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エピソード1:視えない世界①

 ここからの本筋は、第5幕後日談(https://ncode.syosetu.com/n2544fd/39/)からの続きです。

 状況としては、主人公・ユカの目がいきなり見えなくなって、仲間がオロオロ、そんな時にいつも助けてくれるみんなの伊達先生は、蓮の後始末で駆けつけられない、という状況です。

 要するにちょっとしたピンチです。


 さて、始めましょうか第6幕。『エンコサイヨウ』前半の総決算です!!

 山本結果やまもとゆかの目が、視力そのものを失って数分後。

 実家への電話を終えた名杙統治(なくいとうじ)が、深刻な表情で戻ってきた。

 彼女――ユカを自分(支局長)の椅子に座らせて、肘置きに置いたその手を握っていた佐藤政宗さとうまさむねが、その場に居合わせた柳井仁義(やないひとよし)と共に、不安げな眼差しで問いかける。

「統治……どうだったんだ? 伊達先生と連絡はついたのか?」

「それが……」

 政宗の言葉に一度俯いた統治は、唇を噛み締めた後……先程聞いたばかりの事実を告げた。


 名波蓮(ななみれん)が名杙本家で問題を起こし、そこに居合わせた伊達聖人(だてまさと)と共に、処罰を受けることになったこと。

 その関係で……少なくとも今日1日は、自由に動き回れない、ということを。


 統治の報告を受けた政宗は、反射的に唇を噛み締めた。そして……。

「……また名波君か……ふざけんなよ……どうして、どうしてこんな時に……!!」

「佐藤……」

 この場では常に『支局長』として立ち回ってきた政宗が、ここまで感情を顕にすることは珍しい。

 統治の声掛けを遮るように彼を見つめた政宗は、胸の中に浮かんだ苛立ちを隠すことなく口に出した。

「だってそうだろう!? 俺たちが頼れるのは伊達先生しかいないんだ!! ケッカが緊急事態だってのに、名波君も名杙も、どうしていつもこんなに――!!」

「っ……!!」

 刹那、統治の眼差しに言いようのない悲しみが宿ったことに気付いた政宗が、慌てて口をつぐむ。

 そして……そんな彼の手を、ユカが強く握り返した。そして、椅子に座ったまま彼の視線を感じつつ……ゆっくりと、首を横に振る。

「政宗、落ち着かんね。確かに名杙は融通がきかんかもしれんけど……統治は何も悪くないやろうもん」

「ケッカ……」

 彼の声に迷いがあることが、はっきり分かった。混乱するのも無理はない。むしろ、自分が叫びたいくらいだ。

 いつもであれば、政宗の方を見上げて目を合わせるのだが……視界が閉ざされた今、ユカからそうすることが出来ない。

 だから、今繋がっている手を通して……彼にしっかりと伝えよう。

 今は、こんなところで諍いを起こしている場合ではない、と。

「とりあえず伊達先生が今日は無理なことが分かったけん、あたし達で何とか……って言っても、どげんしていいかわからんっちゃけどね」

 そう言って肩をすくめたユカは……「そういえば」、と、先程の政宗と仁義の会話を思い返していた。


「……仁義君、確か過去に『縁』が見えなくなったことがあったよね? その時、視力そのものが奪われたりした?」

「そうですね……最初の時は視力そのものが低下した感覚はありましたけど、失明状態までは……」


 柳井仁義、彼もまた以前、過度なストレスなどが相まって、『縁故』としての能力を失ったことがあったという。

 そういえば、その時は……どうやって対処したのだろう。

「ねぇ、柳井君、柳井君から『縁故』の能力が消えた時は……どげんして元に戻したと?」

「僕ですか? 僕の時は……あ!!」

 刹那、何かに気付いた仁義が声を上げる。彼の反応で政宗と統治も『同じこと』に思い当たり、軽く目を見開いて目を合わせた。

 そして……政宗は一度深呼吸をすると、改めて前を見据える。

 ユカの言う通りだ。今は、こんなところで苛立って、時間を浪費している場合ではない。

 自分に何が出来るのか――落ち着けば、答えはちゃんと見えてくる。

「仁義君、今すぐ里穂ちゃんに連絡をとって、都合がつき次第ここに来て欲しいって伝えてくれるかな」

「分かりました」

「統治は心愛ちゃんを呼んでくれ。あと、今日からしばらく、名杙本家でケッカを寝泊まりさせてやってほしい。その段取りまで頼んでいいか?」

「ああ、分かった。佐藤は山本についていてくれ」

 政宗の指示で2人がそれぞれに行動を開始する。その様子を見つめながら、政宗は改めて彼女を見下ろし……苦笑いと共に、肩をすくめた。

