アングリーベアの怒り 2
「ほら、こっちだ!!こっちに獲物がいるぞ!!」
「ぐぅぅぅ、がぁ?」
クラリッサの危機に、クロードは自らを囮に熊を引きつけようとしていた。
彼女に止めを刺そうとしていたアングリーベアは、目の前に現れた新たな獲物に狙いを迷わせる。
クロードはその注意を引こうと弓を構えて、彼に狙いをつけていた。
「ぐぅ、ぐ、ぐがぁぁぁ!!」
「おおっ、そうだこっち・・・って、くっそ怖ぇぇぇぇぇぇ!!?」
クロードが放った矢はふんわりとした軌跡を描いており、アングリーベアの身体には当然突き刺さる事はない。
それでも繰り返し放たれるそれに苛立った熊は、ついにクロードを狙って駆け出し始める。
思惑通りの状況にも目の前で放たれた雄叫びに、本能が恐怖を叫んでしまう、クロードはもはや形振り構わずに逃げ出していた。
「クロード!せめてこっちに逃げなさいよ!!」
「・・・追いつけない」
命の危機に全速力で逃げているためか、とんでもないスピードで遠ざかっていく彼の姿に、残された少女達は為す術なく立ち尽くす。
彼女達は傷ついたクラリッサとアンナの救護に向かうが、それを癒すにもクロードの力が必要だった。
「くっ、はぁっ、はっ、はっ、も、もう駄目・・・」
「がぁぁぁ!!」
限界を超えた速度で走っていたクロードも、大して鍛えられていない心肺にすぐに限界はやってくる。
地面に倒れるようにして膝をついた彼に、僅かに引き離されていた熊が襲い掛かる、クロードはなんとか身体をそちらに向けると、地面へと両手をつけていた。
「か、壁を!」
「がぁっ!?」
ギリギリのタイミングで作り出した壁は、熊の顎を弾いて跳ねる。
尻餅をついたような姿勢で作った壁に、抉られる地面によってクロードの身体はそこへと転がっていった。
「厚く出来るか!?おーい、誰か来てくれー!!」
自らが作ったクレーターを這い出したクロードは、壁を厚くしようと力を行使し続ける。
それが時間稼ぎに過ぎないと分かっている彼は、少女達へと助けを求めていた。
「ぐぐぅぅががぁぁぁ!!!」
「ひぃぃぃ!!?」
雄叫びを上げたアングリーベアが、壁を突き破って姿を現す。
厚く作ったはずの壁も、回り込まれるのを恐れて広く範囲を取れば、見た目ほどの厚さはなかった。
飛び散る土くれはクロードの身体にも降りかかる、それは大した痛みにならなくても確かな恐怖は助長して、彼に悲鳴を上げさせる。
「がぁぁぁぁ、ぐぅっ!!?」
「掛かったな、馬鹿めっ!!」
雄叫びを上げながらクロードへと飛び掛ろうとしていたアングリーベアは、その途中に姿を消した。
驚くような声を上げた彼は、クロードが作った深い穴へとその身体を落としてしまう。
作った壁をブラインドに、その厚さを増していく過程で深い穴も同時に作っていた彼は、まんまとアングリーベアを罠に嵌めていた。
「誰かー、誰か来てくれー!!俺じゃ止めは・・・」
「ぐぅぅぅぅぅ、がぁぁぁぁ!!!」
アングリーベアを捕らえる事に成功したクロードも、有効な攻撃を加える事が出来ない彼では、ここから先はどうする事も出来ない。
少女達へと手を振り呼びかける彼の足元から、アングリーベアの雄叫びが響く。
彼はクロードの足元の地面を抉り始め、そこに坂を作り始めていた。
「おいおいおい、マジかくそっ!!?なにかないか、なにか!?」
ものすごい勢いで地面を切り崩していくアングリーベアの姿に、クロードは彼が脱出するまでそう暇がないと悟る。
彼の声に駆けつけてきている少女達も、それまでに間に合うとは思えなかった。
何か使えるものはないかと辺りを必死に見回す彼の瞳に、金属の輝きが目に入る。
「あれは!?いけるかっ!!?」
クロードが見つけたのは、アングリーベアの前足に噛み付いたままのトラバサミだった。
それに手を伸ばした彼は、能力を発動させるとそれを一度素材へと戻す。
伸ばした手を戻す頃には、彼の左手に新品のトラバサミが握られていた。
「くそっ!か、硬いな・・・」
抉られていく地面に支え失った砂が穴へと流れていく、クロードは崩れていく足元に後ろに数歩下がっていた。
作り直したトラバサミを地面へと設置し、必死に刃を開こうと力を込めるが中々開いてくれない。
そうこうしているうちにアングリーベアが作っている坂は、随分となだらかになっていた。
「ぐがぁぁぁぁぁっ!!!」
「ひぃぃぃっ!!?」
なだらかになった坂に一気にそれを上ったアングリーベアは、そのままクロードへと襲い掛かる。
悲鳴を上げて尻餅をついたクロードは、もはや為す術なく両手で顔を覆っていた。
「「クロード!?」」
「クロード様!?」
「にいやん!?」
絶体絶命の状況に、駆けつけようとしていた少女達も悲鳴を上げる。
深手に意識を失っているクラリッサだけが、ぐったりと横になっていた。
「ははっ、なんとか・・・間に合ったぁ」
尻餅をついていたクロードは、迫るアングリーベアの鼻先にもはや背中を地面につけている。
しかしその鼻先はそれ以上伸びる事はない、ギリギリで設置できたトラバサミが彼の後ろ足を拘束していた。
「ぐぅぅぅ、がぁぁぁっ!!!」
「おいおいおい、マジかよ!?そんなんありかっ!!?」
雄叫びを上げたアングリーベアは、激しく拘束された後ろ足を暴れさせる。
そのあまりに強い力にトラバサミの方が悲鳴を上げ始めた、それが地面から引き剥がされるまで、もうそれほど時間は掛からないだろう。
クロードは地面を這いずるようにして、逃げ始めていた。
「―――そのまま、顔を上げるなよ?」
「・・・へ?ひぃ!?」
遠く、聞こえたと思った声が、気づけば横を通り過ぎた。
疑問の声を上げるのと同時に奔った剣先に、クロードは慌てて頭を押さえる。
風を切り裂くような激しくも美しい剣戟の音が、彼の背中から響いていた。
「ま、こんなもんかな?危ないところだったな、シラク」
「あ、あぁ・・・助かったよ、レオン」
首を落とされ、四肢ももがれたアングリーベアの姿に剣を収めたレオンは、クロードに手を差し伸べる。
彼に助け起こされたクロードは、呆気に取られたままの表情で彼に礼を述べると、定まらない足取りでふらふらと彷徨っていた。
「クラリッサが怪我してるんじゃないか?あんたなら治せるんだろ?行ってやれよ」
「お、おう!そうだな!おーい、クラリッサ!!大丈夫かー!!」
遠くに倒れるクラリッサの姿を見つけたレオンは、若干焦りの色を帯びた声でクロードの背中を押す。
彼の声に状況を思い出したクロードは、彼女の下へと駆け出していった。
戦いの決着にクラリッサを抱えた少女達が、彼の下へと歩み寄っていく。
巡った季節に肌寒くなってきた日差しが、彼らの肌を照らしていた。