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崩壊は突然に

 吊るされ、解体されていく猪の下に血の溜まったバケツが置かれている。

 焼き付けて止血した傷口を開いて血を抜いていく作業は時間が掛かるだろう、その間にクラリッサやイダは猪の毛皮を剥ごうとしていた。

 彼女達の作業を眺めていたティオフィラは、血が溜まったバケツに慌てて新しいそれと入れ替える。

 ティオフィラから血の溜まったバケツを受け取ったエミリアは、その中身に気持ち悪そうに顔を顰めると、クロード達がいるであろう方向へと顔を向けていた。


「まったく、男共はどこをほっつき歩いてんだか・・・ねぇ、そういえばアンナがまだ帰ってきてないけど、流石に遅くない?」


 昼時に近い時間に、そろそろ一度は拠点に戻ってきてもいい頃合いだ。

 必要なものだけ回収して、さっさと川へと流してしまいたい血溜りに、エミリアは帰還の襲い男共への愚痴を零す。

 その過程でもう一人の不在者を思い出した彼女は、周りの皆へと心配の言葉を投げ掛けていた。


「確かに、そうね。彼女が帰ってこないと昼食の準備も滞ってしまうし・・・ちょっとアンナに頼りすぎね」

「にゃー!お腹すいたにゃー!!」

「・・・猪肉」


 一通りの毛皮を剥ぎ終えたクラリッサは、ナイフを拭うとそれを所定の位置へと仕舞っていた。

 彼女はエミリアの心配を肯定すると、食事の準備をアンナに頼りすぎていた現状の反省を口にする。

 彼女の言葉に昼食の時間が遅れる事を察したティオフィラとイダは、それぞれに悲しげな表情で悲鳴を上げていた。


「私、見てくる!」

「一人で平気?誰か・・・」

「大丈夫よ!クラリッサは昼食の準備をしておいて、ある程度ならあなたにも出来るでしょう?」


 友達の事が心配なエミリアは、傍らに置いてあった斧や弓を手に取ると、それを装着し始めていた。

 彼女の行動を止めようとはしないクラリッサは、それでも心配げな視線を向けている。

 その視線を受けたエミリアは彼女の言葉を遮ると、その傍で蹲っているティオフィラとイダに視線を向けた。

 腹ペコの二人にはこれ以上の辛抱は酷だろう、簡単な作業でも食事の準備を進めていれば彼女達の気も晴れるはずだ。


「それじゃ、行ってくるから。後はよろしくね!」

「にゃー!早くつれて帰ってきて欲しいにゃー!!」

「・・・お頼み」


 装備を整えたエミリアは軽く手を掲げて少女達に挨拶すると、そのまま半回転して駆け出していく。

 彼女の後姿をティオフィラとイダがそれぞれの仕草で見送っている、その後ろでクラリッサが吊るされた猪から必要な部分を小さく切り出していた。


「誰っ!?」

「エミリア?どうしたの?」


 崖になっている川辺に、それを上るためのスロープはクロードが作ったものだ。

 それの中腹辺りまで上っていたエミリアは鋭い声を上げると、短弓を手に取る。

 彼女は崖の上の森に向かって短弓を構えていた、その様子にクラリッサは作業の手を止めるが、まだ事態は飲み込めていなかった。


「・・・エミリア?エミリアなのか?」

「・・・モラクスさん?嘘っ!?本当にっ!?」


 森の中からゆっくりと姿を現したのは、ボロボロで血塗れの男だった。

 彼はエミリアの顔を見るとその震える腕を伸ばす、その瞳はうまく焦点が合っていないようで、伸ばした腕も彼女の姿を捉えてはいない。

 森から現れたのが人であった事ですぐに弓を下ろしたエミリアは、その顔を見ると驚愕に目を見開いていた。

 自分達以外の生き残りはいないと覚悟していた彼女にとって、目の前の存在は幽霊をその目にしたのと等しかった。


「大丈夫ですか、モラクスさん!?くっ、こんな時にあいつはっ!!」

「俺の事は、いい・・・それより、城に皆が・・・!?」


 今にも死んでしまいそうなモラクスの様子に心配の声を上げたエミリアは、ここにいないクロードに対して悪態を零す。

 スロープを駆け上っていくエミリアに、モラクスはゆっくりとそれを下りながら彼女へと語りかけていた。

 それも急に途切れて終わる。

 その頭には、矢が突き刺さっていた。


『なるほどなぁ・・・こんな所まで逃げてたのか。道理で見つからない訳だぜ』

『報告よりも、人数が少ないようだが?』

『あぁ?そんなのとっ捕まえて聞きゃいいだろ?確か簡単な言葉なら話せる奴がいたろ』

『最悪、ここで待っていれば戻ってくるか・・・いいだろう。殲滅するぞ』


 森の奥から獣の皮を被ったゴブリンと、弓を手にしたゴブリンが進み出てくる。

 彼らはエミリアと、その奥の川原にいるクラリッサ達を眺めるとなにやら会話し始めていた。

 弓を手にしたゴブリンは、その最後に片手を掲げて前へと振り下ろす。

 森の奥から幾つもの足音が響く、それは爛々とした輝きをその双眸に放つゴブリンの部隊だった。


「エミリア!?なにがあったの!!?」


 スロープを転がり落ちて行ったモラクスの死体は、その勢いにクラリッサ達の目に触れる場所まで転がっていっていた。

 緊急事態を悟ったクラリッサは自らの武具を簡単に整えると、エミリアへと駆け寄って声を掛ける。

 彼女の後方では特に装備を整える必要のないティオフィラが、イダが装備を装着するの手伝ってあげていた。


「敵よ!皆、戦う準備を!!」

『ぐぎゃ!?』


 敵の数が多いと悟ったエミリアはスロープから飛び退くと、離れ際に矢を放っていた。

 彼女は先頭に現れたリーダー格の一人に狙いを定めていたが、獣の皮を被ったそのゴブリンは簡単にそれを躱してみせる。

 狙いを外した矢は彼の後方へと流れていくと、その後ろから現れたゴブリンの肩へと命中する。

 短い悲鳴を上げたそのゴブリンは、痛みに注意が逸れた足取りのまま崖を転がり落ちていってしまう。


『ほう、やるな。これはどうだ?』


 崖を転がり落ちたゴブリンは、その高さに頭蓋骨を粉砕して絶命する。

 その様子を眺めていた弓を手にするゴブリンは、退いていくエミリアに狙いを定めると、その背中へと矢を放っていた。


「舐めるなぁ!!」


 身体を回転させてその手にした獲物を振るったエミリアは、斧の刃の腹で飛来した矢を叩き落していた。

 それは面積の広い刃に頼った行動であったが、重たい斧は彼女の身体を傾けて矢の軌道から逸らしてもいる。

 結果としては最良のものが現れた偶然は、矢を放ったゴブリンに怪訝な表情をさせていた。


『後ろから撃たれた矢に反応した?見えていたのか・・・?』


 彼女の才能である直感を知らない彼にとっては、その行動は奇妙にも映る。

 すでに火蓋を切られている戦いは、首を捻る彼を置いて進んでいく。

 崖の上に一人取り残された彼は、ゆっくりと次の矢を番えていた。

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