 敵わない、改めてそう思う。

「ケッカは……凄いな」

「政宗?」

「こんな状況でも冷静に状況を把握してる。流石だよ。俺は――」

「――政宗のこと、信用しとるけんね」

 彼の言葉を遮って漏れ聞こえた、彼女の言葉。意外な評価に政宗が目を丸くすると、ユカは背もたれに小柄な体を預けて……ぼんやりと、天井の方を見上げた。

「政宗があたしの代わりに苛立ってくれて、当事者のあたしが冷静になれた気がするし……政宗やったら何とかしてくれるって、ケッカちゃんは信じとるけんね」

 政宗だったら、何とかしてくれる。

 彼女からの評価は嬉しいけれど、今は――どうしても、不安が先行してしまった。


 彼女に負担ばかり強いて。

 守るつもりが、ずっと、支えられている。

 ――守れるだろうか。この場所も、彼女のことも。


「……何とか出来ないかもしれないぞ?」

「出来るよ」

 無意識のうちに政宗が呟いた不安を、ユカは即座に打ち消した。

「政宗やったら、出来るよ」

 迷いなくこう言うと、彼と繋がった手に、ギュッと力を込める。そして、政宗の声が聞こえたほうを見上げて……今の自分に出来る笑顔を向けた。

「出来るに決まっとるやんね。仙台に支局作るよりも――ずっと簡単やろ?」

「それと一緒にするなよ……」

 政宗もそう言って、口元に自然と笑みが浮かぶ。

 そして、頭の中を冷静にして――思考を切り替えた。

 今、自分がすべきことは、足りないピースを嘆いて、現状を放り投げることではない。

 残された手段を全て活用して、ユカの窮地を救うことだから。

 出来るか、出来ないかじゃない。

 必ず成し遂げる――そう、自分自身に誓う。 


 そして、ユカの異変から約40分後。

「ケッカさん!! ケッカさん大丈夫っすかって大丈夫じゃないっすよね!?」

 仁義から連絡を受けた名倉里穂(なぐらりほ)が、部活を早々に切り上げて駆けつけてくれて。

「ちょっ……ケッカ、何があったっていうのよ!!」

 統治から連絡を受けた名杙心愛(なくいここあ)が、自宅の塩竈(しおがま)市から大急ぎで仙台へ出てきてくれた。

 丁度同じタイミングで、買い出しに出ていた支倉瑞希(はせくらたまき)千葉駆(ちばかける)も戻ってきたため、支局内はにわかに騒がしくなる。

 とりあえずユカを応接用のソファに座らせ、隣に里穂、机を挟んだ向かい側に統治、その隣に心愛……と、『名杙直系』の人物を固めて配置する。それ以外の4人はそれぞれに椅子を持ち寄り、あいている場所に腰を下ろした。

 里穂は周囲を見渡した後、隣のユカへ明るい声で問いかける。

「ケッカさん、喜久福があるっすよ。生どら焼もあるっす。何か食べるっすか?」

「じゃあ……生どら焼もらってもよか?」

「あるっすよ。えぇっと……」

 里穂は机上に並べられた生どら焼の袋から、ずんだ味を取り上げた。個包装になっているそれの封を切って、彼女の両手にそれをもたせる。

「食べさせたほうがよかったら教えてほしいっす。どうするっすか?」

「わ、分かった……まずは自分で頑張ってみるけんね……!!」

 いかんせん、両目の視力が奪われるのは初めての経験だ。両手にしっとりしたどら焼きの感触はあるし、ほのかに甘い匂いもするけれど、それだけで正確な距離感は把握出来ない。

 ユカは口を半開きにしたまま、恐る恐る両手に持ったどら焼きを口の方へ持ち上げた。里穂と心愛がドキドキしながら彼女の動向を見守る。

「ケッカさん、もうちょっとっす!!」

「ほ、本当に? あたしのどら焼きまだなん?」

「ケッカ、あと少しだから頑張っ……あれ、もうちょっと右にしたほうがよくない?」

「そうっすか? いや、このまま真っ直ぐでもいいような……でも、言われてみると確かに右に傾けた方がいいような……」

 里穂と心愛のアシストを受けて、ユカの手元は盛大に迷い始めた。

「え? こ、こう……?」

「ちょっとケッカ、傾けすぎよ、戻してっ!!」

「もうちょっと左っす!!」

「あぁぁぁもうあたしのどら焼きはどこなん!?」

 3人がスイカ割りのようなやり取りを繰り広げる様子を見て、お茶を渡すタイミングを逃した瑞希がワタワタしていた。

 政宗が瑞希のフォローに入ろうとした次の瞬間、統治が自分の方を見ていることに気がつく。政宗は瑞希のフォローを仁義に任せた後、彼を連れ立って一度事務所の外へ出た。

 人の気配がない廊下を進み、突き当りのエレベーターホールまで移動する。政宗は壁に背を預けてため息をつくと……周囲に誰もいないこと、そして、エレベーターの表示がこの階で止まらないことを確認して口を開き、声を潜めた。

