ケイヴスパイダーとの戦い 1
川辺の洞窟は、まだ高い日差しにも薄暗い。
それはまだ浅い場所だからの明るさで、奥まで進んだ人間にはその限りではない。
それほど深くはない洞窟は、すぐに行き止まりまで届いてしまうのか、響く物音はその構造に反響して不気味な音色を奏でていた。
「ティオ、お願い!」
「わ、わかったにゃ!リーンフォース―――」
クロードが掲げた松明は洞窟の奥までは照らさない、その際へと立つアンナは盾を構えるとティオフィラへと支援を願う。
彼女の声に緊張気味に杖を構えたティオフィラは、アンナが教えてもらった呪文を唱えようとした。
「アーにゃぁぁぁぁ!!?」
「ティオちゃん!?」
呪文を唱え終える刹那に、ティオフィラの身体には白銀に輝く糸が巻き付いていた。
それはアンナの目の前にうじゃうじゃと群れている、巨大な蜘蛛が放った粘糸だった。
複数の蜘蛛から放たれた粘つく糸に、アンナはどうにか盾で防いでいたが、その後ろで呪文に集中していたティオフィラは為す術なく捕まってしまう。
「・・・切れない」
「ケイヴスパイダーらしいけど、この糸毒とかないよな!?大丈夫か、ティオ!!」
糸に絡め取られたティオフィラを救おうと、その糸をナイフで切りつけたイダは、刃に張り付いただけの粘糸に苦戦していた。
洞窟の先に目を凝らして蜘蛛を鑑定したクロードは、その種族に毒がないかを気にしている。
彼は露出しているティオフィラの肌に触れると、癒しの力を発動させた。
「ケイヴスパイダー・・・確か、その牙に微弱な痺れ毒があるだけだった筈です!」
「そうか!それは良かったが、これはどうすればいいんだ!?」
何度切りつけても千切れそうにない糸に、イダはそれを諦めてティオフィラの身体を引っ張っていた。
それに倣ったクロードは二人でティオフィラの身体を引っ張るが、それはその手に糸を貼り付けるだけでしかなかった。
「クラリッサ、早く・・・もう持たない」
イダとクロードが糸に捕らえられたティオフィラに掛かりっきりになっている間、一人で蜘蛛の攻撃を防いでいたアンナは、その盾にびっしりと糸を張り付かせて限界に喘いでいた。
「不味くないかこれ!?どうすりゃいいんだ!!?」
「にゃー!とにかくこれを早く取って欲しいにゃー!!」
「・・・ねちゃねちゃ」
アンナの苦境に焦りの声を上げたクロードは、持っていた松明を取り落とし両手でティオフィラの身体に張り付いた糸を取り除こうとする。
全身に張り付いた気持ちの悪い糸に辟易するティオフィラは、必死に救助を求めるがイダの手は粘液に塗れるばかりだった。
「不味いっ!?イダ、クロード避けて!!」
「・・・捕まった」
後方から全体を眺めて善後策を考えていたクラリッサは、アンナから狙いを変えた蜘蛛の姿に警戒の声を上げた。
しかしその声はすでに遅く、イダとクロードの二人に向かって糸が放たれる。
ティオフィラを助けるのに注力していた二人にそれを避ける術はない、イダは片足を糸に絡め取られてどうにか踏ん張っていた。
「えっ!?・・・あれ?」
対応できない状況に驚きの声だけを上げたクロードは、来たる衝撃に目蓋を閉じて備えていた。
しかしいつまで経ってもやってこない衝撃に恐る恐る目蓋を開けると、そこには糸など存在しなかった。
「なんでだ?・・・あっ、そういう事か!!」
疑問に周りに視線をやれば、落とした松明の所で蜘蛛から放たれた糸が途切れていた。
その状況は見るからに、この糸には炎が有効だと知らせている。
クロードは急いで、松明を手に取った。
「イダ!」
「・・・助かった」
掛けた声にイダは意図を察して、糸の張り付いた片足をなるべくクロードの近くへと差し出した。
