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<終章> I'll be invisible (5 minutes before The World End). 04

 失敗した。

 失敗した。失敗した。失敗した……。

 僕はまた彼女を留めておくことができなかった。

 じわじわと後悔に襲われる。

 そして同時に怒りも沸き起こる。

 どうして――


「どうして、最後までそう振る舞うんだよ」


 一人でこの世界を背負っているような顔をして、

 心を押さえ付けて、割り切って、納得しようとして、

 自分の身を差し出せば万事解決すると思っている。

 大馬鹿ものだ。

 なんで、強がるんだよ。

 もしもあの時「助けて」って言ってくれれば、僕は全てを投げ打ってでもあいつを救おうとしたのに。

 どうして死を選ぼうとするんだ。

 僕の能力は事実を無かったことにすることができるのだろう? 

 だったら……。


 ――そこで呼び鈴が鳴った。


 こんな時に誰だよ。先ほどまで着ていたポンチョを脱ぎ、玄関先へ向かう。

 玄関を開けると、そこには――。


「……厘?」


 いや、違う。

 確かに顔も背の高さも同じだが、髪の毛が長い。

 ということは……。


「りんは、ママの名前だよ。おにーちゃんは、さいとうれい?」


 斎藤厘の生写しだった。


「零さんのところに行きたいのかい?」

「うん」

「厘はどうしたの? 君のママは、どこに行ったの?」

「ママ、私をおいてあっちに行っちゃった」


 彼女が指を刺した方向を見る。

 海へ向かうその道のはるか遠くに、天高く昇る積乱雲が見えた。

 なんとなく嫌な予感がする。


「乗って!」


 僕は即座にしゃがみ、背を丸めて、腕を後ろに伸ばした。

 そして次の瞬間、背中に重さを感じた。あいつと同じ匂いがする。

 足の裏に力を込めて立ち上がると、僕は斎藤家に向かった。

 地を蹴り体が揺れるたびに、背中にのる彼女は「きゃっきゃ!」と声を上げる。

 そのまま商店街を駆け抜けると、初めて霖を外に連れ出した思い出が蘇ってくる。

 あいつもこんな感じで、僕の背中から身を乗り出して視界に入るもの全てに指を差していたっけ。道中大変で、ファミレスのご飯に頬を緩めせて、すぐに人のものを欲しくなって……。

 世話の焼けるやつだったけど、

 それでもいつか、あいつと本当の家族になりたいと。

 ーーあの時僕は、そう思った。


「ねぇねぇ、おにーちゃん。あれなーに?」

「ごめん、今はそんな時間ないから!」

「うえぇぇ……」


 彼女からの質問を全て断り、僕は足を動かすことに集中した。

 水平線の先に浮かぶ積乱雲は徐々に膨れている。

 時間がない。

 僕は文字通り死に物狂いで駆け抜ける。


 がんばれ。

 がんばれよ、僕ーーどうせこの程度で死にはしないんだから。


 そうやって自分を何度も鼓舞して、やっと斎藤邸にたどり着いた。

 斎藤邸から出てきた零さんは、僕の姿を見るなり一度瞬きすると、顎を引いた。

 きっと全て理解したのだろう。

 この人は人の心が読めるのだ。僕が今どんな状況に陥っているのかくらいすぐにわかって当たり前だ。

 園児斎藤を零さんに預けた。


「少年!」


 零さんが僕を呼び止める。


「行くんだな」

「はい」


 零さんは僕の目を見つめ、一度首肯すると、


「妹を頼む」


 ーーそう言って、僕に頭を下げた。


「行ってきます」


 それだけだった。僕と彼女のやりとりはそれで全てだった。

 いつものように曖昧なアドバイスも、僕を責め立てる罵詈雑言もなかった。

 「もうそんなものは必要ない」

 彼女の目はそう言っているみたいだった。

 先ほどまで僕の背中に乗っていた園児斎藤は、零さんに手を繋がれもう片方の手で僕に手を振る。

 「いってらっしゃーい」と何度も叫んでいる。ちょっとした外出にでもいくものと思っているのだろうか。

 けれど僕がこれからするのは、そんな生やさしいものではない。


 ――厘を救う。


 これが最後の戦いだ。

 何度も、何度もやり直してきた6月のあの地獄のような日々を終わらせる。

 海へ続く道を駆ける。風が強くなってきた。

 はるか彼方に浮かんでいた積乱雲は、とっくに僕たちの頭上を灰色に染め上げていた。


「厘!」


 彼女が僕に能力を初めて見せたあの場所。その先に彼女はいた。

 まだ冷たい6月の海に腰まで浸かり、震えている。

 斎藤厘はこちらに振り返り、目を大きく見開いた。


「先輩、どうして来ちゃったんですか! 危ないから逃げて!」


 そんな彼女の忠告を無視して、僕も水に浸かる。服を脱いでいる暇などない。

 着の身着のままの状態で荒れた海を進む。水しぶきが当たるたびにヒヤリと身が縮む思いがする。

 波の動きに何度も足を取られ水の中に沈む。それでも彼女がいるところまで僕は進んだ。


「どうして……そこまでして、私に構うんですか! 先輩は何も悪くないんですよ。私に都合よく作られて、いろいろ振り回されて、やっと自由になれたのに……早く逃げてください。ここにいたら先輩を巻き込んじゃいます」


 ーー私が死ねば、全て収まりますから。

 そう言って、さらに沖のほうへ進もうとする彼女。

 僕はその手を掴み、彼女の動きを静止した。


「お前、どこまで自分勝手なんだよ! 神様だかなんだか知らないけれど、お前がいま言うべき言葉はそんなんじゃないだろ! そんなものやめちまえ! 世界なんか放っておけ!」


 彼女の両肩を掴む。

 そして波の勢いに負けないくらいの声で、叫んだ。

 


「僕はお前のことが大好きなんだよ。

 そいつのために死んでもいいと思えるほど、斎藤厘を愛しているんだよ!」



 閃光が瞬く。

 渦を巻く積乱雲はその中心から一直線に雷を放ち、市内の一番高い建物に落ちた。

 海は荒れ狂い、風はこの世の全てを吹き飛ばす勢いで吹いている。

 警報が鳴り響く。

 まさに世界の終わりにふさわしい光景だった。


 こみ上げてくるものを懸命に(こら)える

 枯れ果てた喉の奥から絞り出すように僕は声を発した。


「だから、お願いします……生きて」


 彼女の肩が小刻みに震えている。

 波の音にかき消される程か細いぼくの声は、それでも確かに彼女の耳に届いたことを確信した。

 斎藤厘が顔を上げる。

 そして両の頬に涙を(たた)え、今にも消えてしまいそうな声で言った――。


「たすけて……ください」

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