いつもと同じ、日々の始まり
陽光の日差しを浴びながらも、吹いた風に僅かに肌寒い。
動きやすさを重視して肌の露出した服装を選んだクラリッサは、肩を震わせてその寒さを凌いでいた。
今日の訓練へと向かう準備をしていた彼女は、それに飽きて遊び始めているティオフィラとイダを眺めている。
前日の雨によって僅かに増水した川は流れを速めている、その端っこで水飛沫を上げている二人は、若干危なっかしくもあった。
「二人ともー!あんまり向こうまで行っちゃだめよー!!」
「にゃははは!分かってるにゃー!!」
水辺で遊んでいる二人は、今はまだその端の安全な場所で戯れているに過ぎなかった。
しかし楽しげに笑い声を上げる二人の姿に、いつ遊びに夢中になって周りを見れなくなるか分かったものではない。
クラリッサは大声で二人に注意を促すと、その声にティオフィラが笑い声を上げながら振り返り、手を振り返していた。
「・・・隙あり」
「にゃあ!?やったにゃー!!これでも食らうにゃー!!!」
ティオフィラがクラリッサへと注意を向ける中、川に浸した布に水を溜め込んでいたイダは、それを彼女に向かって投げつける。
顔面にもろに食らった水の固まりに悲鳴を上げたティオフィラは、形だけの怒りの声を叫ぶとイダに向かって飛び掛っていった。
「ちょっと二人とも!?」
ティオフィラの突撃を受けたイダは、その勢いに押されて水辺から川へと転がっていく。
大きな水柱を上げて川の中へと消えた二人の姿に、クラリッサは慌てて駆け出していった。
「にゃははは!思い知ったにゃ!!」
「ティオちゃん大丈夫!?早くこっちに!」
川の水面から顔を出して、笑い声を上げて勝ち誇ったティオフィラは、そのまま犬掻きのような動きで川辺へと向かう。
水辺から川へと足を進めるクラリッサは彼女に手を伸ばすと、その身体を川から引き上げていた。
「にゃぁ~、ありがとにゃ」
「・・・イダちゃん?イダちゃんはどこ?」
クラリッサに助けられて川から上がったティオフィラは、身を震わせて水気を払っている。
その水飛沫から顔を背けたクラリッサは、川に沈んだもう一人の姿を探す、ティオフィラがやってきた方に視線を向けても、その姿は見つかることはなかった。
「・・・助けて」
その静かな声は、クラリッサが視線を向ける場所よりもずっと下流から響いていた。
流れの速い川に身を任せながら、ぷかぷかと浮かぶ事しか出来ないイダは、両手を掲げて助けを求めている。
「イダちゃん!?」
「にゃ!?テ、ティオも手伝うにゃ!!」
思ったよりも流されてしまっている彼女の姿に、クラリッサは慌てて川岸に上がると走り始める。
流石にその姿に責任を感じたのか、ティオフィラも跳ねるようにして川岸に上がると、クラリッサを追い越さんばかりに駆け出していた。
「・・・あれ?クラリッサ、どこに行ったの?」
整える装備が多いためか送れて洞窟から出てきたエミリアは、待っている筈のクラリッサの姿がないことに疑問の声を上げる。
「ごめーん、キュイにご飯あげてたら遅くなっちゃって・・・あれ、どうしたのエミリア?」
「アンナ。それがクラリッサ達がいなくて、あなた知ってる?」
「ううん」
遅れた事を謝罪しながら駆け足で集合場所にやってきたアンナは、立ち尽くすエミリアの姿に疑問の声を上げる。
彼女の声に振り返ったエミリアは皆の居場所を尋ねるが、アンナは首を横に振ってキョトンとしていた。
「あ、でも!あっちにいるよ」
「え、どこ?・・・ん、あれは?」
エミリアの身体の向こうに何かを見つけたアンナは、それに向かって指を指す。
彼女が示した先に目を凝らしたエミリアは、そこに流されているイダを救出しようとする二人の姿を発見していた。
「ちょっと!?なにやってんのよ!!アンナ、ロープか何か持ってきて!」
「わ、分かった!」
予想だにしない事態に声を上げたエミリアは、驚きと怒りの混じった声を叫んでいる。
彼女はアンナに救出に必要な道具の調達を頼むと、自らはそちらに向かって駆け出していた。
「こんな時にいないなんて・・・!肝心な時に役に立たないんだから、あいつは!!」
イダを助けに向かう途中、エミリアはこの場にいない誰かさんに対して苛立ち混じりの文句を零す。
その苛立ちは彼が、彼女の嫌う人物と一緒にいることも無関係ではなかっただろう。
彼女が向かう先では、ティオフィラとクラリッサがなんとかイダの身体を掴まえている所だった。