「統治……名杙は大丈夫そうか?」

「あぁ、こっちは問題ない。母さんに話を通してある。今日は里穂も本家に泊まるよう、理英子さんにも話をすると返信があった」

「そうか……ありがたいな。悪いけどケッカは任せる。しばらく名杙から出さないでくれ」

 政宗はそう言って、脳内で今後のスケジュールを組み直し始めた。

 彼らがユカを名杙本家に預けようとするのは、名杙の持つ特性に理由がある。

 名杙には、全てに対して優位に働く特性がある。特に意識しなくても発動するため、同じ『縁故』能力者に対して優位に干渉し、相手の体調を崩したり、知らず知らずのうちに違う特性を引き出したり――と、その効果はプラスにもマイナスにも作用してきた。

 特に直系ともなると、その影響力は更に強くなる。過去、仁義が過度なストレスから『縁故』能力を失ったときも、統治と里穂、里穂の母親である理英子が近くにいることで、徐々に回復していったのだから。

 今回のユカは、『縁故』能力のみならず、視力そのものが奪われている。聖人にもすぐに相談出来ない今、名杙直系の影響力を持った統治・里穂・心愛を呼んで、名杙本家に彼女を置いてもらうのが最善だと判断したのだ。

 どのみち、目が見えない彼女は完全介護が必要になる。いくら政宗でも、異性の彼女を四六時中介護するのは気が引けた。

 あの時は――6月のユカは、足が動かない状況だったから、ある程度自分で出来たけれど、今回はそうもいかないだろうから。

 政宗は脳内で明日以降の人員配置を組み替えた後――統治を横目で見やり、続きを尋ねた。

「名波君は……とりあえず1週間だと思っていいんだな?」

「そのはずだ。本人がこれ以上、特に問題を起こさなければな」

 含みを込めた統治の言葉に、政宗は渋い顔でこめかみを押さえる。

 ただでさえ、蓮は、4月の騒動を起こした首謀者として、名杙からのあたりがきついのだ。それに加えて今回の事件である。彼の反省が足りないとして、彼の禊の場でもある『仙台支局』に対してペナルティが課されてもおかしくはない。

 何かあれば、名杙当主から連絡が入るはずだが、今のところ、どちらの携帯電話も静かなことから、近々のペナルティは回避したと思っていいだろう。当然、油断は出来ないけれど。

「そこは本人に期待するしかない、か……みんなには伝えて大丈夫か?」

「遅かれ早かれ分かることだ。問題ない」

「分かった。じゃあ、戻ったら俺から話すとして……」

 目を伏せて息をついた政宗は、自嘲気味にポツリと呟く。

「桂樹さんもいれは……直系があと1人増えるんだけどなぁ」

「佐藤」

 諌めるように彼の名を呼ぶと、政宗は降参するように両手を上げた。

「分かってるよ。そもそも連絡先だって消してるから連絡の取りようがないし……俺だってケッカのためとはいえ、頭を下げるのもごめんだな」

 そう言って、おどけるように笑ってみせる政宗。統治はそんな彼を無言で見やり……彼の強がりに気付かなかったフリをして、言葉を続けた。

「山本に関しては、俺が責任を持って対応する。何かあれば、俺に連絡してくれ」

 そう言って、静かに右手の拳を彼に向けて突き出す。

 政宗は一度頷いてから、彼の手に、自分の握りこぶしを軽くぶつけた。

 そして……少しだけ、ほんの少しだけ垣間見えた悔しそうな表情を引き締めた口元で飲み込み、強い意志を宿した眼差しで彼を見据える。

「分かった。俺は『仙台支局』を守ってるから……ケッカのこと、頼むな」

 彼の言葉に、統治もまた、一度だけしっかりと頷いた。

 宮城の生どら焼だったら、霧原は『菓匠 榮太郎』の生どら焼が好きです。(https://kasho-eitaro.com/namadora.html)特にチョコ味がとても好きです。

 

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