彼女の足に繋がる糸を素早く焼き払ったクロードは、ティオフィラへと近づいていく。
イダは足首に残った糸を気持ち悪そうに洞窟の壁に擦り付けていたが、取れそうもないそれに諦めると静かに感謝を述べた。
「ティオは・・・これは、どうしたらいいんだ?」
「にいやん、にいやん!ティオ我慢するから、早く助けて欲しいにゃ!!」
「う、それしかないのか・・・すぐに治してやるから、頑張れよ!!」
全身のかなり範囲を糸に拘束されているティオフィラに、クロードは助けるのを躊躇ってしまう。
しかし身体を粘つく糸に捕らえられているのが相当気持ち悪いのか、必死に救援を求めるティオフィラは火傷も厭わないとクロードに懇願する。
彼女の願いにもその身体を傷つけてしまう行為に躊躇ったクロードは、覚悟を決めるとティオフィラに松明を突きつけた。
「にゃ?なんにゃ、たいした事ないにゃ~・・・あちち、あちゃちゃちゃ!!?」
「おわわ!?だ、大丈夫か!?とりあえず癒しの力を、うわっ!?あち、あちゃちゃちゃ!!?」
火に掛けられて燃え始めて粘糸にも、ティオフィラは始め余裕そうに振舞っていた。
それもそのはずで何重にも絡まった糸は、その火を表面で燃やしているに過ぎなかった、しかしそれもすぐに燃え広がり、熱を届け始める。
悲鳴を上げて暴れ始めたティオフィラに、クロードは慌てて彼女を掴まえて癒しの力を発動しようとするが、動き回る彼女に掴み損ねてその身に纏う炎が燃え移ってしまう。
「あちゃちゃちゃ!!にいやん、助けてにいやん!!」
「あち、あちちっ!!待ってろ、あちゃちゃ!!?」
「・・・うるさい」
お互いの後を追って円を描き出した二人に、イダの静かなつっこみが入る。
彼女は外の川から汲んできたのか、そのカーブを描く大盾に水を湛えていた。
走り回る二人に狙いを定めた彼女は、その水を一気に振り掛ける。
「にゃ、にゃあ~・・・助かったにゃぁ。イダ、ありがとにゃ」
「ふぅ~、これで大丈夫かな。助かったぞ、イダ。よくやったな」
「・・・えっへん」
振り掛けられた水に鎮火した二人は、一呼吸つくと口々にイダへと礼を言っている。
すぐにティオフィラと自らを癒したクロードは、自慢げに腰に手を当てるイダの頭を優しく撫でてやっていた。
「ク、クロード様・・・た、助けてください」
「そうだった!?悪い、アンナ!!そらっ!」
もはや限界を超えていそうな時間、一人で踏ん張っていたアンナから絞り出すような声が響く。
限られた蜘蛛の数に、そのほとんどからすでに糸を放たれていた彼女は、どうにか気力だけで今まで耐えてきていた。
ティオフィラを助けるのに必死で彼女の存在を忘れていたクロードは、慌ててとっくに放っていた松明を手に取ると、それを彼女の前へと放り投げる。
「きゃぁ!?」
「よしっ!うまくいった!!」
「にゃー!にいやんすごいにゃー!!」
「・・・ないす」
焼ききれた糸に必死で踏ん張っていたアンナは、引っ張る力が急になくなったことで尻餅をつく。
彼女の盾を中心に放射状に広がっていた糸の範囲に、外しようのないコントロールもクロードは大げさにガッツポーズを作る。
傍にいた二人もその姿に触発されて、素直に感嘆の声を上げて拍手をしていた。
「アンナ、そのまま伏せてて!!」
「えっ!?は、はい!」
ようやく蜘蛛の糸から開放されて立ち上がろうとしていたアンナを、クラリッサの鋭い声が制止する。
クラリッサの声に慌てて盾を被ってその下に隠れたアンナは、声を掛けてきた彼女の方へと視線を向けた。
「ファイヤー・バレット!!」
地面へと横になったアンナへと一瞬視線を向けたクラリッサは、その手の杖を蜘蛛達へと向けると魔法を放つ。
彼女は毒を持っている蜘蛛の牙に向けて、その火の弾丸を放っていた。