神の領域
「・・・クロード様が死んでも復活できる事は分かりました、しかし次は事前に説明いただけませんか?」
一通り泣いて落ち着いたのか、赤い目を腫らすだけで大人しくしている少女達に囲まれて、クロードは正座していた。
彼の眼前にはクラリッサが立ち塞がり、訥々と彼に対して語り掛けている。
「いや、でもこれは・・・一度その目で見ないと、信じられなくないか?」
「事前に、説明、いただけませんか?」
「あ、はい」
彼女の言葉に恐る恐る反論を述べたクロードは、笑顔のままで睨み付けるクラリッサの迫力に、ただただ了承を返すしか出来なかった。
「分かっていただけたのなら、良かったです」
「はい、肝に銘じます・・・それで、復活できる回数なんだけど、それは―――」
「それは、言わない方がよろしいかと」
クロードの素直な返答に満足したクラリッサは、今度は優しげな笑みを浮かべる。
彼女の表情の変化に反省の弁を述べたクロードは、自らの能力の細かい解説を行おうとして、それを遮られる。
彼の言葉を遮ったクラリッサは、アンナやエミリアに目配せすると、彼女らも同意するように頷いていた。
「そう?まぁいいけど。じゃあ次は、えーっと・・・寿命が千年あります」
「はぁ!?あんたヒューマンでしょう?ヒューマンの寿命なんて、良くて百年ぐらいだって・・・そうでしょ、アンナ?」
「う、うん。そうだよ・・・クロード様は、ヒューマンではないんですか?」
クロードが雑に告げた寿命に、エミリアが素っ頓狂な声を上げる。
彼女は慌ててアンナへとヒューマンの寿命を確かめるが、それは聞くまでもなく明らかだった。
アンナが尋ねた声はどこか不安げだった、それは同族だと思っていたクロードが違う種かもしれないと知ったからか、彼女の瞳は悲しげに揺れていた。
「いや、種族的にはヒューマンだと思うけど。多分・・・」
「よかったぁ・・・」
女神に作られたこの身体が、この世界の既存の種族と同じとは限らないが、少なくともヒューマンをベースにしている事は確かだろう。
クロードの濁した返答にも、アンナは心底安堵したように胸を押さえていた。
「えーっと、そうだな次は・・・どんな言葉でも喋れるし聞き取れます。あ、文字も読めます」
「・・・それは、魔物達の言語も、という事でしょうか?」
「あぁ、多分大丈夫だと思う。ただ、どうも意識しないと聞き取れないみたいでな・・・必要なら言ってくれよ?」
「はい、畏まりました」
どんな存在の言葉も聞き取る能力は、全ての命を騒音へと変える。
その全てを聞き取ってしまうと発狂しかねない力に、それは意識による偏向というセーフティが掛けられていた。
クラリッサはその能力に戦術的な可能性を思い至り、顎に手を添えた。
彼女の仕草に何か感じるものがあったクロードは、考える事を放棄して彼女へと采配を丸投げする。
彼女の笑顔に、その判断は間違ったものではなかっただろう。
「にいやん、にいやん!『イダが、大好き』分かったにゃ?」
「・・・クロード、『ティオ、いつもありがとう』」
「お前ら、仲良いな」
それぞれの種族の言葉だろう、別の言語でお互いに気持ちを伝え合うティオフィラとイダは、くっつけた頬にクロードへと視線を送る。
彼女達のあまりの仲良しさに、クロードは呆れるように感想を漏らす。
二人の言葉が分からなかった周りも、わちゃわちゃとじゃれあいだした二人と、クロードの言葉になんとなく意味を感じ取っていた。
「癒しの力と作りの力は知ってるよな?じゃあ、後はそうだな・・・いや、これは露骨だし、別に言わなくてもいいよな」
「・・・?」
すでに披露した事のある力について視線で確認を取ったクロードは、まだ説明していない能力の中から、子孫に特別な力を齎せる力について説明しようとする。
しかし人類が危機に瀕している状況に、自分以外女だらけというこの場においては、その能力はあまりに露骨過ぎる。
流石のクロードも、その内容は心に秘めていようと言葉を濁していた。
「えー、こほん!これは重要な能力になるんだが、俺の周りにいるとすっごく成長が早まります」
「・・・えっと、それはどういう意味でしょうか?早く大人になるということですか?それだと寿命も短くなるような・・・?」
独り言のように言葉を濁したクロードに、どこか奇妙な沈黙が流れると彼は咳払いをして仕切りなおすと、この状況では最重要となる能力を発表する。
周りの者を成長させる力は、彼が楽して暮らすために望んだものだったが、この状況においてはまさに切り札ともいえるものとなる。
クロードのふんわりとした説明に、クラリッサは首を捻ると眉を顰めて疑問の声を上げた。
「いや、基本的に能力とか、技能が伸びやすくなる筈。最大で十倍だったかな?」
「十倍ですか!?それはちょっと・・・すごいですね。しかしそれだと、敵の成長も促進してしまうような・・・?」
