晩餐はケイヴスパイダーで
夕餉の食卓に、食欲を誘う香りが漂っている。
少女達が囲む食卓にでんと置かれた蜘蛛の脚は、茹でられた事で黒色から赤に近い紫へと変色していた。
その湯気を立てている大きな足も、何も最初の一皿というわけでもない。
すでに満腹を超えるほどにそれを詰め込んだティオフィラとイダは、自らの取り皿に確保したそれを未練がましくほじっていた。
そこはあまり人間には向かないのか、蜘蛛の胴体部分は食卓には上らずに床に置かれている。
火が通り赤みを帯びたそれに、キュイが一心不乱にむしゃぶりついていた。
「う~ん、こうなる前の姿を見てなきゃなぁ・・・いや、うまいんだけどさ」
大皿に盛られた蜘蛛の足を前に複雑な表情をするクロードは、それを手にしては葛藤している。
すでに何度か口にしてそのおいしさを知ってもなお、生前の姿が頭にちらついて心の底からそれを楽しむ事が出来ずにいた。
「なんにゃ?にいやん、食べないのにゃ?ならティオに頂戴にゃー!!」
「・・・ボクにも」
「だーっ!!お前らはもう十分食っただろうが!それでもしゃぶってろ!!」
すでに十分な量を食べたためか新たな足を取る事を禁じられていた二人は、クロードの様子に彼へと巻きつきその足を奪おうとする。
二人のおねだりに普段は甘い顔をするクロードも、今度ばかりは譲れないようで、必死に彼女らの身体を引き剥がそうとしていた。
「ほら、二人とも。私の分を分けてあげるから、それで我慢して」
「私のもあげるから、二人とも手を離しなさい」
「そういうの良くないぞ、アンナ、クラリッサ!!ここは甘やかしちゃいけない!俺は譲らないからな!!」
クロードに絡み始めた二人に宥めようとクラリッサとアンナの二人が、自らの取り分から二人へと足を分け与えようとする。
その様子を見たティオフィラとイダの二人はクロードを締め付ける腕を緩めるが、彼は大声を上げてそれを阻止しようと暴れていた。
「なんだ、まだ帰ってないのか?」
賑やかな食卓に、落ち着いた声が響く。
腰に吊り下げていた剣を外しながら食卓へと近づいてきたレオンは、見回した範囲にエミリアがいない事を確認すると、疑問の声を投げかけた。
「レオン、どういう事?エミリアはあなたが・・・」
「いや、俺も気にしてたんだが。ちっとも姿が見えなかったから、とっくに帰ったと思って・・・くそっ!!」
彼の言葉に、クラリッサが同じような疑問を返す。
レオンへと注意を向けた彼女の手元の蜘蛛の足を、イダが奪い取っていたが、それを気にするものはいない。
クラリッサとの会話の中でどんな状況かを理解したレオンは、自らの不注意に悪態を吐くと駆け出していく。
「レオン、あなたの分は取っておいた・・・あれ、どうしたの?」
レオンの帰還に彼の分の蜘蛛の足を皿に盛り付けて戻ってきたアンナは、少し目を離した隙に消えてしまった彼の姿に首を捻っていた。
入り口へと視線をやりレオンの姿を探しているアンナの注意は、抱えた皿から離れてしまっている。
その隙を窺っていたティオフィラは、ゆっくりと彼女へと近づくとその皿から足を一本盗み取った。
「おい、それぇ!お前ら駄目だぞ!!」
「にゃはは、早い者勝ちにゃー!」
「・・・剥けない」
彼女の行為を目撃したクロードは大声を上げてそれを注意するが、ティオフィラは笑いながら逃げていってしまう。
彼の隣ではイダが静かに蜘蛛の足を剥いている、それはクラリッサからこっそりと盗み取ったものだったが、器用な彼女にもなかなか剥けないそれに苦心していた。
「皆、聞いて頂戴!!」
食卓に戻ってきたクラリッサはそれを両手で叩くと、静かになった皆に視線を向ける。
彼らの注目が十分集まったのを確認した彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「エミリアが行方不明よ」
「・・・は?」
クラリッサが口にした事実を呑みこめないクロードは、思わず間の抜けた声を出していた。
彼は捕まえたティオフィラから必死に蜘蛛の足を取り返そうと、絡みついた態勢で固まってしまう。
それが再び動き出すのと、他の少女達が驚きの声を上げるのは、ほぼ同じタイミングだった。