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ケイヴスパイダー遭遇戦

 跳ねる水飛沫が、水面を叩いて波紋を広げる。

 仰け反った鼻先に通過した拳を見送ったクラリッサは、そのまま体重を後ろへと流すと軽く跳ねて距離を取った。

 自らの攻撃を避けた彼女に追撃を放っていたティオフィラは、離れた距離に空振って水面を騒がせる。

 踏み込んだ水面はクラリッサを追う足を重くする、まだ冷たい水温に彼女は諦めに肩を落とすと、とぼとぼと川岸へと上がっていた。


「にゃぁ・・・避けたら練習にならないのにゃ」

「あら?それも含めた訓練でしょ、ティオちゃん?」


 ジトッとした瞳をクラリッサへと向けて、恨み言を吐いたティオフィラは、それまでの訓練の結果か濡れた身体震わせて水飛沫を散らす。

 彼女の抗議に冗談めかした笑みをみせたクラリッサは、ティオフィラを挑発するように顔を傾かせた。


「で、でも!すごいよね、ティオのそれ!!そんな風に出来るなんて、思ってもみなかった!」


 なんとなく険悪な空気が流れそうな雰囲気を察したアンナは、慌てて別の話題を振って場を和まそうと試みる。

 彼女の言葉にティオフィラは嬉しそうに両手に纏ったグローブを拭うと、それをアンナへと差し出していた。


「んっふっふー!そうにゃそうにゃ!アンナもそう思うにゃ!!」

「うん、すごいよ!まさかグローブに、魔法の触媒としての機能をつけれるなんてっ!」


 アンナにも見えやすいように手の甲をそちらへと向けたティオフィラは、心底嬉しげにそれを誇っていた。

 明るい日差しを受けるグローブは、その表面に宝石の輝きを放っている。

 それは複雑な文様を描いており、確かに魔法的な仕掛けが施されているように見えた。

 それを目にしたアンナはうっとりと両手を頬に当てる、その頬に掛かった髪はティオフィラが散らした水飛沫に濡れていた。


「それを使いこなすための訓練でしょ?せっかくクロード様が作ってくださったのに、このままじゃがっかりされるわよ?」

「うにゃー!!そんなことないにゃ!!ティオもっと頑張って、もっと褒めてもらうのにゃー!!」


 アンナの仕草に両手を突き出したまま自慢げに、鼻をぴくぴくさせていたティオフィラは、クラリッサの挑発に地団駄を踏む。

 彼女は両手を振り上げると、クラリッサへと飛び掛っていった。


「そうこなくっちゃ!!」

「覚悟するにゃ!ウィークネス―――」


 どんな形であれやる気を取り戻したティオフィラの姿に、喜びの声を上げたクラリッサは、彼女が早速放ってきたジャブを軽くかわしてみせる。

 それは予見していたのか、続けざまに拳を放とうとしているティオフィラは、その手に魔法を乗せようと呪文を口にしていた。


「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!?」

「・・・ピンチ」


 川原の向こうから叫び声を上げながら駆けてきたクロードとイダの姿に、その攻撃は途中で勢いを失った。

 何故二人がそんな必死な表情で走ってきたのか分からなかったティオフィラ達も、彼らの後ろから黒いシルエットが現れれば事情も理解できる。


「・・・どうやら、早速本番のようね」

「にゃー!!やってやるにゃー!!!」


 川原の向こうから見え始めた蜘蛛達の姿に、クラリッサは僅かに焦りの色を覗かせて皮肉を漏らす。

 彼女の言葉が聞こえたかは分からないが、ティオフィラはその全身に気合を漲らせて大声を上げて駆け出していた。


「わ、私はどうしたらいい!?」

「私は杖を取ってくるから、それまでクロード様をお願い!」

「わ、分かった!」


 一瞬の躊躇もなく飛び出していったティオフィラの姿に、戸惑うアンナはクラリッサに指示を願う。

 彼女は訓練の邪魔になるために置いてきた杖を取りに走ると、その間の事をアンナへと託していた。

 傍らに置いてあった代理の盾を手に取った彼女は、気合に一度拳を握るとティオフィラの後を追って駆け出していく。


「・・・もう、限界」

「おい、イダ!?くそっ、壁を!」


 体力の限界に、膝をつくイダの息は荒い。

 急に立ち止まった彼女に叱責の声を上げたクロードも、その定まらない呼吸に限界が近い事は明白だった。

 進んだ数歩にイダの所まで戻った彼は、地面へと両手をつけると壁を作り出す。

 それはちょうど、射程に入った彼らに蜘蛛達が糸を放つのと同じタイミングだった。


「ひぃ!?・・・大丈夫だったか?今の内に、急ぐぞイダ!!」

「・・・はぁはぁ、が、頑張る!」


 ギリギリのタイミングに、クロードは思わず尻餅をついていた。

