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アンナは怒りに任せてメイスを振るう

 森を駆け抜ける、少女の息は荒い。

 その心臓の鼓動はとっくに限界を超えているだろう、しかし彼女は止まろうとはしなかった。

 彼女は、前だけを見据えている。

 その目は向かう先にいるであろう父親の姿だけを望んでいた、そんな彼女に他のものなど目に入るだろうか。


「ぐぅ!?こんな事で・・・!」


 木の根に躓いたアンナは強かに頬を地面に打ちつけると、短く悲鳴を上げた。

 すぐに立ち上がり、または走り始めた彼女の身体は、良く見ればかなり汚れている。

 前だけを見据えて全力疾走しているアンナは、当然足元の注意を怠っており、度々木の根や石等に躓いてその身体を傷つけていた。


『そこまでだ!!』


 派手に地面へと転がったアンナは、当然全力のスピードを出すまでにそれなりの時間が必要だった。

 乗らない速度にゆっくりと前へと進んでいた彼女の前へと、立ち塞がる人影が現れる。

 それは小柄な彼女よりも同じ程度か、それよりも小さい体格の者達で、森の中においてはともすれば保護色ともなる、茶色の肌を持っていた。


「ゴブリン!?こんな所で!!」


 周りを取り囲みつつあるゴブリンの姿に、アンナは慌てて武器を手に取った。

 一心不乱に走っていた彼女も流石に武器や盾を捨ててはいなかったようだ。

 それも当然だろう、モラクスの話によれば父親は敵の手に捕らわれている、彼女はそれを救いにいくのだから。


『どうやら他の奴と合流する感じではないようだな。であれば、城の者に手を煩わせる事はない!ここで仕留めるぞ!!』


 ゴブリン達のリーダーなのであろう、短い槍を手に持ったゴブリンが周りの者へと呼びかけている。

 よく見れば彼は小柄なゴブリンにおいても体格が小さく、少年といってもいい年齢のようだった。


『いいのか、デニス?』

『もう姿を見せてしまったんだぞ?今更追跡など出来るか!!』


 デニスと呼ばれたリーダー格の少年のゴブリンに伺うように声を掛けてきたのは、彼よりは年かさそうなゴブリンだった。

 彼はデニスに思い留まるように促していたが、彼はその言葉を振り切るように前へと進み出ると、槍を構えてアンナへと戦うの姿勢をみせていた。


「邪魔をするなぁ!!」


 アンナの周りにはいつの間にか、ゴブリン達による包囲が出来上がっていた。

 その人数はアンナ一人を捕らえるためには十分だが、逃げ場を無くすには少ないように思える。

 今のアンナの実力を持ってすれば、一点突破を試みて逃亡する事は可能だったかもしれない。

 しかし父親を助けに行くことしか頭にない彼女は、それを選ばない。


『ぐっ、こいつ!?突破するつもりか!?』


 盾を構え前進したアンナは、その手に持ったメイスを振り下ろす。

 彼女から仕掛けてくるとは思っていなかったデニスは、どうにかそれを槍の柄で受け止めていた。

 彼女の進行方向に回り込んで部隊を展開した関係上、デニスが立っている場所が一番分厚く守られている。

 突破を狙うとしても、そこを狙ってくるとは思えない、彼の反応が遅れてしまったのも仕方のないことだろう。


「・・・その、槍。ヨランダの・・・お前が、お前が殺したのか!!!」


 受け止められたメイスに、近くその槍の姿を目にしたアンナは、それがヨランダの短槍だと気づいてしまう。

 逃亡の必死さと、それからの忙しくも穏やかな日々が癒してくれた傷跡は、その実今だ瘡蓋が塞いでいただけに過ぎなかった。

 目の前に友達の、自らを庇って死んでいった人の敵がいる。

 それを許せるだろうか、痛む傷跡は感情に切れ目を入れて、彼女の心の瘡蓋は今、剥がれていく。


「殺してやる、お前は私がぁぁぁっ!!!」

『なんだ、くそっ!?』

『まずい!?デニスを殺させるな!!』


 怒りの絶叫を上げながら襲いかかってくるアンナに、デニスは為す術がなく防戦一方となっていた。

