クロードとエミリア 2
「いててて、悪いなエミリア。弓、壊しちまって」
痛む身体を能力を発動させて癒したクロードは、隣で座り込んでいるエミリアへと謝罪する。
彼女は壊れた弓を大事そうに抱えたまま、塞ぎこむように蹲っていた。
「ううん・・・こっちこそごめん、当たったりして。元々、私が崖から落ちた時に壊れてたかもしれないのに・・・」
落ち込むエミリアは、自らの勘違いと八つ当たりにこそ辟易していた。
思い返せば遠くに見つけた弓はその時点で破損していた気がする、クロードのそれは追い討ちにすらなっていなかったかもしれない。
「・・・いいって別に。ほら、足見せてみろ。怪我してんだろ?」
「・・・うん」
エミリアのしおらしい態度に若干戸惑ったクロードも、涙で泣き腫らした彼女の目蓋を見れば、優しい気持ちにもなれる。
彼が手を伸ばすと、エミリアは素直に怪我した足を差し出していた。
捻った足首は捻挫の痛みに腫れ上がり、炎症を起こして赤くなり僅かに熱を帯びていた。
「これでいいかな・・・とりあえず雨を避けないとな。この崖に洞窟でも掘ってみるか」
「・・・そんなこと出来るの?」
エミリアの足を治療したクロードは、空を見上げると強くなりつつある雨の対策を考えていた。
二人横に並んで背中をつけていた崖へと手を伸ばした彼は、目を閉じると集中し始める。
痛みの引いた足に彼の後ろから作業を覗いていたエミリアは、そんな彼の振る舞いに疑問の声を漏らした。
「余裕だろ?ほら」
「へぇ・・・でも、この砂はどうするの?」
目を瞑り崖へと手をついていたクロードが手こずっていたのは、範囲をどこまでにするかということだ。
彼が再び目を開いた頃には、二人が雨宿りするには十分なサイズの洞窟が出来上がっていた。
その力に感心するエミリアは足元に流れてきた砂を避けて足を動かした、身体を冷やす雨を嫌っても、この砂を全てを退かすのも同じくらい面倒くさいと感じるのは仕方ない事だろう。
「それは・・・まぁ、適当に壁にでもしとくか」
足元に広がる砂へと手を伸ばしたクロードは、もう片方の手を洞窟の外へと向けるとそこに壁を伸ばし始める。
彼の出鱈目な振る舞いに、エミリアは静かに息を飲んでいた。
「ほんっと、出鱈目よねあんたの力って。いっそ感心するわ」
見る見るうちになくなっていく洞窟内の砂に、エミリアは感嘆とも呆れともつかない感想を漏らす。
クロードの認識が能力の適応範囲を決めているのか、地面の表面に残る僅かな砂すらも消えていく様子に、彼女は瞬きを多くしていた。
「そりゃどうも。それも直そうか?多分、出来ると思うぞ」
「・・・ううん、自分で直せるか試してみる」
「・・・そっか。ま、気が向いたら言ってくれよ?」
少しずつ慣れてきた力の行使に、クロードはエミリアが大事そうに抱えている弓の修理を申し出る。
経験をつんだ自信がその手の込んだ作りの弓の修理をも可能だと思わせる、クロードの言葉は確信のあるものであったが、エミリアは首を振るとそれを抱えなおしていた。
彼女の瞳にある躊躇いは、クロードに任せる不安よりも大切な思い出がさせた振る舞いだろう、その匂いを感じ取ったクロードは、静かに納得の言葉を返すしかなかった。
「う~ん、なんもないなぁ」
「・・・なにしてるの?」
「ん?食べれるものがなにかないかって、探してるんだけど。俺は飯食ってきたからいいけど、エミリアはまだだろ?腹減ってんじゃないか?」
どことなく気まずい空気を感じ取ったのか洞窟の外へと歩き出したクロードは、前に傾けた姿勢にあたりに視線をやっていた。
せっかく作った雨宿り場所を抜け出した彼の行動に、疑問を投げかけたエミリアは洞窟の淵へと手を掛けている。
彼女の問いかけに洞窟へと戻ってきたクロードは、そのお腹の辺りに視線を向けた。
クロードの指摘に空腹だった事を思い出した彼女は、鳴き声を鳴らしてそれをアピールし始めたお腹に、すぐに手で押さえて隠していた。
「今ので、余計にお腹空いたんですけど?」
「悪い悪い。ちょっと待っててくれよ、すぐ探してくるから。最近この能力の使い方が分かってきたんだよな」
「待って!それなら私も行くから!」
顔を赤らめながらジト目で文句を言ってくるエミリアに、クロードは笑って再び食料探しへと向かっていた。
雨の中を歩いていく彼に、エミリアは慌てて追い縋ると彼の手を掴む。
「おぉ、そうか。ん?なんだこれ・・・あれ、これ不味い奴なんじゃ」
「なに、どうしたの?」
手を掴んできたエミリアに立ち止まったクロードは、その網膜に表示される情報の変化に戸惑いの声を上げる。
その表示には覚えがある、その時の脳が焼き切れる痛みも。
何かから逃れるように辺りをうろつき始めたクロードに、彼と手を繋いだままのエミリアも戸惑っていた。
「いやー、これはどうしたら・・・能力の暴走って聞くと格好いい感じだけど、これは不味いだろ。うーん、あれでも頭痛くなんないな?・・・それに表示も、そこまで増えた感じは」
「ねぇ?さっきからなんかぶつぶつ言ってるけど、大丈夫なの?」
「ん~、どうなんだろう?あ!そういう事か!!」
治まりそうもない状態にクロードは不安を口にするが、一向に痛くなる気配のない頭に次第に不審の方が強くなっていく。
なんだか良く分からない独り言をぶつぶつと呟き続ける彼の姿に、エミリアは不安そうに眉を顰めていた。
彼女の声にとりあえず事情を説明しようと振り返ったクロードは、そのステータスに驚きと納得の声を上げる。
「へぇ~、エミリアの植物の知識が表示に影響するのか!これはイダの鉱物の奴とかでも、同じなのかな?なんか、楽しくなってきたぞ!!」
「ちょっと!?説明しなさいよ!!」
エミリアの手を握りなおしたクロードは、周りの森へと目を向けるとそこに表示される情報に感心している。
今までは名前が表示されるだけだったそれが、今では簡単な説明が加わるようになっていた。
その文面からある程度の効用や、可食性を探る事も出来るようで、その内容に楽しくなってきたクロードは、そのまま駆け出していってしまう。
まったく事情を飲み込めないまま、彼に手を引かれて駆け出したエミリアの戸惑う声が、暗い森に響き渡っていた。