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アンナ救出戦 2

 激しい戦いの音が、この重たい目蓋を揺り動かす。

 薄く開いた目蓋には、暗い天井が映っていた。

 それは所々が破損しており、そこから外の光が差し込んできている。

 その隙間からはゴブリンの顔と、その手に持った武器だけが覗いていた。


「痛っ!?・・・ここは?私、何を・・・?」


 動こうとすると、後頭部に痛みが奔る。

 それを押さえて周りを窺ったアンナは、まったく覚えがない周りの景色に戸惑った声を上げていた。


『そこだ!そこを壊せ!!』

『ここ?ここ?うがぁぁぁ!!!』


 外から聞こえる声も、異なる言語であればアンナには理解できない。

 しかしその声の響きに、彼女がいる場所示している事は伝わっていた。

 それが正しかった事は、すぐに証明される。

 彼女が見上げていた天井は、その全てを一撃で吹き飛ばされてしまっていた。


「嘘だろ!?せっかく強化したのに、そんなん有りかよ!!?」

「もう一度だ、シラク!とにかく時間を稼げ!!」


 天井が吹き飛ばされ通りがよくなった外気に、聞き覚えのある声が響く。

 アンナを守るために分厚く強化した壁を、一撃で吹き飛ばされたクロードは、ショックを受けて嘆きの声を上げていた。

 複数のゴブリンに囲まれて、それに構っている余裕はない筈のレオンはそれでも、アンナを守るにはそれしかないと、クロードへと必死に語りかける。

 アンナの目の前には、オーガの茶褐色で巨大な手の平が迫ってきていた。


「クロード様、レオン!!私は、痛っ!!?」


 戦いの気配と二人の声に状況をおぼろげながら理解したアンナは、自らの存在を彼らに伝えようとする。

 彼女が身体を起こしたのは、二人の姿を直接確認しようとしたからか。

 それは叶うことはない、彼女の身体はオーガに掴まれ持ち上げられていた。


「ああぁぁぁぁ!!!」


 オーガの圧倒的な腕力は、アンナの華奢な身体など簡単に握りつぶしてしまう。

 たとえこの数ヶ月に成長し多少頑丈になったといっても、それは種族の壁を乗り越えるほどではない。

 オーガという暴力の化身に締め付けられ、彼女は悲鳴を上げていた。


『力を弱めろ馬鹿!!絞め殺してどうする、そいつは人質だぞ!!』

『こ、こう?』


 苦痛に叫び声を上げるアンナに、彼女を人質として使いたいゴブリンは慌ててそれを緩めるように命令を下す。

 足元のゴブリンから下された命令に首を捻ったオーガは、不器用なその手にアンナを落としそうになりながらも、なんとか力を緩めていた。


「やばい!?アンナが捕まっちまったぞ!!?」

「分かってる!!何とか出来ないのか!?」


 巨体を誇るオーガの振る舞いは、どこからでも良く見える。

 そのためアンナがオーガに捕まえられた事は、レオンとクロードにもすぐに伝わっていた。

 目的の破綻と、より一層の状況の悪化に彼らは焦りを深めるが、二人ともお互いにその解決を相手に投げる事しか出来なかった。


「なんとかったって・・・」


 片手でアンナを守る壁の強化を、もう片方の腕で自らを守る壁を作っていたクロードは、大分ボロボロになった周囲の壁を見回すと、戸惑うように創りの力を両手に纏わせる。

 その姿に彼を取り囲んでいたゴブリンは、ざわつき始めていた。


『まただ、またあいつが何かするぞ!!』

『早く、早くそいつを遠くにやれ!!奪われるぞ!!』


 得体の知れない力は、過剰な恐怖を生み出す。

 クロードの力をその目にしたゴブリン達は、彼らが知っている魔法とはどこか違うその力に、恐れ戦いていた。

 力の発動を意識しただけで何をするかも決めていなかったクロードは、その反応に驚き戸惑い、彼らが口走った事に動揺する。


「え、そんなに?えーっと、不味いな・・・『そんな事は出来ないので、安心していいですよー』・・・なんか、おかしいな?」


 自らの力を過剰に恐れる彼らは、そのためにアンナを連れて撤退しようとしている。

 それを危惧したクロードは、どうにか彼らを思い留まらせようと能力を行使して声を掛ける。

 しかしその内容は、自らも首を傾げるものだった。


『こ、こいつ・・・俺達の言葉を!?』

『に、逃げろ!!早く逃げろー!!!』


 自分達の言葉が相手にも筒抜けだった事実に、ゴブリン達は皆一様に驚愕の表情を作る。

 彼らの言葉を理解する人間の存在というのは、大変珍しいものなのだろう。

 ましてやクロードのそれは、神に与えられた力によって完璧な翻訳が成されている。

 自分達の言葉を流暢に喋るクロードの姿は、彼らに思った以上の衝撃を与え、その存在を恐怖した彼らは、アンナを捕まえたオーガに一刻も早く逃げろと叫んでいた。


「なにをした、シラク!!?」

「いやー、向こうの言葉で話しかけてみたんだけど・・・不味かったかな?」


 様子の変わったゴブリン達に、その原因がクロードにあると当りをつけたレオンは、彼に問いただす。

 彼からすればクロードは、間の抜けたことを喋っていたに過ぎない。