 彼はどうにか巧みに槍を動かして彼女の攻撃を凌いではいるが、それもいつまで持つとも分からない。

 その状況に焦りの声を上げた先ほどのゴブリンが、周りをけしかけてデニス救援に向かう。

 その人数はそれほど多くはなかったが、その動きに影響されて徐々に包囲の輪は小さくなっていった。


「この、この、このぉ!!!」

『・・・単調なんだよ、おらぁ!!!』


 怒りに任せたアンナの攻撃は、迫力と重さには確かに長けていたが、それに慣れてしまえばただ単調なだけの大振りだ。

 防戦一方の中でもそのリズム徐々に慣れていったデニスは、彼女の振り下ろすメイスに合わせて短槍を振り上げていた。


「くっ、このぐらい!」

『遅い!!』


 槍の石突で弾いたメイスは、その狙った軌道を逸らしただけ。

 しかしそれを狙ってやったデニスと、望まない結果となったアンナでは、その後の体勢で雲泥の差があった。

 振り切ったメイスを戻す事を諦めて、アンナは盾でデニスの攻撃を防ごうと試みる。

 それを読んでいたデニスは、軽く飛び上がると盾の上からアンナの頭を狙って槍を突き出していた。


「間に合わ・・・ぁ」

『大丈夫か、デニス!?』


 後方から粗末な棍棒によって頭を殴られたアンナは、意識を失うとそのまま崩れ落ちていく。

 狙いを失ったデニスの槍は、彼女の後方から現れたゴブリンへと刃を向けるが、ギリギリでどうにかそれを引っ込める事に成功していた。


『・・・余計な事を』


 着地したデニスに、支え失った盾が地面を叩いて鈍い音を立てる。

 彼は地面へと倒れ伏せたアンナへと集まっているゴブリン達から顔を背けると、ポツリと独り言を呟いていた。


『何か言ったか?それより、こいつをどうする?殺して食うにしても、全員には行き渡りそうもないな・・・』


 倒れたアンナの服を捲ったゴブリンは、その小柄な身体と細い四肢に食べれそうな部分は少なそうだと、残念がっていた。

 彼らの部隊は十人に満たないほどだろうか、確かにその数で分けるには少ないように思える。


『待て。アクスやヴァイゼ達の方が成功しているとも限らない。こいつは人質に使える、今殺すべきじゃない』

『そうか?お前がそう言うのなら、それで構わないが。あの人達が失敗するものかな?』


 気を失っているアンナに、さっさと止めを刺そうとしているゴブリン達は、思い思いに欲しい部位を口にしていた。

 しかしデニスは、それに待ったを掛ける。

 彼は別れたアクス達への心配を口にする、その言葉に先ほど彼に話しかけてきたゴブリンは納得しながらも、どこか不思議そうに首を捻っていた。


『・・・分からないさ』


 デニスは一人、震える腕を隠していた。

 アンナの大振りの攻撃は狙いが見え見えで容易に防ぐ事ができた、それでもあのまま続いていれば押し切られていたのは彼の方だっただろう。

 相手が怒りで我を忘れていたから勝てた、彼はそれを知っていた。

 それに彼女の腰の辺りに繋がれている魔法を扱うための杖をみれば、彼女がその本領を発揮していなかった事は明らかだろう。


「・・・ぁ、クロ・・・様、ごめ・・・い・・・」

『おい、意識を取り戻したぞ!!早く・・・!』


 混濁した意識にうっすらと目蓋を開いたアンナは、自らの過ちだけをその頭に刻み込んでいた。

 彼女はここにはいない誰かの事を思い描く、自らを気に掛けて優しくしてくれた誰かの事を。

 その口から漏れた謝罪の言葉も掠れて消えた、彼女の意識が戻ったことに気がついたゴブリン達が俄かに騒がしくなっていく。


『・・・眠ってろ』


 慌しく棍棒やら石やらを取り出しているゴブリン達の中、一人冷静にデニスは短槍を振り下ろしていた。

 強かに頭を打った短槍の衝撃に、アンナの意識は再び闇へと戻っていく。

 彼女は最後に、自らを運ぶ手筈を整えているデニスの背中を見ていた。

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