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レオン・エルランジュの帰還

 薄暗い洞窟の中に、炊事のいい匂いが漂っている。

 火を多く使う必要のある調理場は、その性質上洞窟の入り口近くに設けられていた。

 そこを忙しく歩き回っている少女がいた。

 彼女は包丁やお玉など調理器具を片手にしながらも、どこか気になるところがあるように、同じ方向へと頻繁に振り返っている。


「・・・可愛い」

「干し肉なんか上げて大丈夫なのか?ほら、塩分とか・・・」


 彼女の視線の先には、小さな白い蜥蜴がいた。

 その蜥蜴はイダが摘んだ干し肉の欠片を首を伸ばして食いつくと、何度か空中で位置を変えるようにして呑みこんでみせる。

 その様子にイダはうっとりと呟きを漏らすが、隣で見ていたクロードはその蜥蜴の健康を気にしてあたふたしていた。


「キュイ?キュー!キュー!」


 目の前の二人のやり取りに不思議そうに首を傾げた蜥蜴は、追加の餌をねだっては鳴き声を上げる。

 その仕草にやられたイダは、早速次の干し肉へと手を伸ばしていた。


「・・・食べる」

「あー!!ちょっとやり過ぎだよ、イダ!!私の分も残しててよー!」


 先ほどよりも少し大きい干し肉の欠片を摘んだイダは、うきうきの笑顔でそれを蜥蜴へと差し出した。

 その様子を目にしたアンナは、調理中のフライパンから目を離して抗議の声を上げる。

 彼女の声に蜥蜴も戸惑うように首を動かすが、流石に目の前の干し肉の魅力には敵わなかったのか、ぱくりとそれに食いついた。


「アンナちゃん!フライパン、フライパン!!」

「あわわっ!?うぅ・・・ちょっと焦げ付いちゃった」


 アンナの料理を手伝っていたクラリッサから、鋭い声が響く。

 彼女の指摘に慌ててフライパンを火から離したアンナは、その中身をへらで確認すると、僅かに黒くなった表面に落ち込んだ声を漏らしていた。


「ごめんね、クラリッサ。注意してくれたのに・・・」

「平気よ、それぐらい・・・アンナ、あなたはそのまま料理を続けて」

「うん・・・?」


 得意の料理の失敗に落ち込むアンナを慰めようとしたクラリッサは、その途中で何かに気づいて歩き始めた。

 彼女の振る舞いに疑問交じりに頷いたアンナは、火加減に気にしながら料理を再開する。


「イダちゃん、ついてきて。クロード様は、キュイちゃんをお願いします」

「・・・分かった」

「なんだ、なにかあったのか?」


 洞窟の入り口へと向かうクラリッサは、その途中にイダにも同行を求める。

 蜥蜴の口が届くか届かないかの高さに干し肉を上下させて遊んでいたイダは、彼女の声にそれをクロードへと渡すと静かに頷いた。

 状況が良く分かっていない彼は呆けた顔で干し肉を受け取ると、すぐに蜥蜴に食べられてしまう。


「にいやん!!にいやんはどこ!!?」

「ティオちゃん?一体どうしたの、そんなに慌てて?」


 洞窟の入り口から飛び込んできたティオフィラは、大声を上げてクロードの姿を探す。

 彼女の姿に安心したクラリッサは安堵の息を吐くが、ティオフィラの尋常ではない様子に僅かに焦りの色を見せた。


「まったく、何で私がこんな奴を・・・」

「エミリアちゃんも戻ってきたのね。ティオちゃんが様子がおかしいのだけど・・・!?」


 ティオフィラに続いて洞窟へと入ってきたエミリアの姿に、クラリッサはティオフィラの様子を尋ねようとする。

 しかしそれは、彼女が担いでいる人物を目にすると言葉を失った。


「にいやん!!レオにぃを、レオにぃを治してあげて!!!」

「お、おい!?どうしたんだよ、ティオ!誰か怪我したのか!?エミリアか!?」


 もはや泣き喚いている状態のティオフィラに、腕を無理やり引かれてやってきたクロードは、切羽詰った彼女の様子に最悪の状況を想像する。

 しかし慌てて視線巡らせた先には、どこかうんざりした表情を見せるエミリアの姿があった。


「私は大丈夫だから、こいつをお願いクロード。私はどうでもいいけど・・・こいつが死ぬとアンナが悲しむから」

「お、おう!本当に大丈夫なんだな、エミリア?痛かったらすぐ言えよ?」


 ボロボロの少年の身体をクロードへと預けたエミリアは、さっさと洞窟内へと入っていく。

 そのすれ違いざまに何事か呟いた彼女に、クロードは心配げな視線を向けるが、彼女は困ったように笑うとそのまま立ち去っていった。

 少年ほどではないが傷だらけの彼女の様子が気になったのか、イダはエミリアへと付き添って洞窟へと戻る。


「それで、こいつを治せばいいのか?うわっ!?生きてるよな?死人は無理だぞ・・・」


 治療しやすいように洞窟まで運んで、少年を地面に寝かしたクロードはその惨状に恐る恐る手を伸ばす。

 彼の傍には心配そうに窺うティオフィラと、どこかまだ驚いているように見えるクラリッサが寄り添っていた。


「大丈夫そうだな・・・ところで、誰なんだこいつ?見たことはある気がするんだけど・・・」

「それは・・・」


 瀕死の少年の身体を、薄い光が包む。

 見る見るうちに塞がっていく傷口は、彼の失われた左手と右目も例外ではない。

 その様子に安堵の息を吐いたクロードは、いまいち見覚えのない少年の名前を周りへと尋ねる。

 どこか言い淀んでいるクラリッサの後ろから、何か金属が地面へと落ちる音がした。


「・・・レオン?本当にレオンなの?良かった、本当に良かった・・・うぅ、うわぁぁぁん!!」

「なんだ、どうしたんだアンナ?どこか痛いのか?」


 少年の姿を目にして、包丁を落としたアンナはその身体に縋りつくと大声で泣き始めた。

 その様子に呼応するようにティオフィラも泣き声を上げはじめ、クラリッサも涙ぐんでいた。

 一人状況がまったく分からないクロードだけが、戸惑い疎外感を味わっていた。

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