 閉じた目蓋はいつまでもやってこない衝撃や粘り気に恐る恐る開く、なんともない身体に安堵した彼は、慌てて立ち上がるとイダの手を握る。

 地面に両手をついて今だ整わない息を引き摺っていた彼女は、それでもなんとか立ち上がると、クロードに手を引かれて駆け出し始めた。


「にゃははは!ティオがきたからには、もう大丈夫にゃ!!てーい!!!」

「うおっ!?危ねぇ!!」


 走る彼らのギリギリの高さを、笑い声を上げるティオフィラの身体が通り過ぎていく。

 彼女はクロードが作り出した壁へと、飛び蹴りを放っている。

 それを踏みつけて向こう側へ飛び込もうと試みた彼女の行いは、急造のため意外なほどに柔らかかったその壁に、脆くも崩れ去ってしまった。


「にゃぁぁぁぁ!?し、死ぬかと思ったにゃ・・・」


 飛び蹴りの勢いに見事にぶち抜いた壁が崩れ、結果的に思惑通り向こう側へと行くことが出来たティオフィラは、予想外の展開に悲鳴を上げていた。

 舞い上がる土煙の中でどうにか身体を起こした彼女は、どこか怪我をしていないかと身体を見回す。

 その視線の先には赤く輝く瞳が幾つも、それは彼女を狙って輝いていた。


「にゃ、にゃぁ~・・・ここは、お互い見なかった事にするにゃ?」


 壁の向こうには、当然のごとく蜘蛛達が待ち構えていた。

 彼らと目を合わせたティオフィラは自らの存在を隠すように縮こまると、誤魔化すような笑顔を浮かべる。

 突如現れた壁を避けるために半円状の軌道を作っていた彼らは、その中心に落ちてきたティオフィラに向かって一斉に糸を吐きかけた。


「甘いにゃ!!」


 縮めた身体に溜め込んだバネを一気に開放させたティオフィラは、高く飛び上がると蜘蛛達から放たれた糸を見事に躱してみせる。

 クルクルと身体を丸めて回転する彼女の身体を狙って追撃の糸が放たれても、楕円を描いたその軌道を捉えきれはしない。


「ウィーークネェェス・アァァァマー!!!」


 輝く右手は紫の光を纏って振り上がる、方向感覚も曖昧な回転にも乗った勢いは偽物ではない。

 振り下ろした拳に当たった蜘蛛は偶然だとしても、放った魔法はその身体を浸透しているだろう、今聞こえたお前が軋む音は、幻聴だとは言わせない。


「イダ!!」

「・・・任せる」


 殴りつけた蜘蛛の外皮がへこんだ事を確かめたティオフィラは、それを蹴りつけて輪の外側へと避難した。

 壁の向こう側へと消えた彼女を追ってきていたイダは、その声にナイフを放つ。

 弱体魔法によって柔らかくなった外皮に刺さったナイフは、蜘蛛の思考中枢を破壊してその生命機能を停止させていた。


「やったにゃ!!」


 ようやく仕留めた一匹に、歓声を上げたティオフィラに向かって、蜘蛛達がその粘糸を放つ。

 積み重ねてきた訓練の成果を喜ぶ彼女には、それに反応する事は出来ない。


「危ねぇ!!」


 ティオフィラの横合いから飛び出してきたクロードが、彼女の前に壁を展開する。

 ギリギリのタイミングで防がれた粘糸に、直撃しそうだった糸が壁の天辺へと張り付いていた。

 その壁の材料として急速に沈んでいく地面に巻き込まれたイダが、コロコロとクレーターの端を転がっている。


「にゃはは!サンキューにゃ、にいやん!!とうっ!」

「えほっえふっ!?おい、待てってティオ!!」


 笑い声を上げてクロードの背中を叩いたティオフィラは、すぐに飛び上がると出来たばかりの壁の上へとよじ登る。

 彼女が叩いてきた力が案外強かったのか、軽く咳き込んでいたクロードは、その素早い行動を制止する事が出来なかった。


「やーってやるにゃ!!ウィーーークネス・アーーーマー!!」


 ノリノリに壁から飛び立ったティオフィラが立っていた空間に、蜘蛛達の糸が通って落ちる。

 楽しげな声を上げながら壁の向こう側へと消えていった彼女に、呪文の声がそちら側から断続的に響いてきていた。


「クロード様!状況は!?」

「アンナか!?ティオが中で戦ってる、そっちで敵を引きつけてくれ!うおっ!?」


 壁の向こうから掛かった声に、クロードはその横から顔を覗かせる。

 最初に作った壁の向こう側から顔を覗かせるアンナへと指示を出した彼は、彼を狙って放たれた糸に慌てて新たな壁を作り出した。


「・・・起こして」


 ようやく起き上がろうとしていた所を、さらにクレーターを深められたイダは、またコロコロとそこを転がっていた。

 彼女は恨めしそうな瞳で、クロードへと手を伸ばす。

 壁の向こうからは、ティオフィラの楽しそうな声だけが響いていた。

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