最後の昼餉
「くそっ!逃げられた!!」
イダに助け起こされたエミリアは、慌てて辺りを見渡すがそこに二人のゴブリンの姿はなかった。
彼女は怒りと不甲斐なさに地面を蹴りつけ、それに飛ばされた石ころが川へと落ちて音を立てる。
「それよりも!ティオ、あんた大丈夫なの!!」
「にゃ~・・・ティオは平気にゃぁ」
不満をぶつけた事で怒りが晴れて思い出したのか、矢で撃たれたティオへと駆け寄るエミリアに、イダもついていく。
彼女達の方へとゆっくりと歩いてきていたティオフィラは、矢を抜いた傷跡を押さえながら健気に笑みを作っていた。
「こんな時にあいつは!!あいつが取ってきたハーブに、止血効果があるのがあったはず!ついてきなさい!!」
「にゃ~、本当に大丈夫なのにゃぁ」
「いいから!!」
痛みを堪えて懸命に笑顔を作るティオフィラの姿に、エミリアはここにいないクロードへと怒りをぶつける。
彼女はティオフィラの腕を強引に引くと、彼女達が拠点としている洞窟へと引っ張っていく。
治療の力を持つクロードがいる状況で、止血効果のあるハーブなど必要ない筈だ。
事実それは食用に採取されたものであり、薬効を期待したものではなかった。
「・・・クラリッサ」
「エミリアちゃんが、ティオちゃんを連れて行ったのね。私達も行きましょう、少しは食べとかないと・・・」
「・・・ん」
近寄ってきたクラリッサに振り返ったイダは、彼女に付き従って洞窟へと戻っていく。
彼女はどこか悲しげだった、それはこの後の展開を悟っているかもしれない。
食事の準備を中断された彼女達は当然のように空腹だ、それを満たす必要性を口にしたクラリッサは、この後しばらく食事を取れない事を示唆していた。
「アンナが帰ってこないのは、彼らに捕まったから?エミリアがモラクスさんと何が話していたから、何か情報を・・・あぁ、彼も埋葬してあげないと」
クラリッサは歩きながら思考を巡らせる。
深刻な事態に彼女の表情には焦りと不安の色が濃い、その顔色をイダは心配そうに見上げていた。
「・・・ボクがやろうか?」
「ありがとうイダちゃん。そうね、その時はお願いするわ」
服の裾を引いてモラクスの埋葬を買って出たイダに、クラリッサは優しくその頭を撫でる。
彼女の表情には薄い微笑が戻る、しかしそれも一瞬の事だった。
「・・・この拠点は敵に見つかってしまったと考えるべきね。それをクロード様達にも伝えないと・・・イダちゃん、キュイと一緒に報告しに行ってくれる?」
「・・・うん、分かった」
仕留め損ねた二人のゴブリンに、ここの事が敵に伝わるのは時間の問題だろう。
それも楽観的な考えであり、とっくに敵にばれており、今この時も大軍が押し寄せてきているのかもしれなかった。
クラリッサは一刻も早くここを放棄するしかないと結論を下す、そしてそれは別行動中のクロード達にも伝える必要があった。
「さぁ、とにかく食事にしましょう!保存食はまだ残っている筈、好きに食べていいわよ!!」
「・・・うん」
食料の浪費のお許しが出ても、イダの表情は冴えない。
それはそれが、ここでの最後の食事になると分かっているからか。
半年ほどの期間過ごし、愛着も沸いてきた洞窟へと戻る二人の足取りは重い。
その後の食事も、決して明るいものではなかった。