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川原での戦い

 雨の降らない数日に、水位の下がった川の流れは相変わらず速い。 

 それでも、その水辺を跳ねる足を掬うほどではない。

 騒がしい水音は幾つも、少女達の緊迫した声がそれに続く。


「アンナ、そっちに行ったわよ!!」

「ま、任せて!!」


 エミリアの鋭い声に、アンナはその半身を覆うほどの盾を構える。

 彼女の目前へと迫っているのは、人の身体よりも一回りほど大きい熊だった。


「リーンフォース・アーマー!」


 盾を構えていない方の手を腰の短杖に添えたアンナは、魔法を発動すると足を広げて衝撃に備えた。

 アンナの目の前まで接近した熊は、身体を起こすと大きく手を振りかぶる。

 彼女はその動きに合わせて僅かに盾を動かした、熊の強烈な一撃が振り下ろされる。


「ぐっ!!?」

「アンナ!?このっ!!」


 金属を叩いた鈍い音に、アンナのくぐもった悲鳴が重なった。

 十分に備えていたにも拘らず、大きく吹っ飛ばされて川へと落ちたアンナの姿に、エミリアは心配と怒りの声を上げる。

 彼女は吹っ飛ばしたアンナへ追撃に向かおうとしている熊へと駆け寄ると、その手に持った斧を振り下ろす。


「嘘っ!?どんな素材で出来てんのよ、この毛皮!?」


 エミリアが振り下ろした斧は、熊の毛皮へと食い込むとその表皮だけを削って弾かれてしまう。

 体重を乗せた一撃が毛皮を滑って落ちた事で体勢を崩したエミリアは、そのまま転がるようにして川へと身を躍らせた。


「ぐがぁぁっ!!」

「はっ!読んでるっての!!」


 攻撃に反応して腕を振るった熊の一撃は、いち早く身を躱したエミリアを捉える事はない。

 彼女は熊が攻撃を空振った隙に、先ほどとは別部分を狙って斧を振り払うが、それが効果的な攻撃になる事はなかった。


「やっぱ駄目か・・・っとと!?クラリッサ!!」

「分かってる!お願い、ティオちゃん!!」


 通用しない攻撃を嘆いたエミリアは、身体ごとぶつかりにきた熊に慌てて後ろへと飛びのいた。

 彼女は川へと弾き飛ばされ、気を失っていたアンナを助け起こしていたクラリッサへと振り返る。

 アンナの頬を叩いては気付けを行っていたクラリッサは、目覚めた彼女に立ち上がると大声でティオフィラの名を叫んだ。


「ふっふっふ・・・ようやく、ティオの出番にゃ!いっくにゃー!!!」


 流れを変える川に、曲がった川岸の途切れた視界から飛び出してきたティオフィラは、元気よく声を上げると熊に向かって一直線に駆け出していく。

 彼女の明るい声は当然、熊の耳にも届いており彼はそちらへと注意を向けていた。


「あんたの相手は、こっちだっての!!」


 エミリアの大振りの一撃はそれでも熊の毛皮を貫きはしなかったが、その衝撃は彼の頭を傾かせていた。

 少ないながらもダメージを受けた攻撃に、熊はエミリアへと報復の一撃を放つ。

 素早く身を躱していた彼女も、その一撃は避けきれずに肩口に掛けて服を裂かれてしまった。


「もらったにゃ!!」

「ぐぅぅぅがぁぁ!!」


 エミリアが注意を引いていた間に距離を詰めていたティオフィラが、勝利を確信した声を上げる。

 その声を背中に聞いた熊は、身体ごとぶつけるようにして腕を振り抜いていた。


「・・・にゃーんてにゃ。ウィークネス・アーマー、ストレングス・ダウン、にゃ!!」


 熊が放った強烈な一撃は、何もない空間を薙いだだけで終わる。

 中空を一回転して彼の背後へと静かに着地したティオフィラは、拳に着けたグローブに紫色の光を纏わせると、その背中に拳を叩き込んだ。


「いてて・・・硬っいにゃぁ」


 熊の硬い毛皮に拳を痛めたティオフィラは、それを振っては溜まった痛みを逃がそうと息を吹く。

