を疑いもせずに信じきっているんですか? それこそ作られた記憶だって可能性だってありえますよね?」
「…………」
「つまりですね、世界は昨日できた。その際、先輩も私も記憶というものがあらかじめ設定されていて、写真もビデオも、教科書に書かれている歴史も、私たちが当たり前と思っている常識まで、全てその時に都合よく作られたのだ。という説は誰も否定できないということです」
おいおい、今日はまた随分とスケールの大きな話だな。
「でもそれは悪魔の証明に近いだろう。だって僕たちはこの世界を俯瞰して見ることができないんだから、それこそ神のみぞ知り得ることだ」
「その通りです、神様じゃないと真理にはたどり着けない。だから、先輩も気をつけた方がいいですよ?」
「何に?」
「神様の不興を買わないように、ですよ」
「お前もな」
だいたい、一体何の話だったんだよ、これ。
ポンッポンッポンッ、と跳ねるように三歩先を歩くと、斎藤厘はこちらに振り向いた。
「私はいいんですよ、神様ですから」
……は?
「私、神様なんですよ?」
「いやいや、何言っているんだよ、お前が神様なわけないだろ」
口元に指を当ててクスクスと笑う彼女。
「信じるか信じないかは、先輩次第です」