ティオフィラと弱体魔法
せせらぐ川の水面は、暖かい日差しを受けて眩しさを振り撒いている。
その淵に立っているイダは、その輝きに眩しそうに目を細めていた。
「ウィークネス・アーマー!」
杖を両手になにやら唸っていたティオフィラは、呪文を唱えるとそれを振り上げる。
対象とされたのであろうイダの足元から薄いもやが立ち上ると、それは彼女の全身を包んで一瞬の内に消えていく。
「どうかな、イダ?」
「・・・なんともない、と思う」
二人の様子を見守っていたアンナは、掛け終わった魔法にイダに状態を尋ねる。
自らの身体を色々と見回して動かしたイダは結局、何も変わらないと結論を下していた。
「ちょっと待ってね、どう?変わらない?」
「・・・多分」
イダへとトコトコと駆け寄ったアンナは、その身体に軽く拳を振るっては彼女の反応を確かめる。
アンナの手加減した打撃は始めから痛そうではないが、イダは必死に魔法を掛けられる前との感触を比べると、やはり首を横に振って否定を告げていた。
「なんでにゃー!!うぅ・・・何回やってもうまくいかないのにゃ」
「で、でも!すごいよ、ティオ!私が一度教えただけですぐに使えるようになったし、やっぱり才能あるって!」
なんともないイダの様子に、ティオフィラは癇癪を起こすように杖を振り上げると、それを叩きつける事なく落ち込んでしまう。
そんな彼女の姿に、アンナは慌ててその才能をよいしょし始める。
事実、アンナが軽く教えただけで魔法を扱えるようになったティオフィラの姿に、彼女ははっきりと才能の違いを見せつけられていた。
「そうかにゃ?ふっふーん、それほどでもあるにゃ~!でもそれなら、何でイダに抵抗されるのにゃ?イダなんて、魔法全然だめにゃのに」
「・・・むぅ」
アンナの苦しいよいしょにも、ティオフィラは上機嫌に自信を回復させて、腰に手を当てては身体を仰け反らせている。
しかしそんな彼女も自分の魔法がうまく掛からない事は気になったのか、素朴な疑問に首を捻らせていた。
彼女の疑問はイダの魔力の低さも指摘している、それを結構気にしていたのか、彼女は静かに頬を膨らませると、ティオフィラの足首を蹴りつけていた。
「それは・・・その、弱体魔法で相手の抵抗を抜くには、術者の技量がものを言うの。だからね、難しいって言うか・・・あっ!でもティオが下手って訳じゃないよ!!」
「うにゃ~、それは下手って言ってるにゃ・・・でも仕方ないにゃ、ティオ下手っぴなのにゃ」
ティオフィラの疑問にアンナは言葉を濁して理由を搾り出す、その内容はティオフィラの技量不足を語っていたが、彼女はそれを必死に誤魔化そうとしていた。
その振る舞いは、寧ろはっきりとティオフィラにその事実を伝えている。
アンナの言葉に落ち込んだ彼女は、その長い杖の先端で地面に文字を書き始めていた。
「・・・元気出す」
「いいのにゃ・・・ティオが魔法を使うのなんて、やっぱり無理だったのにゃぁ」
露骨に気落ちするティオフィラの姿に、彼女の文句をつけていたイダも慰める側へと回っている。
段々と姿勢を低くしていく彼女に、イダは背伸びして撫でていた肩を、今はしゃがんで寄り添っていた。
「えーっと、えーっと・・・そうだティオ!あなたに試してほしい事があるの!!」
「なんにゃ?魔法の練習なら、もうこりごりにゃ!」
落ち込んでしまったティオフィラに、周りをうろうろしながら唸っていたアンナは、何かを思いつくと彼女の肩を揺する。
アンナの声に顔を上げたティオフィラも、散々試した魔法の行使はもうやりたくないと、抱える膝を強くした。
「違うの!いい方法があって、それは―――」
蹲ってしまっているティオフィラに、目線の高さを合わせるためにアンナも膝を曲げている、彼女の寄り添うイダもしゃがんでいて、狭い範囲で三人が膝をつき合わせていた。
川のせせらぎは静かに、彼女の声を掻き消さない。
僅かに興奮した様子のアンナの説明が、穏やかな川辺に響いていた。