 彼女の攻撃によって身体に異変を感じた熊は、その怒りを込めてティオフィラへと襲いかかろうとしていた。


「がぁぁぁっ!!」

「・・・今度は、耐えてみせる!」


 ティオフィラの後ろから飛び出してきた人影が、その一撃を途中で受け止める。

 響く金属音に、今度は地面を削る音が続いた。

 大地を踏みしめるアンナは、盾の後ろから熊の顔を睨み付ける。


「イダ、今にゃ!!」

「・・・いただき」


 ティオフィラの合図に川原に掘った穴から抜け出したイダは、偽装のために被っていた布を脱ぎ捨てる。

 舞う土埃の中で、彼女はナイフを構えていた。


「ぐがぁぁぁっ!!?」


 イダが放ったナイフは二本、一本は外れて熊の腕に突き刺さったが、もう一本は狙い通り彼の目を貫いていた。

 顔を押さえて絶叫する熊に、イダは再びナイフを構えようとする。

 しかし彼が一直線に彼女に向かい始めると、一目散に逃げ出していた。


「タダで行かせると思うな!!」

「え、えいっ!!」


 熊がイダへと向かって走り出す前に、エミリアとアンナが左右から攻撃を繰り出した。

 ティオフィラの弱体魔法によって軟らかくなった毛皮に、斧と槌が突き刺さる。


「ぐぅぅっ!!」


 舞う血飛沫にも、目を潰された怒りの方が勝ったのか、熊は彼女らに構う事なくイダへと向かっていく。

 エミリアとアンナもそれを止めようとするが、熊の勢いに弾き飛ばされてしまっていた。


「ぐがあぁぁぁ!!」

「・・・お助け」


 熊の走りは、その見た目にそぐわぬほどに速い。

 鈍足のイダは必死に逃げていたが、一歩ごとに縮まっていく距離にやがて諦めたように向き直ると、身体を丸めて許しを請うた。


「がぁぁぁ、ぐがぁっ!?」

「・・・狙い通り」


 イダの目の前で立ち止まった熊は、その身体を持ち上げると大きく手を振りかぶっていた。

 唸り声を上げて致命的な一撃を放とうとした熊に、足元から金属音が響く。

 大きく掲げた右前足を支える熊の左前足には、トラバサミが食い込んでいた。

 彼がそれに気を取られて動きを止めた隙に、イダは彼の手が届かない範囲へと逃げていく。


「・・・もう一つ」

「ぐがぁぁぁ!!?」


 丸まった時にナイフを取り出していたイダは、トラバサミに捕まって動けない熊に向かってそれを放つ。

 今度はうまく二本とも命中したナイフに、熊は顔を覆って叫び声を上げた。


「・・・クラリッサ」

「任せて!!皆は、危ないから離れて!!」


 顔を手で覆いながらトラバサミから逃れようと暴れる熊は、危険すぎてとてもじゃないが近づきようがなかった。

 徐々に熊から離れていくイダは、クラリッサへと視線を向ける。

 自らの身長にも匹敵しそうな杖を構える彼女は、皆に離れるように注意すると、目蓋を閉じて集中し始めた。


「イダは、ティオが連れてくにゃー」

「・・・無念」


 クラリッサの声に全力で逃げ始めたイダも、その鈍足ばかりはどうしようもない。

 そんな彼女の傍を一気に追い抜いていったティオフィラは、彼女の手を取ると引っ張って走り始める。


「皆、大丈夫ね!!ファイヤー・アロー!!」


 最後に確認の声を上げたクラリッサは、瞳を開けると高らかに呪文を唱える。

 その突きつけた杖から放たれたのは、炎の矢だ。

 彼女の杖からもう一つ放たれたそれは、二本連なって動けない熊へと向かっていく。


「ぎががぁぁぁぁぁぁ!!!」


 熊の身体へと突き刺さった炎の矢は、その毛皮へと火を燃え移らせる。

 あまりの痛みに暴れまくる熊も、トラバサミを破壊するまでにはいかない。

 暴れる両手が目に刺さったナイフに当たって傷を深くするが、今の彼には気にするほどの事ではないのだろう。


「クロード様!止めを!!」

「ま、任せろ!!」


 自らの魔法が敵に大ダメージを与えた事を確認したクラリッサは、後ろを振り返ってクロードへと声を掛ける。

