始まりは全裸
木の葉が肌を裂く感触は、すぐに枝が叩きつける痛みへと変わる。
重たい目蓋がそんな痛みを無視しようとしても、身動ぎをした身体に奔った激痛は無視しようがない。
「痛っぅぅぅぅぅぅ!!がぁぁぁぁぁ!!?」
全身を引き裂くような痛みに、混乱した意識は状況を把握しようとはしない。
それでも助かりたいという本能が、この脳を勝手に掻き回して解決法を見つけ出す。
まだ意識が知らないその使い方を、本能は簡単に使いこなしてみせた。
「はっ、はぁ・・・い、痛みが消えていく。これは・・・?」
引いていく痛みに、彼は張り付いた目蓋を剥がしていく。
薄く開いた瞳には、薄っすらと輝く自らの身体が映っていた。
その全身は黒く汚れている、それが自らの肌が焦げ付いていたからだと考えるとぞっとするが、黄金の輝きがそれらを見る見るうちに溶かしていった。
「これが、癒しの力か・・・すごいな・・・がっ!!?」
ドラゴンのブレスに焼き殺されて、意識が消失していた彼は覚えていなかったかもしれないが、彼の身体は今まさに落下の最中であった。
そしてそれは、地面へと激突することで終わりを迎える。
クロード・シラクは人生で二度目の、いや三度目の死を迎えていた。
「うぅ・・・酷い目にあった」
昔のギャグマンガほどではないが、薄っすらと人型にへこんだ地面から身を剥がしたクロードは、身体についた土を払うように頭を揺する。
見れば周辺には血や、それに類する体液が広がっており中々にぐろい。
彼はそれが自らに由来するものだと知っていても、気持ち悪さを抑えられず、早々に痛みの残る身体を癒して立ち上がっていた。
「痛てて・・・あぁ、なんとなく使い方が分かってきた。いやぁ、この能力を貰っといて良かったわ、ほんと」
黄金に輝く身体に、腕を擦る頃には痛みは消えている。
彼は辺りを見渡す、鬱蒼と生い茂る森林が彼の視界を制限していた。
「これ、どこら辺に落ちたんだ?確かに落ちていく方に、広い森は広がってたけど・・・近くに人里なんかあったかな?」
血生臭い匂いが漂ってくる足元に、クロードはふらふらと歩き出す。
落下していた時の景色を思い描いても、途切れてしまった意識にあまり参考にもならない。
少し歩いてみても一向に変わる気配のない景色に、彼は肩を震わせる。思えば妙に寒い。
「寒いな・・・そういう季節なのか?うおっ!?えっ?全裸じゃん、なんで?」
両手を肩に当てて擦っていたクロードは、やがてそこに隔てる感触が何もないことに気がつく。
驚いて肩から全身へと見下ろせば、所々に焦げ付いた破片が張り付いているだけで、完全に真っ裸な身体がそこにあった。
落下している最中は、良くは見ていないがなんとなくファンタジー感のある衣服を身に纏っていたはずだ、それはもはや破片となってこの身体にへばり付くばかりとなっていた。
「あれか、ブレスに焼かれた時に一緒に燃えちゃったのか・・・えっ!?これどうすればいいんだ?この格好で人里に行っても、捕まっちゃうんじゃないか?」
彼がアニエスから授けられた能力は基本的に、大勢の人の中でこそ輝くものばかりだった。
そんな彼が人里に行けないとなるとそれは死活問題だ、震える寒さに凍えていく身体は、もっと切実な問題を抱えていたが。
「うーん・・・もしかすると、受け入れられる可能性も・・・いや、それはそれで困るな。あぁ、そうか!あれを使えばいいのか」
何かを思いついたクロードは、周辺に生い茂っている草花を根こそぎ毟っていく。
その手つきは適当なもので、多くの草が根元の方は地面へと残っている。それは別に彼の目的からすれば問題ない状況なのだろう、気付けばその両手にはたっぷりと草花が握られていた。
彼が無造作に毟った草花の中には、毒や被れる成分を持つものあったようで、その手はヒリヒリと痛みを訴えるが、黄金の輝きが即座にそれを解消する。
「これだけあれば十分なんじゃないか?それじゃ、え~っと・・・服になれっ!!」
始めて使う能力に、クロードはなんとなく両手を合わせるような動作を取る。
胸の高さに掲げた両腕に、集めた草花がもっさりと視界を塞ぐ。それらはクロードが言葉を叫ぶと共に、その輪郭に薄い光を纏わせていた。
