二人のゴブリンは、戦況を見極め決断を下す
『おいおい、あいつらやばくねぇか?』
『遠からず敗北するだろうな。それも対して被害を与えずに、な』
少女達を包囲するゴブリンの輪から少し離れた所で、立派な体格のゴブリン二人が戦況を眺めている。
彼らは安全な距離から戦況を眺め、必要とあれば援護を行い、ともすれば美味しい所を奪っていこうと考えていた。
しかしその二人の表情には今、焦りの色が浮かび始めている。
それは圧倒されつつある戦況を見れば、一目瞭然だろう。
『マジか?あいつら・・・多分ガキ共だろう?それが・・・どういう事だ?』
『分からん。しかし、奴らが強者である事は間違いない事実。我等が加わった所で、一人仕留めるのがやっとだろうな』
人数を考えればこちらが一方的に勝利する筈だった戦いに、獣の皮を被ったゴブリンは戸惑いの声を上げる。
弓を持つゴブリンは冷静に戦況を分析すると、圧倒的な分の悪さを導き出していた。
その分析は彼がまともに援護を行うことが出来れば、変わった結果を導いていたかもしれない。
しかし、崖の突端が突き出た場所は上からの援護を難しくし、対岸から狙おうにも雨で増水した川を渡るのは危険が伴った。
『で、どうするよ?今の内に逃げちまうか?』
『報告の兵は出した。監視のための兵士も念のために配置している。ふむ、確かに我等が逃げ帰っても、十分に任務は果たした事になるな』
相棒の見立てを信用しているのか、獣の皮を被ったゴブリンは唇を歪めながら逃亡を提案する。
その言葉に弓を持つゴブリンは自らが行った事を確認すると、自分達が逃げても何も問題ないという確信を口にしていた。
『へっ、そうかい。じゃあ、さっさと逃げようぜ?そろそろやばそうだ』
相棒の言葉に、逃げた後の事を心配する必要もなくなった獣の皮を被ったゴブリンは、皮肉げな笑みを漏らすと唸り声を上げる狼の頭を撫でる。
彼の視線の先では次々にゴブリン達が倒れ伏せ、戦いの趨勢が決まろうとしていた。
『思ってもない事を口にするなよ、アクス?お前は戦うつもりだろう?』
『はっはぁ!ばれたか!どうにも、強い奴ってのに目がなくてね。女子供ってのがちと不満だが、まぁ悪かない!』
半端に逃げ出そうとポーズを取るアクスに、弓を持ったゴブリンは呆れたように溜息を吐く。
彼の指摘に笑い声を上げたアクスは、その獣の皮の下から鉈の様な大柄な刃物を取り出すと、それを打ち付けていた。
その様子に彼によって宥められ大人しくなっていた狼達が、再び激しく唸り声を上げ始めている。
『で、お前はどうするんだヴァイゼ?わざわざ付き合うことはないぜ?』
刃物についた錆を取るように刃を削っていたアクスは、ヴァイゼに対して暗に逃げることを促していた。
本人自体が接近戦を好み、手懐けた獣を使役する事によって集団とも戦う事ができるアクスと違い、遠距離での射撃がメインのヴァイゼはこの状況には向いていない。
しかも彼の本領は、自らの存在を感付かれていない状況での狙撃にある。
それを考えれば、ここで退くのが賢い選択だった。
『あぁ、逃げるさ・・・っと、言いたい所だがな。私も付き合うよ、お前をここで死なせる訳にもいかないからな』
しかし、彼は戦う事を選択する。
それはなにもアクスに対する友情でも、彼自身の誇りや欲望でもない。
それは同胞である、ゴブリンの立場のためであった。
出世頭だったホルガーが戦死し、エイルアン城のゴブリンは苦境にある。
そんな状況に、実力者であるアクスを死なせる訳にはいかない。
彼の性格から戦うのを思い留まらす事も不可能だと悟っていたヴァイゼは、残る事を選択するしかなかったのであった。
『あ?俺だって別に死ぬつもりは・・・ほら、その、適当になんか逃げるさ』
『適切なタイミングを見計らうことが出来れば、お前なら問題ないだろうよ。しかし戦闘の最中、お前にそんなことが出来るか?』
『はっ、無理だな!戦いってのはどうも、楽しくっていけねぇ』
ヴァイゼの彼を心配するような発言に、アクスは言葉を濁すと曖昧な返事を返していた。
事実として、獣を多く従わせている彼がその気になれば、逃走は容易だろう。
しかしヴァイゼは戦いが始まってしまえば、彼がその気になる事はないと考えていた。
そしてそれは、アクス本人も同じように感じる事であった。
『そうであるから、私がタイミングを見て指示を出すさ。私が先に死んだ場合は、すぐに逃げてくれ』
『お前がか?それはない!俺を見捨てて逃げるならまだしもな!』
『・・・その時は、恨むなよ?』
森の中を逃げるのならまだしも、こんな遮るものもない川原を一人で逃げる事はヴァイゼにも不可能だ。
彼が逃げるきるためにも、時間稼ぎを幾らでも行えるアクスの協力が不可欠だった。
言い聞かせるような彼の言葉はそれでも、アクスの生存を願って続いている。
その言葉を笑って否定したアクスに、ヴァイゼもまた皮肉げな笑みを返していた。
『っと、そろそろ決着がついちまいそうだな。行くぞぉ、お前らぁぁぁ!!』
話し込んだ時間に、少女達とゴブリン達の戦いは終りを迎えようとしていた。
その様子にアクスは拳を振り上げると、狼達をけしかける雄叫びを上げる。
唸り声を上げていた彼らは、それに呼応すると激しい鳴き声を上げ始め、それに満足したアクスは彼らを引き連れて突撃を開始していた。
『やれやれ、何でこんな事に・・・』
突撃していくアクスに、取り残されたヴァイゼはどこか疲れたような溜息を漏らす。
彼はゆっくりと弓を引き絞ると、小柄な少女に狙いを定めていた。