 彼女のさらに後方に位置していたクロードは、その合図に弓を引き絞ると狙いを定めた。


「・・・ここか?いっけぇぇぇぇ!!!」


 弱い力に、引き絞った狙いはふるふると震える。

 目を細めてつける狙いに定まったのは一瞬だ、その瞬間にクロードは矢を放っていた。

 自信のない技術は願う声を大きくする、彼は矢を放った姿勢で雄叫びを上げていた。


「ぐがぁぁぁぁ!!!」


 響く熊の絶叫は変わらず、クロードの放った矢は明後日の方向に消えていった。

 彼の悲痛な声だけが響く気まずい沈黙に、エミリアの手を打ちつける音が響いた。


「はいはい、皆慎重に止めを刺すわよー。怪我しないようにねー」


 エミリアの声に、動向を見守っていた少女達は一斉に動き出す。

 斧を担いだエミリアはゆっくりと熊へと歩き出し、アンナはクロードの方を気にしながらそちらへとついて行った。


「ティオも、ティオもやるにゃ!!」

「ティオは・・・危ないからまた今度ね。イダ、まだナイフはある?」

「・・・ある」


 イダを引き連れて熊から離れていたティオフィラは、彼女を連れてエミリアへと近づいてきていた。

 ティオフィラのアピールに彼女の戦い方を考えたエミリアは、イダへと視線を向ける。

 エミリアにナイフの残量を尋ねられたイダは、身体を探るとナイフを取り出して、それをティオフィラへと見せ付けていた。


「お、おーい。エミリア、アンナー・・・おっかしいなぁ、当てれると思ったんだがなぁ」

「・・・惜しかったですよ、クロード様。次、頑張りましょう!きっと出来るようになります!!」


 自分を置いて勝手に事を進める少女達に、控えめに声を掛けるクロードのボリュームは小さい。

 彼はやがて諦めると、首を捻りながら頭を掻いていた。

 その視線は、思い通りにならない弓へと向いている。

 その様子に言葉を迷わせたクラリッサは、とりあえず根拠のない励ましを精一杯明るく振舞っていた。


「・・・そう?そうかなぁ・・・」

「大丈夫です、私が保証しますから!!」

「本当にぃ・・・?」


 ぐちぐちと不安をのたまうクロードに、クラリッサの必死な励ましが響く。

 それは、熊の断末魔の声が轟くまで続いていた。




「アングリー・ベアね、強い魔物なの?」

「・・・かなり強力な魔物です、これはまだ子供といってもいい個体ですね。運が良かった」


 熊の死体の傍で、その種族名を告げたクロードはクラリッサへと解説を求める。

 彼女はその名に聞き覚えがあるのか青い顔をすると、心底安堵したように胸を撫で下ろしていた。


「ふーん・・・でも、皆なかなか良い動きだったじゃん?慣れてきたか、エミリア?」

「全っ然!動き難いったらないわ!!アンナ、あなたもそうでしょう!?」

「わ、私は、大分慣れてきたかな・・・?」


 クラリッサの反応に気のない返事を返したクロードは、周りに集まった少女達に感心したと声を掛ける。

 彼の声に不満を叫んだエミリアは、同調を求めてアンナへと話題を振った。

 彼女はエミリアとクロードの間に視線を彷徨わせると、明後日の方角に視線をやりながら曖昧に返答する。


「ティオは楽しいにゃー!!」

「・・・ティオは、ずるい」


 話題の流れに元気よく主張したティオフィラは、その手を上げてもいた。

 彼女の横で熊からナイフを抜いては軽く拭って、所定に位置へと戻していたイダは、恨めしそうな視線を彼女へと投げかける。


「今までとは違う役割ですから・・・皆、苦労しています。でも以前よりも、ずっと良くなってますよ」

「・・・そうだな」


 クラリッサの言葉に、クロードはしみじみと頷いた。

 確かに先ほどの戦いは、皆本来の戦い方とは違う振る舞いをしていたように思える。

 その理由は、数ヶ月前に振り返る必要があった。

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