「おぉ!!これはいけるんじゃないか!?」
感覚が分からないまま恐る恐る行使した能力も、目の前で繰り広がれる現象を見ればうまくいっているように思える。
クロードが歓声を上げたのも無理はない話しだ、大量の草花は最後に一際強く輝きを放つ。
「うおっ!?良し、これなら・・・!うん、まぁ・・・そうね、そうなるか」
彼の両手には、藁で出来た衣服が握られていた。
どうにか服としての体を成しているそれも、そのがさがさとした質感に触れてしまえば、つい微妙な表情になってもしまう。
「あ、結構暖かいな・・・ん?なんか聞こえたな、今」
思っていたのとは違う結果も、震える身体にはともかく身に纏えるものが必要だ。
早速それをいそいそと着込んだクロードは、思ったよりも暖かい着心地に、ほっと一息を吐く。
彼の耳には、どこか遠くから響く物音が届いていた。
「あっちの方からか・・・近くに人里なんかあったかな?まぁ、行ってみるしかないか」
上空からの景色を思い出しても、思い当たる節はない。
それでも手がかりのない状態に、取っ掛かりになる情報を見逃す手はなかった。
クロードは物音が聞こえた方へと足を進める、その手は草花を毟っていた。
「ついでに、下も作っとかないとな・・・また、藁の奴になるのかなぁ?コツとかあるのか、これ?」
歩く道々に草花を毟っていくクロードは、ぶつぶつと独り言を漏らしている。
その剥き出しの下半身には、まだスースーと肌寒い風が撫でていた。
断続的に響いてくる物音を頼りに森を抜けたクロードは、ようやく開けた視界に全身で光を浴びていた。
「あぁ~・・・日差しが気持ちいい、なんか思ったより暖かいな。さっきまでは森の中だから寒かったのか?まぁいいや、人里っはっと・・・おっ!あれかな?」
伸びをした身体に、藁で作った衣服がカサカサと音を立てる。
腰蓑のようなスタイルの下半身は最初こそ違和感に苛まれたが、慣れてみれば通気性がよく案外快適ではあった。
開けた視界に広がる大地は、地平線までも見渡せるというほどではない。
なだらかな丘陵が塞ぐ視界はある程度のところで途切れている、それも問題にはならないだろう、見える範囲に煙たつ人の気配が上っていた。
「何の煙だ・・・あぁ、そうか。ファンタジーな世界だもんな、ご飯作るのにも煙は立つのか。お腹は・・・空いてないけど。こっちの世界での初食事だ、楽しみだな!」
炊事の気配にお腹を押さえるクロードは、自らの腹具合に僅かに残念そうな声を漏らす。
この世界に生まれたばかりの赤子と同じ彼が空腹ではないのは、二度の死と復活を経たからか。
餓死で死んだ場合そのまま復活しても、もう一度すぐに死んでしまうだけだ、この適度なお腹の具合は能力が齎したものかもしれない。
「いや、なんか聞こえるな・・・これは、悲鳴?」
この世界での始めての食事に胸を高鳴らせ、足取り軽く進んでいたクロードの耳に、思っていたのとは異なった声が届く。
それは劈くような悲鳴と、怒号じみた雄叫び。
たとえ人生で聞いた事のないような類のものであったとしても、一度聞けば間違いようのない、それは戦いの声だった。
「あぁ~・・・そんな感じ?魔物に襲われる哀れな村人、そこに現れる救世主!みたいな?なんか、ワクワクしてくるな!」
物語の中でしか戦いを知らないクロードは、その気配に自らをそれらの主人公とダブらせる。
ヒーローの登場にもってこいのシチュエーションに、ここに女神から力を与えられた男がいる、これに興奮せずして何とするか。
クロードは軽い足取りを、駆け足へと変える、その視線の先には壁に囲まれた村の姿が映っていた。
「あれ?でも俺って、戦闘向きの能力持ってなかったような・・・ま、なんとかなるか」
自らの能力に疑問を感じたクロードは、一瞬だけ速度を緩める。
しかしそれも僅かな間だけだ、ここに辿り着くまでに三度の死を経験した彼は、恐怖への感覚が麻痺してしまっていた。
再び速度を上げたクロードに、何かが焦げた匂いが届く。
吐き気を催してもおかしくないその匂いも、彼の足取りを鈍らせることはなかった。