 クロードが何をしたかを知った彼は初めて、先ほどの言葉が向こうにも伝わっていたと理解していた。


「っ!?情報を与えてどうする、馬鹿が!!!」 


 レオンの指摘は、クロードがせっかくのアドバンテージを相手に明かした事を示している。

 黙っていれば一方的に相手のやり取りを盗み聞く事が出来る能力は、相手に知られてしまえば効果が半減する。

 それでも無意味ではないが、わざわざ手放していい優位性ではなかった。


「くっそ!仕方ないだろ、必死だったんだから!?」

「それでも少しは考えて行動しろ、この馬鹿が!!」


 自らの軽挙な行動を叱責してきたレオンに、クロードは仕方なかったと言い返す。

 近寄ってきていたゴブリンを切り伏せたレオンは、それでもやりようはあったと彼を怒鳴りつけていた。


『こいつらは俺が食い止める、お前達は先に―――』

「邪魔だぁぁぁ!!!」


 レオンの行き先に立ち塞がって、他のゴブリンの撤退を促そうとしたデニスは、その言葉を言い切る前にレオンと衝突してしまう。

 アンナを追い掛ける事が優先の彼にとって、短槍を構えて防御の姿勢をとったデニスなど、相手にしている暇はない。

 レオンは剣の腹でデニスの槍を強かに打ちつけると、彼を進路から弾き飛ばしていた。


「シラク、ついて来い!!」

「えぇ!?そんな事言われてもなぁ・・・」


 戦場の一点を突破して駆け出していくレオンは、今だに自ら作った壁の中で戦況を眺めていたクロードに、ついて来いと促していた。

 彼の言葉に、クロードは戸惑ってしまう。

 それもその筈で今だ周辺にはそれなりの数のゴブリンがおり、戦闘能力の低い彼が壁の外に出ればあっという間に殺されてしまうのは目に見えていた。

 まして彼はその能力でゴブリン達に過剰に恐れられている、そのため彼が外に出れば半分のゴブリンは怯え、もう半分のゴブリンは狂乱の中で彼に殺到するだろう。

 そんな状況で容易に外には出られない、しかしアンナをこのまま放っておく訳にもいかなかった。


「しょーがない、これでいけるか?」


 地面に両手をつけたクロードは力を発動させると、その足元の土が盛り上がっていく。

 彼の周辺の地面は能力を乱発した結果、かなりの深さのクレーターが出来てしまっていた。


「うぅ・・・丸見えじゃんこれ。前が見えないと操作できないし、ひぃぃ!!?」


 今度は始めから座るための椅子を用意していたクロードは、その土の塔の先端に座ると不安げに呟きを漏らす。

 周りのゴブリンも今は彼の力に驚き戸惑っているが、彼らの中にも飛び道具を持つ者はいた。

 彼らにとって見れば、今のクロードはいい的だろう。

 不安げにきょろきょろと周囲を見回すクロードに、早速矢が飛んできていた。


「ひぃぃ!?勘弁してくれぇ!?ぐっ!!くそっ、治せるからって痛くねぇわけじゃねぇんだぞ!!」


 最初に飛来した矢は、クロードの近くの土へと突き刺さって終わる。

 それに悲鳴を上げた彼は、一発で死んでしまう可能性のある急所を守るために、身体を縮こまらせて頭を片手で覆っていた。

 次に飛来した矢が、その腕に刺さったのは幸運か。

 危険なままの状況に塔を伸ばすために片手しか使えない彼は、その矢を抜く事が出来ずに治療も満足に行う事ができない、そのため彼は悪態を吐いて不満を喚くしかなかった。


「いいぞ、シラク!!俺も乗せろ!!」

「あ、おい!?そんな風に作っては・・・ちょ!?」


 かなりのスピードで伸びていく土の塔は、あっさりと先行していたレオンに追いついていた。

 彼はその姿を見ると、飛び移ろうと手を伸ばす。

 クロードは二人で乗る事は想定していないと伝えようとしたが、それはすでにレオンが無理やり乗り込んできた後だった。


「ちょっと詰めろ・・・なんだ?」

「あぁ、やっぱり・・・うわぁぁぁ!!?」


 無理やりクロードが座っている椅子へと割り込んできたレオンは、彼にもっと詰めろと圧力を掛ける。

 それもどこかから響いてくる崩壊の音を耳にすれば疑問にも変わり、振り返った彼は崩れていく塔の姿を目撃していた。

 それはゴブリン達が、土の塔に対して攻撃を仕掛けていた事の方が影響が大きかったかもしれない。

 しかし最後の一押しをレオンがした事は間違いなく、クロードは嘆きに顔を覆うと、崩壊する塔と一緒に崩れ落ちていった。


「おい!?どうなってる!!?」

「お前が悪いんだろう!?だから無理だって言おうとしたのに・・・!」


 縺れるようにして地面へと叩きつけられた二人は、お互いに文句を言い合っている。

 地面へと転がった彼らの姿に、ゴブリン達も殺到し始めていた。


「ちっ!とにかく追うぞ!!」

「わ、分かった!」


 近づいてくるゴブリンの気配に、争っている場合でないと悟ったレオンはすぐさま立ち上がると、クロードに手を伸ばす。

 その行動に一瞬戸惑ったクロードも、彼の手を取るとアンナを追いかけ始める。

 浪費した時間に、その距離はかなり離れてしまっていた。

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