ゴブリン達の思惑
『おい、あの女行っちまうぞ。放っておいていいのか?』
アンナとモラクスのやり取りを眺めていた二人のゴブリンは、立ち去って行った二人に茂みから顔を上げる。
獣の皮を被り、顔や身体のあちこちを緑や白に塗ったゴブリンはアンナが去っていった方へと注意を向けると、隣のゴブリンに疑問を投げかけた。
『あの方向は城に向かったのだろう・・・とはいえ、放っておくのはな。おい、誰か!』
『っはは!』
隣にいたゴブリン、立派な弓を手に持つ彼が声を上げると、後方から新たなゴブリンが現れる。
そのゴブリンは前の二人に比べると体格、装備両面で明らかに劣っており、二人よりも格下なのが見て取れた。
『あれにも追っ手を差し向けろ。分かっていると思うが、誰かと合流するかもしれん。簡単に捕まえるなよ?』
『っは!』
弓を持ったゴブリンはアンナが走り去った方を指差すと、部下に対して命令を下す。
彼の前に控えるゴブリンは、ただひたすら畏まって頭を下げると、すぐに走り出していった。
『・・・あいつらに任せて大丈夫なのか?なんなら俺がやってもいいが?』
『構わん。本命はあくまでもあの男だ、お前にはここにいてもらわないと困る』
『へ、そうかい』
走り去っていくゴブリンに、不安そうな視線を向けた獣の皮を被ったゴブリンは、隣に傅いていた狼を撫でてはその力をアピールする。
弓を持ったゴブリンは、その提案を考えるまでもなく却下していた。
彼にとってはモラクスの方が重要であり、それを確実に追跡するためには相棒の力が必要不可欠だった。
『それよりもよぅ、何で城の連中は人間共を生かしとくんだ?殺して食っちまった方が楽だろうに』
獣の皮を被ったゴブリンは、前々から疑問に思っていた事を相棒に問いかける。
彼にはわざわざ人間共を捕まえて、捕虜にする事の意味が分からなかった。
捕虜にすれば彼らを入れて置く場所が必要になり、食料も監視の人手も掛かる。
そんな事をするぐらいなら、殺して食ってしまえばいいというのが彼の考えだった。
『・・・そのお陰で、こうしてあいつらの拠点を突き止めようとしているんだろう?』
『あぁ、なるほどな』
彼の発言に沈黙した弓を持つゴブリンは、どこか呆れたようだった。
彼はモラクスが歩いている方を指差すと、その向かう先を示唆する。
自分達が何故ここにいるかという、根本的な事実を失念した獣の皮を被ったゴブリンの言葉に、彼は溜息を吐いていた。
『じゃあよう、これで拠点を見つければ捕まえている連中は必要なくなるのか?』
『そうなるだろうな。拠点を見つければ報告を向かわせる、それが着き次第処刑されるだろう』
獣の皮を被ったゴブリンはどこか嬉しそうに相棒へと問いかける。
彼は捕虜とされている人間共に不満を持っており、彼らを殺せる事を楽しみにしていた。
城に詰めている魔物達の中でゴブリンの地位はお世辞にも高くなかった、それはヴィラク村の進攻部隊を指揮していたホルガーの死と、その失態の影響もあった。
捕虜に必要な食料は、どこかから削り持って来る必要はある。
それは当然の如くそんな彼らを真っ先に対象にする、そのため彼は捕虜の人間共をいつか殺して食ってやろうと心に決めていた。
『あぁ?それじゃあ、俺が奴らを殺せないじゃねぇか!』
『仕方ないだろう?今は一つ一つ仕事をこなしていくしか・・・もう十分距離が離れた、追跡を再開するぞ』
密かに心に決めていたことが実現できないと知り、不満を露にする獣の皮を被ったゴブリンに、相棒のゴブリンはどこか諦めたように肩を竦める。
彼は失った信頼を取り戻すには、目の前の仕事を堅実にこなしていくしかないと考えていた。
彼の視線の先にはモラクスの姿が消えており、その足音も随分と遠ざかっているようだった。
『ちっ!ホルガーの旦那もつまんねぇ事してくれたな!!・・・そういえば、あいつはどうしてる?』
『ついて来てるだろう?・・・もしかすると、あの女の追跡に向かったかもしれんがな』
二人は後方を振り返ると、その先にいるはずの後続部隊に視線を向ける。
彼らはその中にいる筈の、誰かの事が気になる様子だった。
『これも失敗したら事だ、頼むぞ』
『分かってるって』
弓を持つゴブリンに背中を叩かれた獣の皮を被ったゴブリンは、そのまま前方へと注意深く進んでいく。
その少し前を狼を地面へと鼻を向けながら、モラクスの匂いを嗅ぎ分けていた。