「それは大丈夫、この効果は味方・・・仲間だけだから」
クラリッサの疑問に、クロードは能力の具体的な説明を始める。
その内容の余りの驚異的さに、クラリッサは思わず叫び声を上げた。
彼女の目には少しずつ希望の火が灯りつつあった、それはこの状況でも何とかなるかもしれないという、微かな道筋が見え始めたからかもしれない。
「・・・まったく、とんでもない力ね。あんた本当に、人間なの?」
「まぁ、そこはいいじゃない。それで、どう?俺が合流してからそれなりに戦ってきた気がするけど、成長した感じする?」
エミリアが呆れるように溜息を吐くと、冗談めかしてクロードの正体を尋ねる。
彼女の問い掛けを適当に誤魔化したクロードは、周りの少女達に成長の実感を尋ねた。
逃走の道中は修羅場の連続だった、そこで積んだ経験が能力によって促進されているなら、かなりの経験になった筈である。
「言われてみれば、確かに狙いが正確になった気もするけど・・・」
「ティオも身体が軽くなった気がするにゃー!これってにいやんのおかげなのにゃ?」
クロードの質問にエミリアとティオフィラがそれぞれに成長の実感を口にする。
手応えのある感覚も、必死の状況では冷静に比べる事も出来ない。
彼女達の感想は、ひどく曖昧なものだった。
「私も動きが鋭くなったような気もしますが・・・それが成長かといわれると、ちょっと・・・」
「・・・よく分からない」
「わ、私は強くなったと思いますよ!ほ、ほら、力こぶ!見てください、ほら!」
クラリッサとイダは、素直に実感のなさを口にしていた。
彼女達の言葉にクロードをフォローしようと、アンナが必死に袖を捲っては力こぶを作ってみせている。
彼女の華奢な腕にはうっすらと盛り上がりが出来ていたが、それは良く見れば分かるという程度だった。
短期間の修羅場に濃密な経験は、彼女達を確かに成長させている筈だ。
比較的に分かりやすい筈のそれも、本人達が実感するのは難しい。
それも当たり前だろう、神ならぬ彼女達には自らの能力を数値化など出来ないのだから。
しかし、それが出来るとしたら。
ここに、それを可能とする眼を持つ者がいる。
「皆の言うとおりだな、成長の実感なんて中々湧かないもんだ。だが、それがはっきりと見ることが出来ればどうだ?自らの能力をはっきりと数値化し、技能の習得が分かるとしたら?」
「それは、とても助かりますが・・・まさか、クロード様!?」
彼女達のリアクションは、クロードにとって想定内のものであった。
彼は勿体つけて自らの能力を匂わせる言葉を並べる、それに望んだとおりの反応を見せてくれるクラリッサに、クロードは上機嫌に指を突きつけた。
「それが俺の最後の能力、神の眼だぁぁぁ!!」
格好つけて顔に手を当てたクロードは、能力の名前を叫びながら力を発動させた。
前に立つクラリッサへと焦点を定めていた彼の視界に、彼女の能力が書かれたウインドウが表示される。
その内容を目で追おうとしていたクロードの視界に、次々に情報が書き込まれたウインドウがポップアップする。
それは止まる事なく増え続けると、彼の視界を覆い始めた。
「これは・・・?おい、ちょっと待て、なんだこれ!?止めろ、止めてくれぇぇぇ!!ああ、ああぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
「クロード様!?」
視界を塗りつぶす情報を嫌って目線を正面から逸らしてみても、また別の情報で埋め尽くされるだけ。
圧倒的な情報の洪水に、脳が熱を帯び始める。
それはやがてはっきりとした痛みとなり、クロードは悲鳴を上げながら頭を掻き毟った。
彼のその姿に慌てて少女達が駆け寄っても、彼の鼻や目から溢れる血液を受け止めるだけ、視界に映った身体に、また新たな情報が焼き付いてしまう。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!止めろぉぉぉぉぉ!!これを、止めてくれぇぇぇぇぇぇ!!!」
「にいやん!!にんやん!!」
「誰か、誰かクロード様を助けて!!」
溢れ出る情報に焼き切れ続ける脳を、癒しの力が治し続けている。
その速度は拮抗し、クロードに苦痛だけを長引かせていた。
しかし、それも終わりを迎える。
この瞳はいつか、世界の理までも数値化し始めた。
人の脳は、それに耐え切れない。
視界の端が赤から黒へと塗りつぶされ、彼は最後に少女達の泣き顔を見ていた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!あぁ、ぁ・・・」
何かを焼き尽くす幻聴を聞いて、彼の視界は暗闇に覆われる。
その一瞬前に、僅かな視界から消えていく情報の姿を彼は見ていた。