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昼食の反省会

 漂う炊事の匂いが、食欲を誘う。

 それは、散々な戦いの後の疲れも影響しているだろう。

 近くにある川に簡単に汚れを拭っても、拭いきれていない消耗が彼らの顔には覗いていた。


「・・・あの洞窟はここからも近いし、流石にあのまま放置って訳にもいかないよな?」

「そうですね。アンナちゃんの盾も置いていってしまいましたし・・・クロード様、壁はどれくらい持ちそうですか?」

「丈夫には作ったからある程度は持つと思うけど・・・正直良く分からないな」


 空いたお腹にも、食事の準備にはまだ少し時間が掛かりそうだ。

 重苦しい空気に、クロードがまず最初に口火を切った。

 蜘蛛達がいた洞窟は川沿いに存在する幾つかの洞窟の一つで、その距離は彼らが拠点としている洞窟と近いため、あのまま放置しておくのは懸念があった。

 クロードの不安に同意したクラリッサは、洞窟を封鎖した壁の強度を尋ねるが、それはクロードにも確かな事は言えなかった。


「なんだったら後で見に行ってこようか?その時補強しておけば、多分大丈夫だろ」

「それは・・・お願いしてもよろしいですか、クロード様」

「おう、任せとけ」


 クロード自身も自らが作った壁の強度に不安があったのか、率先して対策を提案する。

 クラリッサはその提案に彼へと面倒を掛ける事を躊躇うが、その不安もクロードの嬉しげな了承に払拭されていた。


「しかし、あの蜘蛛はどうすればいいんだ?武器も魔法も効かなかっただろう?」

「火の魔法は効きませんでしたけど、他の魔法ならもしかすると・・・ですが」

「おおっ、その手があったか!でも、なにが駄目なんだ?」

「私は火と土の基本魔法しか、使えませんから。土の魔法でもおそらく、効果はないと思います」


 お手上げ状態のクロードに、クラリッサが打開策を口にする。

 その内容に光明を見出すクロードにも、クラリッサの口ぶりは重い。

 幼い頃に魔法を学んだきりで本格的な指導を受けていない彼女には、数少ない基本魔法しか扱う事しか出来なかった。

 そのため効果がないことを確かめた火の魔法と、石の礫をぶつけるだけの土の魔法では有効な解決策とはなりえなかった。


「う~ん、そうするとどうしたらいいもんか」

「あの、ご飯の用意ができましたけど・・・お食事いかがですか?」

「あら、もうそんな時間?ありがとうアンナ、それはクロード様に・・・封鎖した洞窟は、そのままで彼らを干し殺す事は可能でしょうか?ううん、空気の通り道ぐらいはあるかもしれませんね」


 解決策のない状態に頭を悩ませるクロードに、そっと横からシチューが盛られた器が差し出される。

 お盆に載せたシチューを彼らが取り囲む机の上に置いていったアンナは、煮詰まっている話し合いに休憩を入れるように提案していた。

 アンナの言葉にもクラリッサは思案の仕草を止めようとはしない、彼女はアンナから受け取ったスプーンでシチューをグルグルとかき混ぜると、一人で思考を進めている。


「にゃー!!!お腹空いたにゃー!!ご飯、ご飯食べたいのにゃぁ」

「・・・ペコペコ」


 話し合いを進める二人と同じテーブルについていたティオフィラが、熱々で湯気を立てているシチューの前に、もう辛抱堪らないといった様子で雄叫びを上げる。

 シチューの器を慎重に避けながら机へと横になった彼女の隣で、イダが静かに涎を垂らしては空腹を主張していた。


「そうね、食事にしましょうか。アンナ、他に運ぶものある?手伝うわよ」

「えーっと、じゃあマッシュポテトがあるから、それを運んでもらえる?」


 二人の空腹の主張に流石にこのままお預けは可哀想だと感じたクラリッサは、手を叩いて話し合いの終わりを宣言する。

 即座に意識を切り替えたクラリッサは、席を立つとアンナの手伝いを申し出た。

 彼女の言葉に顎に指を当てたアンナは、厨房を振り返ると大きな器に山盛りにされたマッシュポテトを指差した。

 クラリッサにそれを運ぶのを頼んだアンナは、部屋の隅の簡易的な仕切りの中にいたキュイにご飯を運んでやっていた。


「にゃ~・・・またそれにゃぁ。ちょっと飽きてきたにゃー」

「・・・同じく」

「ご、ごめんね!その、私もっと頑張るから・・・今は我慢してね」


 クラリッサによって運ばれてきた山盛りの潰された芋に、辟易とした表情で不満を告げたティオフィラに、イダも同意する。

 彼女達の言葉にアンナは申し訳なさげに頭を下げるが、もっと工夫してみせると決意も見せていた。


「こら!アンナも頑張ってんだから、文句言うなよなお前ら」

「うにゃぁ・・・ごめんなさい」

「・・・ごめんなさい」


 二人の態度にクロードが軽く頭を叩く、彼に窘められたティオフィラとイダは素直に肩を竦め、謝罪の言葉を述べていた。

 実際の所、アンナはよくやっていた。

 避難所として設けられていたこの洞窟には保存食が多くあったが、それは食材の豊富さを保障しているわけではない。

 日持ちのする食材は種類が限られる、その中で彼女は日々工夫して、どうにかおいしい食事をと苦心していた。


「にゃー、でもたまには違うものも食べたいにゃ。にいやんの力で、どうにかできないのかにゃ?」

「・・・ワクワク」


 反省を口にしても食事のバリエーションを欲している感情には嘘をつけない、ティオフィラはクロードに擦りついてはおねだりをしていた。

 彼女ほど直接的な行動に出ていないが、その隣からイダも期待に輝く瞳を彼へと向ける。


「うーん・・・なんか出来そうな気はするんだけど、いまいち思いつかないんだよなぁ。一応、獲物の血から塩とかは作ってるんだけど」

「すごく助かってます!」


 二人のおねだりにもクロードの歯切れは悪い、彼も彼なりに能力の使い方を模索していたが、うまく使いこなしている実感はなかった。

 その中でも比較的うまくいった塩の生成は、料理の担当のアンナから猛烈に感謝されていた。

 海からも近くなく、岩塩の生産地も敵に奪われて久しい彼女達には塩は貴重品であった。

 そのため塩をある程度自由に使えるようになったここでの食事は、ヴィラク村にいた頃よりも良くなったとも言える。

 しかしその贅沢も数日も続くと慣れるもので、彼女達は更なる食事の充実を求めていた。


「そう?それは良かった。卵と酢あたりがあればマヨネーズも、いやそれは普通に作れるか・・・醤油ってどうやって作るんだっけ?」


 アンナの感謝にも、クロードはぶつぶつと独り言を続けている。

 二人に言われるまでもなく、彼自身が食事の充実を求めて、なんとか自分の能力を生かせないかと思案し続けていた。


「ほらほら!せっかくのご飯が冷めちゃいますから、食事を始めましょう!」

「にゃー!そうだったにゃ!!」


 他の話題にシフトしてしまった話し合いに、クラリッサは手を叩くと皆の意識を食事へと戻した。

 彼女の声に空腹を思い出したのか、ティオフィラはスプーンを手に取ると、大慌てでシチューを掻き込みはじめる。


「・・・ティオ、汚い」


 勢いよく掻き込むティオフィラに、飛び散った飛沫がイダの頬を汚す。

 その静かな抗議は和やかな食事の中で、波風立てる事なく消えていった。

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