プロローグ:差出人・名波華
始まります『エンコサイヨウ第6幕』は、前日譚が2本あります。
まずは桂樹編。彼に届いたこの手紙が、後ほど重要な役割を果たしますので……是非、覚えておいてくださいね。
この手紙を、あなたがどこで読んでいるのかは分かりません。
もしかしたら、あなたのところまで届かないかもしれません。
でも……本当に『縁』があるのだとすれば、きっと読んでもらえると信じています。
対面で冷静に話を進める自信がなかったので、手紙で伝えさせてください。
あの時、私を好きだと言ってくれてありがとう。
とても嬉しかったのは本当です。
でも、ごめんなさい。
私はあなたとお付き合いすることは出来ません。
それには、ちゃんとした理由があって ―― ……
私室の机の上にぽつんと置いてあった、白い封筒。
消印付きの切手、住所と宛名が記載されていることから、郵便で届いた事がわかる。心当たりは一切なかった。
誰からだろうと封筒を持ち上げ、裏をめくってみると……予想していなかった名前に、思わず目を見開いてしまう。
どうして。
そんな感情が指を伝い、小さな震えとして封筒を揺らす。
「……」
我に返って呼吸を整え、封を切る。中に入っている便箋を取り出し、罫線に沿って並ぶ横書きの文字を読み進めると、そこには更に予想すらしていなかったことが記載されていて……2枚の便箋を持つ手が小刻みに震えたことを、よく覚えている。
信じられなかった。
それだけ、突拍子もない内容だったのだ。
ただ、同時に……可能性がゼロだと思えない自分もいた。
自分の母親は再婚だし、あの人ならばやりかねない――家族だからこそ嫌になるほど分かる、決して排斥出来ない可能性。
彼女の勘違いであって欲しかった。
そんな出来すぎた話、ありえない……そう断言する根拠を得るために、久しぶりに部屋を訪ねた。
――さて、どうだったかな。
震える声で彼に尋ねると、軽薄な声でこんな答えが返ってきた。
否定をしないということは肯定しているということだと、彼自身が誰よりもよく分かっている。
足元がすくむと同時に――納得してしまう自分に、嫌気が差した。
全て、説明出来てしまうのだ。
名波華という女性が、名杙直系の自分とも違う、異質な能力を持っていることも。
自分が、彼女にとても近い感情を抱いてしまうことも。
何もかも……納得の行く『理屈』になってしまう。
「私のことは名杙も放っておきたいみたいだから、桂ちゃんも黙っててよね。ただ、世の中には君の知らないことも沢山あるってことだけ……覚えておくこと。私が伝えたいのはそれだけよ」
あの時、華から聞いた言葉が、彼に重たくのしかかった。
事実が、全てを肯定してしまう。
否定してほしいのに――根拠が、何もない。
部屋に戻った彼――名杙桂樹は、華からの手紙を握りしめて……座り込み、薄暗い天井を仰いだ。
初めて好きになった女性が、血のつながっている姉だったことを、一体どうやって受け入れればいいのか……答えが何も見えないままで。