新しい役割で
森の木々の間には、草を踏む音が響く。
木々の間の僅かに開けた空間に、固まって辺りを警戒する人影がいた。
彼らがなにを警戒しているかはこの音を聞けば想像出来る、ましてやこの遠吠えを聞けば。
「アンナ!前に出て敵の攻撃を引きつけて!!その間に私が魔法で!」
「わ、分かった!!」
周りから響く草むらを掻き分ける音に、狼達が距離を詰めつつあるのは見るまでもなく明らかだ。
一斉に掛かられれば一溜まりのない状況に、クラリッサはアンナへ敵の注意を引くように頼む。
その全身が隠れるような大盾を抱えたアンナは彼女の指示に、慌てて前へと飛び出そうとした。
「・・・危ない」
「えっ!?イ、イダ!?」
「先に強化魔術を掛けてからじゃないと!!」
後ろから掴まれた服に、アンナはつんのめって大盾を大地へと突き刺した。
訴えかけるようなイダの瞳に、驚き振り返ったアンナは疑問の声を上げるが、クラリッサがすぐにその少ない口数を補足する。
「そうだった!リーンフォース・ア―――」
クラリッサの指摘に腰に括りつけた短杖へと手を伸ばしたアンナは、自らを強化する魔法を掛けようと口を動かし始める。
気が動転している彼女は周りに気を払う余裕がない、隙だらけのその姿を見逃すような狼達ではなかった。
「・・・アンナっ!!」
アンナの横合いから飛び出したイダが、その背中に背負った大盾で狼の牙を弾く。
逆に硬い金属の塊に押し出された狼の方が地面へと叩きつけられる、イダは身体を反転させると片手に構えたメイスを振り下ろした。
「ぎゃん!!?」
「・・・取れない」
頭をメイスで殴打された狼は、断末魔の悲鳴を上げて倒れ伏せる。
重い一撃にも、その狼はまだ息があるようだった。
しかし地面に横になりぐったりとした様子に、戦闘を継続する能力はなさそうだ。
次に襲い掛かってくる敵を警戒するイダは、どうにか大盾を取ろうとするが、背中に括りつけたそれにうまく取れないでいる。
「イダ、伏せて!!」
「・・・んっ」
クラリッサの声に、イダは素直にその場へと蹲る。
彼女に襲い掛かろうとしていた狼は変わる軌道に若干速度を緩めるが、それは一瞬の事に過ぎない。
イダへと飛び掛った狼の頭に、ナイフが突き刺さる。
寸断された意識に逸れた軌道は地面へと帰結する、それでもまだ動こうとする狼に、今度は二本ナイフが突き刺さっていた。
「クロード様!イダの盾を取ってあげてください!!」
「お、おう!」
「皆、いつも戦い方を!!まずはこの危機を乗り切ります!」
身長ほどもある杖を地面へと放ったクラリッサは、ナイフを構えて周りへと指示を出す。
彼女の指示にクロードはイダへと駆け寄って、その背中に括り付けられた大盾を取り外した。
それを手にしたイダはクロードを後ろに守りながら、ゆっくりと集団へと戻ってくる。
「リーンフォース・アーマー!私はなにをすればいい、クラリッサ?」
「皆に出来るだけ強化を掛けてあげて・・・来る、皆気を引き締めて!」
発動しかけていた魔法の対象を迷ったアンナは、傍らに戻ってきたクロードへとそれを掛ける。
地面に立てかけた大盾に身を隠した彼女は、短杖を両手に構えながら集中力を高めていく。
彼女へと指示を出したクラリッサは近寄ってくる物音に、気合を込めた声を上げた。
盾を持ったイダが見当をつけた方角へとそれを構えて進み出て、そこに狼が襲い掛かる。
彼女の身体を包んだ薄い光に、その傍をナイフが走る、戦いはまだ始まったばかりだった。