森の中で出会ったケモノ
「ふっふふ~ん、あ!あっちにもある!これは、ミツバニラかな?若芽もあればサラダに使えそう」
上機嫌に鼻歌を歌いながらハーブを集めているアンナは、その腰に括りつけた袋にそれらを詰めていく。
それだけで飽き足らない彼女は、終いにはその盾の内側にもハーブを集め始めていた。
今、摘んだ草を鼻先に近づけて匂いを確かめた彼女は、軽く山になっている盾の内側へとそのハーブも放っていた。
「向こうの方にあるかな・・・誰っ!?」
生食にも適しているミツバニラの若芽を探すアンナは、ハーブを潰してしまわないように慎重に周辺を探索し始める。
その途中に聞こえた足音に、彼女は素早く腰に下げたメイスを手に取ると、誰何の声を上げていた。
彼女はハーブが山盛りにされた盾にも目をやるが、それを諦めると腰のステッキへと手を添える。
この数ヶ月の間に、彼女はメイスを使った戦いにもある程度の自信を得ていた、強化魔法を使って万全を期せば、盾がなくとも遅れは取りはしない。
「・・・アンナ?アンナなのか!?」
「・・・?っ!?モラクスさん?まさか、本当に!?」
木々の向こうから現れたのは、全身傷だらけの青年だった。
彼はアンナの顔を見詰めると、涙を溢れさせその肩へと掴みかかる。
最初は戸惑っていたアンナも、同じヒューマンの青年の姿に警戒は解いていた。
しかしその戸惑いも、汚れた顔に見知った面影を見つければ驚きにも変わる。
「モラクスさん!ヴィラク村の皆は、皆はどうなったんですか!?」
「皆、捕まった。そこで酷い仕打ちを受けているが、なんとか生きている筈だ」
「そんな!?でも、それならきっと・・・!」
ヴィラク村に残った兵士であったモラクスに、彼女はあの後の村の状況について尋ねていた。
モラクスは辛そうに顔を伏せると、そこであった事実とその後の顛末を告げる。
それは辛い内容ではあったが、希望がないものではなかった。
成長し確かな力を身につけた自分達に、アンナは救出の望みを抱いていた。
「そんな事はいい!そんな事より、アンナ!君に伝えなければならない事がある!!」
「い、痛いですよ、モラクスさん」
さっきまで辛そうに顔を伏せていたモラクスは、急に興奮したようにアンナの肩を強く掴むと、それを激しく揺すっていた。
その力に、アンナは弱弱しく悲鳴を漏らす。
成長した彼女にその痛みはそれほどのものではない、彼女が恐れたのはその痛みよりも彼の血走った表情だった。
「君の父上、エドモン・トゥルニエ将軍は生きていらっしゃる!!私はその目で確かに見た!彼は生きている!!」
「お父、様?・・・お父様が?」
錯乱しているような振る舞いを見せるモラクスの口調は叩きつけるような声量で、それを間近で受けるアンナには逆に聞き取り辛くもあった。
しかし、その内容は聞き逃す筈もない。
モラクスが撒き散らす唾が、迷って震える目蓋を垂れる、驚きに見開いた目を細めたアンナは、その端から涙を溢れさせていた。
「本当、本当ですかモラクスさん!!お父様が、お父様が生きて、生きているんですか!!?」
「あぁ、あぁ!!間違いない、彼は生きていらした!私はそれを・・・」
激しい感情は力の強弱も逆転させる、震わせる肩にモラクスの手を振り払ったアンナは、今度は彼の両肩を掴んで激しく揺すり始めていた。
彼女は涙を零しながらモラクスに詰問する。
その迫力に押されながらも、彼は彼女の望む事実を答えていた。
「本当に・・・あぁ、良かった。お父様、本当に・・・っ!お父様はどこに!?どこにいたんですか!!?」
「それは、ぐっ!?私のいたエイルアン城だ。そこに彼も捕らえられている」
モラクスの言葉に父親の生存を確信したアンナは、崩れ落ちるように地面に膝を折り、滂沱の如く涙を流し始める。
神に祈るように両手を組んだ彼女は、父親の生存に感謝の言葉を紡ぐが、それも一瞬の事ですぐにモラクスへと再び掴みかかっていた。
彼女の望みは父親の居場所だ、喜びに振り切れた彼女の力は強く、モラクスは思わず小さく悲鳴を上げる。
彼はヴィラク村近郊の城、かつてはモランヌ伯デジエが城主を務めたエイルアン城の名を告げていた。
「エイルアン城!そこなら私も行ったことがあります!ここからなら・・・お父様!!待っていてください!!!」
「アンナ?アンナどこに、ぐぅ!?」
その城の名に、かつて父親と共に登城した記憶を思い出したアンナは、そこまでの道程を頭の中で思い描くと飛び出していってしまう。
彼女のその振る舞いを止めようとしたモラクスは、激発する感情ままに暴走する彼女に突き飛ばれていた。
足りない血液に力まで失っている彼に、今のアンナを止めろと言うのは無理な注文だろう。
地面へと弾き飛ばされた彼は、強かに頭を打ってしまっていた。
「く、くぅ・・・ここは?アンナ、アンナはどこにいったんだ?あぁ・・・そんな事より行かないと、行かないといけない・・・」
拷問によってつけられた古傷は痛み、逃げていく際に出来た新しい傷はすでに膿み始めている。
地面に叩きつけられ寸断した意識は、モラクスの混濁した意識をさらに加速させていた。
彼にはもはや前後の感覚も、連続した記憶も曖昧だ。
ふらふらと立ち上がった彼は、ぶつぶつと何事かを呟き続ける。
全てを失っていく彼にも、一つだけ確かな事があった、それに向かい彼は歩き始めていた。
「行かないと・・・伝えるんだ・・・行かないと」
ボロボロの彼は歩き続ける、その方向は偶然にもクラリッサ達が向かう方向と同じだった。
それが彼の執念だったのか、単なる偶然だったのかは、もはや誰にも分からない。