サロモンとヨランダ
振り下ろした軌跡は、描いていたのとは違う未来を描く。
刃の掛けた短剣は、ゴブリンの頭蓋を砕くとその途中で止まってしまう。
ボロボロの身体にそれを引き抜く力は残されていなかった、サロモンは身体を探って予備の武器を探す。
「ヨランダ、何か使えるものを持ってないか?予備の武器が・・・ヨランダ?」
背中にぶつかる相棒の感覚に、サロモンは使える武器を無心する。
自らの身体を弄る彼の手は、今だに予備の武器を見つけられてはいない。
声を掛けても反応のない相棒に、彼は後ろへと振り返る。
「あぁ・・・そうか、そうだったな」
彼の足元に寄りかかるように倒れ付しているヨランダは、もう温かさすら残っていなかった。
「エイニ、エイニー!いないのかぁ・・・」
先ほどまで怯えていたエイニの姿を探して、彼は声を上げる。
狂ったように上げていた彼女の笑い声を、そういえばずいぶん前から聞いていなかった。
「なんだよ・・・残ったのは俺だけか、ははは・・・はぁ」
乾いた笑い漏らした彼は、深々と溜息を吐く。
気づけば、周りを取り囲む魔物の数はずいぶんと減っている。
彼は十分に、その役目を果たしたはずだ。
「まぁ・・・まだ、生きてるし。もう一働きといきますかぁ・・・」
ヨランダが手にしていたボロボロの短槍を手にした彼は、それを杖にして前へと歩みだす。
彼の姿はもはや死体と変わらない、その異様な姿に周囲の魔物達は怯えるように一歩後ろに下がっていた。
『ひ、怯むな!!奴は死に体だぞ!掛かれ、掛かれぇ!!』
怯える魔物達の中で、一匹声高に周りへと怒鳴り声を上げるゴブリンがいた。
この現場の指揮官であろう彼の声を聞いても、周りの魔物達はどこか躊躇うように左右を見回している。
そんな中、一人前へと進み出てくるゴブリンがいた。
彼は小柄なゴブリンにあっても一際身体が小さく、少年といわれる年齢のゴブリンであった。
『やってやる、やってやるぞっ!!』
自らに言い聞かせるような声と共にサロモンに飛び掛っていった彼は、胸に抱えたナイフをサロモンへと突き刺した。
『へへっ、やった!やったぞ!!』
「おいおい・・・痛ぇじゃねぇか」
サロモンの腹へとナイフを突き刺したゴブリンの少年は、空いた片手を突き上げては喜びを表現する。
そんな彼の頭上から、呟くような声が聞こえた。
『ひぃぃぃ!?』
「大体よぉ・・・そんなとこ刺したくらいじゃ、死なねぇんだよ・・・ここだ、ここ狙え」
仕留めたと思っていた男から掛けられた声に、ゴブリンの少年は驚いて尻餅をついてしまう。
その拍子に抜けたナイフに、傷口からは勢いよく血が溢れていた。
サロモンは定まらない焦点に、頭を指差しながら誰に聞かれるともない言葉を呟き続ける。
『ははは!もらったぁ、がっ!!?』
傷口から血を垂らしながら、ふらふらと前に進み続けるサロモンの姿に、止めを刺そうと別のゴブリンが躍り出る。
その振りかぶった棍棒は、振り下ろされる事はない。
彼の喉には、深々と短槍が突き刺さっていた。
「ほら見ろ・・・手柄を横取りにしようとする奴が現れる・・・まったく、なって、ねぇなぁ・・・」
最後に、槍を振るった事で全ての力を使い果たしたのか、サロモンは後ろ向きに倒れて地面に横たわる。
その彼の上に、馬乗りに跨る小さな人影があった。
「あぁ、それでいい・・・それで」
サロモンの掠れる視界には、ゴブリンの少年の姿が映っていた。
それもやがて見えなくなる、ナイフが彼の眉間へと振り下ろされた。