<第5章> Before Dawn. 01
始まりは終わり、終わりは始まり。
少しずつだが、何が起こったのか分かり始めた。
おそらく僕の能力は不可逆的なものを逆流する力。
例えば、復元。例えば、時間遡行。
それは現代の科学では説明がつかない。異能力と言っても差し支えないだろう。
けれど、まさかそのトリガーが感情だとは思わなかった。
能力については正直まだわからないことはたくさんある。どうして僕がそんな力を持ったのか。
斎藤姉妹についても同じだ。零さんと厘の二人に宿った能力も、僕はまだ全てを知らない。
その一方でどうして僕が二年前にやってきたのか、それはわかる。
――妹を頼んだ。
あの時、零さんは確かに僕にそう言った。
もしかして、彼女は最初からこれを狙っていたのか?
僕にそのような力があることを知っていて、彼女の三回忌というタイミングで僕に連絡を取ったのか……。
全てがわからない。まるで霧のように大事なものが僕の手の中からすり抜けていく。
「ひとまず、会うべきだよな」
「え、先輩なにか言いましたか?」
右隣で自転車を押す斎藤厘が僕の方を見てくる。
「なあ、今日って何月何日だ?」
「6月3日ですけど?」
何を当たり前のことを聞いているのだと思っているのだろう。斎藤厘は首を傾げ僕の方を見てくる。
けれど僕にとって今日が何月何日であるかは非常に重要な問題だ。
今日は6月3日。
それは二つの意味を持っていた。
一つは、厘が世界を滅ぼすあの日まで、あとちょうど二週間しかないということ。
そしてもう一つは、今日僕は零さんと初めて会うことになっているということ。
まずは、協力者を作るべきだろう。
僕は二年前と同じように、彼女と会うことにした。
零さんと対面したのは、たしか6時前。
今から走っていけば間に合うか……。
「ごめん、今日ちょっといくところがあるんだ」
「えっ! ちょ、先輩?」
「ごめん、また明日」
厘にそう伝えると商店街を南に駆け抜けた。
懐かしい風景が左右に広がる。このころはまだシャッター街でただの通り道と化していた商店街だった。
2年前のこの時はまだ霖と一緒に食べたファミレスや、彼女の靴を買ったスポーツブランドもまだ入っていなかったんだな。たしか僕が高松を出て行って1年後に大規模な再開発が行われて、それでできたんだっけ。
厘を救おうと2年前に戻ってきたのに、あの子(霖)との懐かしい日々が徐々にこの街を侵食していく。
そんな自分の優柔不断さに腹が立ち始め、頭をぶるっと振った。
本当に好きなものは、一つしか救えない。
だから、僕は厘を選ぶ。
「ごめん、霖」
まだこの世に生まれていない彼女に対して何度も謝罪をする。
彼女を救えば、霖は生まれない。
それは生まれるはずだった命を、僕がこの手で潰すようなものだ。一種の歴史の改変である。
いや、もしかしたら歴史の強制力とやらが僕の企みなど捻り潰してしまうかもしれない。
それでも僕は厘に生きていてほしい。
少なくとも、僕が彼女の胸を貫かなくて良い未来に、進みたかった。
徐々に商店街の南端に近づいてきた。
一番南に位置する小さな本屋。僕と零さんが初めて会った場所。
「初めまして、いや。久しぶりと言った方がいいのかな? お前の目を見れば分かる。通り一遍、地獄を見てきたって顔だな、少年」
――彼女はそこで僕を待っていた。
「初めまして、斎藤零さん。いや《深層潜水》」
その名を口にした瞬間、彼女の顔から笑いが消えた。
先ほどまでの人を小馬鹿にした態度から一変して、唇を一文字にぎゅっと噛み締め僕を見据えている。
まるで阿修羅像のようだ。
「少しは賢くなったみたいだな」
「ええ。バカは死ねば治りますからね」
そう言って、僕も彼女の瞳をじっと見つめる。
思えば零さんの目をじっと見たのは、これが初めてかもしれない。
今までの僕は、彼女と目を合わせれば全てを見透かされそうで、それが怖くて、僕はいつも彼女と話すときは俯いていた。
彼女を救う。そのためならば僕はここまで変われるのか……。
たったそれだけの行動で、僕は自分に自信を持ち始めていることに気がついた。
「覚悟はできているんだな」
彼女は重々しく言葉を放つ。その一言一言が僕の双肩にのしかかる。
本当に言葉が重さを持っているみたいだ。
覚悟。彼女の言うそれは一つだけではない。
傷を負う覚悟。誰かを傷つける覚悟。そして、何度でも彼女を諦めない覚悟……。
その全てを彼女は今、僕に問うている。それは並大抵のことではないだろう。
文字通り身が張り裂ける思いで、僕は2年前に戻ってきた。
おそらくまた、僕は死にそうになるかもしれない。あいつを殺さなければならないかもしれない。
霖だって例外じゃない。
何度も、何度も。嫌になるほど繰り返されるかもしれない。
それでも僕は、
「今より良い未来に進みたい」
――心は、固まった。




